15. 波乱の試合
タイムテーブルは順調に進み、予想通りエリーゼとラインハルトの試合は、昼食の時間を挟んでからになった。
けれど、役員で引っぱりだこのラインハルトが控室に戻って来たのは、昼休憩の終わりぎわ。エリーゼは預かっていた水筒をようやく渡せた。
「すまない、助かった! エリーゼとの対戦には万全で臨みたいからな」
とラインハルトはニヤリと笑って見せ、水筒の中身を一気に飲み干す。
「イングリッドさん、先輩が食事取れないだろうと心配されてましたから」
「そうか。後でお礼を言わないと、な……ん?」
「どうかしましたか?」
椅子から立ち上がったラインハルトは、フラリとよろめいた。
「……いや。ただの立ちくらみだ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。昨夜も準備で遅かったせいだろう」
ラインハルトは、少しでもスッキリさせようとしたのか、頭をブンブンと振った。
エリーゼは、手入れの終わっている自分の剣を持つ。ラインハルトの様子が気になり、暫く見ていたが足取りはしっかりしているようだ。
(強がりではなさそうね。こっそり回復までさせる必要はないかしら……)
救護班が待機しているとはいえ、試合は木剣ではない。小さなミスで大きな怪我をしてしまうのだから。
――会場から名前が呼ばれた。
「さて、エリーゼ行くぞ!」
「わかりました」
ラインハルトは、テーブルに空の水筒を置くと控室を後にした。
◇◇◇◇◇
エリーゼとラインハルトが、試合会場の真ん中で向き合うと、歓声が上がる。
開始の合図と同時に、ラインハルトが動いた。
風を切る音を立て、剣が次々に繰り出される。ラインハルトはエリーゼが避けられないように、間合いを詰めに来るが――。
(あれ? ……なんか、変だ)
いつものラインハルトと動きが違った。
まるで、無理やり力で捩じ伏せようとするみたいに。
観客席は、二人の攻防のスピードに必死に目を凝らしているのか、響くのは剣撃の音ばかり。
(これだと、スタミナばかりが消費してしまうはず)
パワーはラインハルトの方が強いが、エリーゼはガスパル譲りの並みではない持久力とスピードがある。
普段なら、ラインハルトは丁度いいバランスで、魔法攻撃を組み込み、エリーゼに息つく暇を与えないようにしてくるのだが……。
魔法を使えるラインハルトと、エリーゼが魔法無しでほぼ対等。ラインハルトが剣術のみだとしたら、エリーゼが圧倒的に優位になってしまう。
エリーゼは剣を受け流しながら、控室でラインハルトがよろめいていたのを思い出す。
(もしかして……魔法を使わないんじゃなくて、使えない?)
ガチッと剣が競り合うと、ラインハルトの表情がハッキリわかった。
「先輩っ、もしかして具合が!?」
「ぅ……るさい。エリーゼ、手を抜いたら承知しないからな!」
真っ青な顔をしたラインハルトは、肩で息をしながらもエリーゼを押し返し、ジリッと間合いをはかる。
(……怪我をさせる前に、終わらせなきゃ)
エリーゼはわざと剣を大振りし、一瞬だけ隙を作った。
焦るラインハルトは、当然そこに向かって剣を振るが……エリーゼは手首を返し、ラインハルトの剣の勢いを受け流すのではなく利用した。真上に弾くように。
――キンッ!
音がした時にはラインハルトの手からは剣が消えていた。
(本当なら、もっとちゃんと戦うべきだとは思ったけれど)
「……勝者、エリーゼ!!」
審判の声が響く。
エリーゼの剣が掠った、ラインハルトの手は少し傷ついている。あのまま無理をして、ラインハルトの集中力がおかしなタイミングで切れれば、この程度では済まなかっただろう。
「先輩、すみません。早く、医務室へ……」とエリーゼが言いかけると――
ラインハルトは、バタッとそのまま前方に倒れた。
会場から悲鳴が聞こえる。
エリーゼと、審判、救護班が駆け寄ると、苦悶の表情でラインハルトが口をパクパクと動かしていた。
「――先輩っ、息が!?」
エリーゼが慌ててラインハルトに触れようとするが、グイッと誰かに手を引かれた。
「お、お従兄様っ!!」
観客席から見ていたのか、いつの間にかやって来たイングリッドは、エリーゼの行く手を阻むとラインハルトに縋りつく。
「これはっ……まさか!?」
イングリッドは、キッと振り向きエリーゼを睨む。
「エリーゼさん、酷いっ! いくら勝ちたいからといって、毒を使うなんて……!」
「毒……?」エリーゼは呟く。
涙を流しながら憤るイングリッドの言葉に、その場の視線がエリーゼに集まった。
全員が信じられないと、白い目でエリーゼを見る。
(そうか……イングリッドの目的はこれだったんだ)
身内であるラインハルトをこんな形で利用するイングリッドに、エリーゼは怒りを覚えた。
「お従兄は、私が助けます!」
イングリッドは、ガバッとラインハルトの頭部を抱え込むようにし、「お従兄様……大丈夫ですから」と囁く。
そして、ラインハルトの頭をそっと床に置き、イングリッドは膝をついたまま、祈るように両手を組んだ。
すると――。
天に祈りを捧げるイングリッドから、金色に輝く光が溢れ出し、ラインハルトに降り注ぐ。
会場のほぼ全員が、その神秘的な光景に目を奪われた。
「聖女だ……」
「聖女がいる……」
と、口々に呟く。
「……ぅ……うう、ん」とラインハルトは唸るが、苦しさが和らいだのか表情は穏やかになっている。
「お従兄様! もう、大丈夫です」
「………イングリッド……か?」
「そうです! 私の力で解毒しましたから、もう大丈夫です」
「解……毒……?」
ラインハルトの言葉に頷いたイングリッドは、立ち上がりエリーゼに向かって指を差した。
「お従兄様の手の傷……あの剣に、毒が塗ってあったのです!」
一斉にエリーゼの剣に視線向く。
「やはり、私に嫌がらせをしていたのもエリーゼさん……あなただったのですね。信じていたのに……」
イングリッドは悲しそうに俯くと、密かに口元に弧を描いた。




