20. アルの知りたかったこと
どれ程の攻防を繰り返したのだろうか――。
魔法で造られた闘技場は、激しい魔力と剣のぶつかり合いで、見るも無惨な状態だった。
エリーゼがアルの攻撃をよける度、石の壁には歪な穴が空き、床はひび割れて足場が悪くなる。
(アルの強さがここまでだなんて……以前とは別人だわ)
エリーゼは言われた通りに、魔力も隠さず本気を出していた。
けれど、アルの巨大な魔力はそれを遥か上をいく。まるで、人間の領域を超えているかのように。
(敵わない……)
エリーゼがそう感じた矢先、踵が割れ目に引っ掛かりバランスを崩した。
ガキンッ――!!
と鈍い音。
既の所で、マナが抜かれたアルの剣が、倒れたエリーゼの真横……ひび割れた石の床に突き刺さる。
その衝撃で、弾かれた尖った破片がピッとアルの頬を掠めた。傷口から血が滲む。
横になったエリーゼの真上。床に突き刺した剣を支えにした状態のまま、アルは身動きしない。
真下のエリーゼを見ているアルの顔に掛かった髪。金色のままだが、瞳はヘーゼルに戻っている。
(私が負けたのに、どうしてそんな顔を……)
アルは悔しそうな、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「……アル?」と、エリーゼは声に出す。
「なんでだ……」
「え?」
「何で、本気を出さないっ!」
エリーゼは意味が分からない。わざと負ける理由なんてないのだから。寧ろどんな質問がされるのか心配なくらいだ。
「私はちゃんと本気でやったわ……。アルの方が実力があった。それだけよ?」
正直な言葉。もう剣にマナを纏わす力は残っていなかった。
「嘘だ。エリーゼは、一度も黒いマナを出していない……」
「黒いマナ……あっ、あれは私の力じゃないから」
デールの黒い靄のことを言っているのだと分かった。
「アルとの真剣勝負で、自分の力以外を使うのは卑怯だもの。アルだって、私と半端な戦いをしたくなくて――この場を用意したのでしょう?」
剣術大会では、エリーゼは魔力を使えない。かと言って、アルも使わなければ八百長に思われる。
多分だが、アルはエリーゼと本気で向き合いたかったのかもしれないと思った。たとえ負けて、自分の秘密を晒さないといけなくなったとしても。
「アルは、私に訊きたいことがあるんでしょ? 私についてなら何でも話すわ」
両親や、デールについては話すつもりはない。
エリーゼの言った真意を汲み取り、アルは頷いた。
「ただ……」
「ただ、何だ?」
「この体勢で、話すのはちょっと……」
エリーゼに覆い被さるようにして、見詰めていたアルはハッとする。お互い、ボンッと顔が赤くなった。
アルはエリーゼの上から飛び退き「す、すまない!」と謝る。
「そ、それでっ! 私に訊きたいことって?」
んしょ、とエリーゼは起き上がりながら尋ねた。手首でキラリとブレスレットが光る。
「それ……。まだ、持っていたんだな……」
質問と言うより、ただの呟き。
アルが母だと思って人から貰ったブレスレットに似せて、お揃いになる様にデザインを頼んだ物。
魔石は初の戦利品であり、喜ばしい物であったが。複雑な感情が入り混じり、アルはブレスレットから目を背けた。
「うん。あの時……穴を塞げたのはこれのおかげよ。母さまが、アルの魔石に光魔法を込めてくれたの。私や……私の大切な人たちを守れるように、って」
「大切な人……。俺も?」
「当たり前でしょ! だから、使ったの。投げ入れるかたちになっちゃって、申し訳ないとは思ったけど……あの時は他に方法が無かったから。不愉快になって当然よね……。ずっと、謝りたかったの。せっかくプレゼントしてくれたのに、ごめんなさい」
エリーゼは頭を下げた。
「い、いや! 不愉快になってなんかいない!」とアルは慌てる。
「先に俺の魔力が尽きて、血を流したせいで事態は悪化したんだ。感謝こそすれ、エリーゼが謝る必要なんて無いからっ」
「え? 怒っていたから、私を避けたんじゃ?」
アルは苦しそうな表情をすると、手を伸ばしエリーゼの頬にそっと触れる。僅かだが、その手は震えていた。
「そうじゃない……そうじゃ、ないんだ。早期卒業も、騎士学校で避けたのも、全部……俺に力が足りないから。エリーゼの隣に並べる、資格が欲しかった」
「力が足りない? どこが? それに、友達になるのに資格なんて要らないでしょ」と、エリーゼは本気で意味が分からない。
「なら、俺はエリーゼのそばに居てもいいのか?」
「当たり前でしょ? 友達だもの」
「友達……か」
アルの瞳に急に熱がこもった。
エリーゼがまさかと思った時には、アルの唇が触れそうなほど近くにあった。
――と、突然。空間がグニャリと歪む。
アルは正気にかえったのか、エリーゼからパッと離れた。
(い、今のは!? もしかして、キ……)
まるでエリーゼの全身が心臓になってしまったのように、ドドドと早鐘を打つ。
けれど、ガラガラと崩れていく闘技場が目に入り、冷静さを取り戻す。
「もう、か。エリーゼ、タイムリミットみたいだ」
「ねえ、アルの訊きたかったことって……」
結局、ブレスレットの誤解を解いただけで、何も答えていない。これでは、負けたくせにズルい気がした。
「じゃあ、一つだけ。エリーゼは、黒魔術を使ったことはあるか?」
「無いわ。誓ってもいい」
黒魔術は禁忌だ。
たまたま悪魔のデールと知り合い、契約者にはなったが、エリーゼ自身が黒魔術を使った訳ではない。
「そうか」とアルは短く言う。
その表情に、エリーゼは首を傾げた。
(アルは、もしかして――デールが悪魔だと知っている?)
エリーゼがまばたきをすると景色は一変。転移前と同じ場所、学校の裏庭だった。




