11. ずれていく思い
「もう、アルに関わるのやめるわ」
エリーゼは歩きながら、声に出して呟いた。
抱っこされていたデールは、驚いたようにムクッと体を起こすと、間近にあるエリーゼの横顔をジッと見る。それからまた力を抜き、ぽすっとエリーゼの肩に顎を乗せた。
デールは、視線の先で揺れるポニーテールの青髪を眺めながら、軽口をたたく。
『べつに、いいんじゃないか。見捨てても』
「見捨て……って、そういう意味じゃないわ」
『わかっているくせに』と、エリーゼはデール背中をツンツンと触る。
人間は悪魔には嘘をつけない。悪魔は嘘か真かを本能的に判断できるからだ。特に契約関係にある場合、上手く濁したつもりでも発した言葉は心意まで伝わってしまう。
エリーゼが自身がその事実を知っているかは別だが。今のは、エリーゼがデールに寄せる信頼から来るものだろう。
背中がくすぐったくなり、デールは黒い毛をぞわぞわと動かす。
エリーゼはその動きにクスッと笑うが、すぐに真面目な表情になる。
(できれば、ブレスレットの誤解は解きたかったけど)
さっきの三年生、ラインハルトに言われた内容に、今になって思うところが出てきたのだ。
決して、先輩でもある侯爵令息に、ストレートな物言いをしてしまったことを後悔しているわけではない。先に、高圧的な態度をとって来たのは向こうなのだから。
今世では平民のエリーゼが、社交界で戦っていた頃のような含みを持たせた言い方をするのはおかしい。
だから、気をつけたつもりではある。たとえ、制服よりドレスの方が似合いそうな、皮肉をこめた笑顔が出ていたとしても。
明らかにラインハルトは動揺していたが――やり込めるつもりはなかったので、その後は適当に返した。
(確かに、あれは言いがかりでしかなかったけれどね)
もし、以前のようなアルとエリーゼの関係に戻れたら、却って良くない事態を生むかもしれない。騎士学校では、エリーゼは女の子として生活しているのだから。
今回の件は、エリーゼが一方的に言い寄っていたことになっていたので、アルの評判が下がることは無い。
(けれど……)
王子なら、いつか身分の釣り合う令嬢を王子妃に迎えなければならない。
もしかしたら、あの見学に来ていた令嬢達の中に、候補者がいるのかもしれないのだ。
――チクリ、とエリーゼの胸が痛む。
(だったら尚更……アルが望まないのに、近付いてはいけないわよね)
身分を隠した同じ平民のアルではなく、一国の王子アルフォンスとして留学したのだ。
平民であるエリーゼが無理に接触していい相手ではない。アルが今までのようにエリーゼを受け入れたら……悪い噂が立つだけだろう。
エリーゼ自身も、騎士になることを応援してくれた両親や、推薦してくれたユリウスに、変な噂が伝わってしまったら申し訳ないと思った。
『騎士なんて命懸けだ。生半可な気持ちでなるものではないっ』
ガスパルの強い言葉を思い出す。
今、エリーゼがすべきことは何なのか。
誤解を解いて満足するのはエリーゼであって、アルは――どうでもいいことかもしれないと、改めて思う。
初めて会った幼少期のアルは、不遇な環境にあったはず。けれど、過去と今は違うのだ。
(うん! アルは前に進もうとしているのかもしれないわ。だったら応援しなきゃ。私がブレスレットを嵌めてさえいれば、いつか気付くかもしれないし)
そうすれば、捨てたんじゃないことは伝わるだろうと、エリーゼは気持ちを切り替えた。
魔力暴走の件はすっかり忘れて――。
◇◇◇◇
突然距離を置かれたアルフォンスが戸惑い出した頃、エリーゼの教室に招かざる客がやって来た。
「ねえ、エリーゼ。あれって三年生よね?」
キョロキョロと廊下を歩く人影に、ブランシュは怪訝そうに囁く。
「あー。もしかして……」
「なに? エリーゼの知り合いなの?」
「ちょっとした誤解があってね」
ラインハルトの方に背を向け、ブランシュに事の経緯を説明しようとした。
エリーゼ越しにチラ見していたブランシュは、その三年生が誰だか気付く。
「え、あの方って侯爵家の……? エリーゼ、いったい何をやらかしたの?」
「逆よ逆。この前ちょっと言い掛かりつけられて、反論したら剣術を教えてもらうことになって」
「反論って!? 言いがかりから何で教えてもらうことになるのよっ。……気に入られたってこと?」
「さぁ……どうかしら?」
あれからしばらく音沙汰がなかったので、すっかりその話は流れたと思っていたのだ。
(それにしても……)
生意気だと思われることはあっても、エリーゼが気に入られる要素はない。強いて言うなら、ユリウスが推薦者であると知り、剣の腕に興味を持たれたと考えるしかない。
それにイングリッドという存在も引っかかっていたが、ラインハルト以外から名前を聞くことはなかった。
ラインハルトが扉から教室を覗くと、エリーゼの目立つ髪色はすぐに見つけられ、笑みを浮かべた。
そして、たまたま入り口付近にいた生徒を捕まえる。
クラスメイトが慌ててやって来た。
「おい、エリーゼ。あちらの先輩が呼んでるぞっ」
焦り具合から、侯爵令息だと気付いているらしい。
「ブランシュ、ごめんね。ちょっと行ってくるわ」
「うん。よく分からないけど頑張って!」
「ありがと」と苦笑すると、エリーゼは笑みを浮かべて待つラインハルトの方へ向かった。




