14. イングリッドの思惑
イングリッドの話では――。
訓練場の見学に来る途中の階段で突き飛ばされたり、知らぬ間にスカートを切られていたり。交流会の打ち合わせに来た時には、上から鉢植えが落ちて来たそうだ。
必ずと言っていいほど、近くに青い髪の生徒の姿があったのだと。
ラインハルトは、震えるイングリッドの背中をさする。
周囲も、イングリッドの涙ながらに話す姿に完全にやられていた。
確かに、儚げなイングリッドの涙には同情してしまいそうになるが……流石に無理があった。
どう考えても矛盾しているのだ。
(私と同じ髪色の人物から、イングリッドが嫌がらせを受けただけなら……まだ、信じられたかもしれない)
けれど、最初にエリーゼを呼び出したラインハルトは、高位令息に言い寄る青髪と言ったのだ。アルと同じイニシャルまで使って。その話はどこへ行ってしまったのだろうか。
(きっと、こうやって涙で誤魔化されてしまったのかもね……)
エリーゼから見たラインハルトは、あんな手紙を書くタイプではない。自分の考えで突っ走りはしても、小細工はあまり上手くなさそうに感じるからだ。
ラインハルトなら、馬鹿正直に自分の名前で呼び出しただろうと。
(もしかして、ラインハルト自身も呼び出されていたのかも。私の名前で……)
随分と、待たされたようなことを言っていたのを思い出す。
そして、「一年のエリーゼか?」と確認してきた。食い違い続けた会話は、手紙の内容が関係していたせいかもしれない。
(まあ、それはさておき)
ラインハルトは脳筋というか素直というか、今もまたイングリッドの話を疑ってもいない様子だ。
それならば、取り敢えずはこの話に乗る方がいい気がした。
何のために、エリーゼではない青髪の生徒の存在をアピールしているのか。
あれこれ考えていると、デールの声が頭に届く。
『せっかくだ。合わせておいて、イングリッドの魂胆を見るのもいいんじゃないか?』
『うん、そうしてみるわ』
どうやら、デールもイングリッドが何か企んでいると思っているようだ。
『まわりの記憶を消したのか仇になったな……』デールは小さく呟く。
『え、何?』
『いや、なんでもない』
いずれにしても、イングリッドの話を覆す証拠はないのだから、合わせておくしかない。
もしかしたら。
エリーゼを嵌めようとし失敗したから、せめてラインハルトの信用だけでも取り戻そうとしているのか。
「イングリッドも被害者だが、成りすまされたエリーゼもまた被害者だ。だから、私が犯人を突き止めようと思う!」
「……お従兄さまっ、ありがとうございます。ですが! 危ないことはしないで下さいね」
「心配するな。必ず見つけ出してみせるから」
美しき従兄妹愛を見せつけられ、その後やっと見学の案内に向かった。
案内中、何かを仕掛けてくる訳でもなく、楽しそうにエリーゼの説明に聞き入り、愛らしく何度も頷くイングリッド。
帰り道も念のため、護衛を兼ねて途中まで送って行くと、とても喜んで帰って行った。
(これが、本当に彼女の素だったら良かったのに……)
エリーゼは複雑な気持ちで、その後ろ姿を見送っていた。
◇◇◇◇◇
――翌日、交流会初日。
開会式が終わると、剣術大会参加者は控室に集まり、出欠確認が始まった。トーナメント表の順番で名前が呼ばれる。
エリーゼはチラリとアルの姿を見つけたが、アルは自分の番が終わると直ぐに控室から出て行く。
アルに声をかけるのを止めてから、もう挨拶すら交わしていなかった。
――早速、デールとアルのブロックの第一試合が始まる。
それが終わると、エリーゼのブロック。試合は交互に進められて行った。
エリーゼの一試合目が終わったところで
「魔法学園の生徒会から、差し入れのドリンク頂きました!」
実行委員の一人が言うと、熱気が満ちている控室に、ワッと歓声が上がる。
学園の制服を着た生徒達が大量の飲み物を運び込み、設置されたテーブルに並べていく。
毎年恒例で、生徒会同士が差し入れを贈り合うそうだ。ポーション作りなどもしている学園のオリジナルドリンクは、サッパリしていて疲労回復にも良いと人気なのだとか。
こちらの生徒会からは、『白薔薇姫』の大会控室に、珍しいフルーツの盛り合わせが届けられている。
どちらの大会参加者も拘束時間が長く、なかなか他の交流会会場を見て回れない。少しでも大会を楽しめるようにとの、生徒会の配慮らしい。
エリーゼも一杯貰おうと、剣を置きテーブルに向かう。
すると、ひょっこり扉からイングリッドが顔を出し、エリーゼに気付くとやって来た。
向こうの大会の最中なのか綺麗にお化粧してあり、みんなの視線がイングリッドに集まる。
「あ、エリーゼさん。さっきの試合、素晴らしかったです!」
「見てくれたのですね。ありがとうございます」
「本当にお強いですね! ところでお従兄様は?」
ぐるっと見渡すが、姿はない。
「えっと、今は席を外しているみたいですね」
「やはり……。役員て、本当に息つく暇も無いのですよね。あの、お従兄様にこれを渡していただけませんか?」
そう言うと、イングリッドは綺麗な容器の水筒を差し出す。
「きっと飲み損ねちゃうでしょうから」と、差し入れの方を見る。
「あ、確かに」
ドリンクの前には、人集りができていた。
「わかりました。先輩に、ちゃんと渡しておきますね」
「ありがとうございます、エリーゼさん! お従兄様、このドリンクが大好きなので。どうせ、お昼も食べる時間も無いでしょうから、試合前に飲んでほしくて」
イングリッドは、ラインハルトのことを気遣うように微笑んだ。
そんな時、ちょうどエリーゼの剣の前に、差し入れを乗せて来た空のワゴンが一台止まった。
イングリッドはエリーゼ越しに、ワゴンを押していた実行委員の一人……メレーヌの姿を確認する。
「エリーゼさんとお従兄様の試合も、必ず見に来ますね」
「ありがとうございます」
「どちらも応援していますので!」
イングリッドは、楽しそうに笑みを浮かべた。




