16. それぞれの企み
「私は剣に、毒など塗っていません!」
エリーゼは、自身の剣の柄を前に突き出すと、審判をしていていた教師が確認しようと受け取る。
「それよりも、ラインハルト先輩の水筒を確認してください!」
(あれを口にした直後から、ラインハルトの様子がおかしかった……)
イングリッドはエリーゼの指摘も想定内だったのか、怪訝そうにするも口の端が上がる。
「もしかして……エリーゼさん、あなた水筒にも何か仕込んでいたの?」
「まさか! イングリッドさんに預かったまま、先輩に渡しました。でも、あれを飲んでから、先輩は調子が悪そうになったのです」
「確認します」と誰かが走っていく。
「エリーゼさん。なんて酷い人……自分の悪事を他人のせいにするなんて。お従兄様の魔法を使えなくするなど、平民のあなたにしか思い浮かばないわ……」
とイングリッドは、またも涙を目に溜める。
(やはり、魔法を使えなくする何かが入っていたのね……。自分から言うなんて、墓穴を掘るようなものだけど。でも――)
どうして水筒の中身を知っているのかと問い詰めたところで、いくらでも言い訳をするだろう。
圧倒的に貴族の多い場。
イングリッドの平民を卑しめる言葉に、「これだから育ちの悪い者は」と言い出す者まで。これでは、平民のエリーゼの言葉は軽んじられてしまう。
「もう、止めるんだ……イングリッド。私は……大丈夫だから」と、どうにか起き上がったラインハルトは仲裁をしようとする。
――が、しかし。
畳み掛けるようにイングリッドは続けた。
「それに、わたくしは信じたくなかったのですが……実行委員をしているお友達が、エリーゼさんの不審な行動を見ておりました。――そうですわよね、メレーヌさん?」
イングリッドは、自分たちを遠巻きに囲むようにして出来た、人集りに向かって言う。
名前を呼ばれ「……はい」と真っ青な顔をして出てきた、メレーヌという学園の生徒。長めの前髪が眼鏡にかかり、イングリッドとは真逆の暗い印象だった。
(……誰?)
エリーゼは、黙って見つめた。
もう言い逃れは出来ないだろうと、周囲からエリーゼに対して非難の声が上がりだす。
「さあ、メレーヌさんが見たことを仰って」
イングリッドは、品の良い笑顔を浮かべる。
「……あの。エリーゼさんは……何もされていません!」とメレーヌは俯きながらも大きな声で言った。
イングリッドの表情が凍りつく。
「何を言っているの? 控室で、エリーゼさんが自分の剣に毒を塗るのを見たのでしょう? だから、現に……わたくしの光の聖なる力で、浄化できたのじゃない。――ああ、メレーヌさんはエリーゼさんに脅されているのね……」
イングリッドの言葉に、メレーヌはビクッと肩を震わせた。そこには、ハッキリとわかる上下関係が見て取れる。
「いつも……脅してくるのはイングリッド様、あなたです! 今回も、失敗したらどうせ私のせいにするつもりだったのでしょう?」
怯えつつも、顔を上げイングリッドに向かって言う。
急な展開にエリーゼへの非難の声は止み、メレーヌとイングリッドの訳の分からないやり取りに視線が集まった。
「どうしたの、メレーヌさん……エリーゼさんから何の仕打ちをされたの?」
さも心配するように、イングリッドがメレーヌに手を伸ばそうとするが、メレーヌは後ずさる。
「私は……剣に毒なんて塗りたくなかった。少しでも人の助けになるように、ポーション作りも頑張ったの! 家族だって、応援してくれていた。私は……イングリッド様の奴隷じゃない!」
恐怖なのか怒りなのか、メレーヌは戦慄かせながら怒鳴った。
「何を言っているの?」とイングリッドは苛立ちを隠せない。
「イングリッド様……あなたは失敗したのです。毒を仕込んだのが、ばれてしまいました」
絶望感に満ちているのに、今にも笑い出しそうなメレーヌ。不穏な空気が流れる。
「それは、どう言う」
「――はいっ! そこまで!」
パンッと手が鳴らされ、イングリッドがメレーヌに詰め寄ろうとしたのを、ルークの声が遮った。
「ここからは、僕が話そう」とルークは普段と変わらない様子で、まるで授業でもするかのように話し出す。
「最近、この学校に不審な蝶型の魔道具の目撃情報があってね。理事長に報告したところ、交流会の安全を考えて、監視用魔道具を設置して置くように依頼されたんだ。もちろん、この剣術大会の控え室にもね」
イングリッドは、ルークが言いたいことが分かった。メレーヌは本当に失敗し、ルークに捕まったのだと。
「まあ!? メレーヌさんが毒を……なぜ、そんなことをっ」
あくまでも被害者側に立とうとするイングリッドに、メレーヌは突然……高らかに声を上げ笑い出した。
「ほら、やっぱり! あなたはそういう人よね。だから、私はちゃんとイングリッド様がやった証拠を残しておいたわ!」
「……えっ?」と言ったのは、イングリッドではなくルークの方だった。
「イングリッド、あなたがさっき大切なお従兄様に飲ませた、ポーションの濃縮剤は……解毒薬ではなく、遅延性の毒そのものよ!」
(まさかっ!!?)
エリーゼが、バッとラインハルトの方を向くと同時に――
「……カハッ!」とラインハルトは吐血し、膝から崩れた。




