17. エリーゼの強い味方
「――っ!!」
ラインハルトが視界に入った次の瞬間には……エリーゼの身体は動いていた。
誰よりも先にラインハルトを支え止めると、そのまま治癒をかけ始める。
毒によって、完全に心臓の機能が止まってしまったら……事切れてしまった者は、生き返らせるのは無理だとエリーゼはよく知っている。
迷う時間など無かった。
イングリッドの金色の光とは違い、ラインハルト自身が青白く輝く。
(どうか間に合って!)
光が収まると、しっかりとした鼓動の音。
それから、スゥー……っとラインハルトが息を吸った。
(……よかった)
エリーゼがそう思ったのも束の間。
しん――と静まり返った中、耳目はエリーゼに集まってしまっている。話し声は聞こえないが、エリーゼは背中に物凄い視線を浴びているのを感じた。
先程のイングリッドの光魔法のパフォーマンスがあったせいか、何が起きたのか見極めようとしているのだろう。
メレーヌの話から、イングリッドはラインハルトに縋りついた時、こっそり解毒薬を飲ませた上で、魔法で輝く光を発生させ神秘的な状況を演出したと考えられる。あたかも自分が聖女のように。
(仕方ない……。デールに二つ目のお願いをするようね)
魔力を隠していたのがバレただけでなく、こんなに目立つことをしてしまったのだ。良くも悪くも噂はすぐに広がってしまう。
声に出さず、デールに呼びかけようとしたその時――。
「エリーゼ、よくやった」
聞き覚えのある一人の声が響く。
(……この美声は)
人波が左右に分かれ、その中心を颯爽と歩いて来るのはユリウスだった。正装に近いくらいの、いかにも身分が高いと分かる衣装。
(来賓として観戦していたのかしら? 全然気が付かなかったわ)
ラインハルトを助けたことは後悔していないが、正直この事態を自分だけで収拾するのは無理だと思った。エリーゼは、ユリウスの言葉をどう捉えていいか迷う。
ガスパルが外部講師としてやって来た時、外見を変える魔道具を使っていた。
つまり、ユリウスもまた、エリーゼの両親の存在を隠そうとしていたのだ。
(いざとなったら、全員の……今日の出来事の記憶を全て消してしまえばいい)
エリーゼは、ユリウスの次の言葉を待つことにした。デールに頼むのは、それからでも遅くない。
ユリウスはエリーゼの不安を汲み取ったのか、心配するなと言わんばかりに、トレードマークのモノクル越しでゆっくり瞬きをした。
校長とルークを従え、ユリウスはエリーゼの隣に立つ。
そして、徐にエリーゼの手首を取り、嵌めてあったブレスレットを眺める。
「やはり、この魔道具を発動させたのだな」
「そちらが先程おっしゃっていた、魔道具ですか!」と騎士学校にはあまり似合わない、ぽっちゃりとした校長は顔を近付ける。
「ああ」とユリウス。
(……えっ? どういうこと?)
意味がわからなかった。
「使い所をよく見極めた」と、またもユリウスは当然のようにエリーゼに話しかける。
ユリウスは、そんなエリーゼの戸惑いを感じているはずなのに、周りの目があるせいか何の説明もしない。
エリーゼの手首からブレスレットを外すと、周囲に見せるように高く掲げた。
「この魔石には、強力な治癒魔法を付与してあった。これは、兵士学校で優秀な成績を維持し、魔物討伐の褒章として与えられた物だ。一度きりしか使えない物を、他者の為に迷いなく使った。私は、この学校の生徒であるエリーゼの騎士道精神を称えよう!」
まるで演説でもしているかのように、静かだった会場にユリウスの声が響き渡る。すると――
パチ……パチ……パチパチパチ。
どこからともなく、聞こえた拍手。それが引き金となり、黙って見ていた者から拍手と歓声が巻き起こる。
もちろんエリーゼに向かって。
エリーゼがチラリとユリウスを見上げると、ニヤッと口の端を上げる。
(助けてくれたんだ……)
良かったねと言うように、ルークもエリーゼの肩をポンポンと軽く叩く。
ユリウスの登場によって会場が盛り上がっているうちに、イングリッドとメレーヌは、騎士でもある教師たちに連れて行かれる。
――そして。
校長が教師に指示を出し、あっという間に会場は整えられると、剣術大会は再開した。
◇◇◇◇◇
「お待ちください、公王弟殿下!」
裏口を通り、会場となっていた訓練場を出ようとしたユリウスを、ラインハルトは呼び止めた。
侯爵令息といえど、まだ騎士ですらない一生徒が簡単に話しかけていい相手ではない。ラインハルト自身もそれはよく分かっていた。
ユリウスの護衛がラインハルトを取り押さえようとするが、ユリウスは片手を上げ護衛を制した。
ラインハルトはユリウスの前に跪き、頭を土に擦りつけるかのように深く垂れる。
「この度のこと、誠に申し訳ありませんでした! イングリッド……私の従妹がしたことはっ。全て、防げなかった私の責任です。ですからっ、罰は私にお与え下さい」
ユリウスは、ラインハルトを見下ろすが……。
「罪は公正に暴かれ、それに見合った処罰が与えられるだろう」
それだけ言うと、ラインハルトの横を通り過ぎる。
「殿下っ!」とラインハルトは更に食い下がり、ユリウスは足を止めた。だが、振り向きはしない。
「優しさと、己の甘さを履き違えるな。騎士として生きるなら、学生である今こそ学び、全てを糧にしろ。その判断一つで、本当に守るべきものを簡単に失うのだ。命を軽んじるな。それがたとえ自分であってもだ!」
ユリウスは背中越しにラインハルトにピシャリと言って、その場を去って行く。
エリーゼがいなければ、ラインハルトは死んでいたのだ。
そして、そのエリーゼまでも濡れ衣を着せられるところだった。
イングリッドとメレーヌがしたことは、決して許されるものではない。
それでも、幼い頃から自分に懐いていた、妹のような従妹を助けたかったのだ。その甘さを思い知らされた。
一人取り残されたラインハルトは、土に額をつけたまま小さく嗚咽を漏らした――。




