6. 嬉しくない変化
エリーゼは、アルの態度に納得できないでいた。
何がそうさせるのか、にこやかなアルフォンスの笑顔に頬を染める学園からの見学者たち。
いつにも増して、柵の向こうの令嬢たちは色めき立っていた。精悍な顔から繰り出される笑みが、自分に向けられたと信じ、熱を込めた視線をアルフォンスに送っている。
それにまた微笑み返すアル。
(なによ、あれ……)
何度見ても、慣れない光景。
エリーゼたちの朝練の時間帯、アルもやって来ていた。といっても一緒にではなく、広い訓練場の中、少しれた別の場所で各々の自分のメニューをこなす。
編入してきた翌日から、アルも自主的に朝練を始めたのだ。
以前は愛想がなく、ベンジャミンやデール、エリーゼと連み、仲間意識が芽生えてからクラスに馴染んでいったアルとはまるで別人だった。
今は王子然としていて、笑顔を貼り付けている。
――エリーゼ以外には。
「すごいね、やっぱ王子様は。生まれながらに高貴だと、持っているものが違うわ」
同じようにエリーゼの隣で見ていたブランシュは、自分とは別世界の人間だと言いたいらしい。
ブランシュは、他の女生徒とは違う目でアルを見ている。エリーゼの側に居ることが多いせいか、アルの無表情にも気付いているのかもしれない。
「……そうね」
エリーゼは返答に困ってしまう。
確かに、王族であり継承権もある高貴な王子だが、生まれ育った環境は果たしてそうだったのだろうか。
(今のアルの目は……)
笑顔なのに、人を見下しているような……冷ややかな感じがしてならない。本当に王子として徹底して育てられたのなら、節操の無い彼女たちの行動を軽蔑しているのかもしれないが。
(上層の貴族だけを相手にして来ていたのなら、まだ理解ができるけど)
平民として過ごしていたアルは、多少尖ってはいたものの素直さがあった。
(あんな風に……ゴミを見る様な目を向けられるなら、無視された方がましだわ)
もちろん、エリーゼとデール以外は誰も気付いていない。
友人だった頃のアルを知っているエリーゼとしては、魔力暴走の件と何か関係があるのでは……と勘繰ってしまう。
このままアルが壊れてしまう様な、漠然とした不安を抱えていた。
(何があったのか話してほしい――友人として)
エリーゼはアルに向かって歩き出していた。
訓練を終えたアルが、エリーゼの横を素通りしようとする。
「アル……」とエリーゼが声をかけようとするが、またわざと視線を逸らす。思わず、アルの手をハシッと掴んだ。
一瞬、アルの肩がビクッと震える。
「……何?」
エリーゼを見ようともせず、冷たく返事するアル。
「あ、掴んじゃってごめん……」
「……べつに」
振り払われなかっただけマシかもしれない。エリーゼは慌てて手を離す。
「少し、話したいんだけど」
エリーゼの言葉に、フーッと息を吐きアルは振り返る。――令嬢たちに向けていた笑顔を貼り付けて。
「ここで言えば?」
王子らしいキザな態度になると、エリーゼの髪を摘んで弄ぶ。
近付いたアルの顔、以前のようにドキドキしたりしない。告白でもするのかと、小馬鹿にした態度が表れていたからだろう。
エリーゼはカッとなるが、自分を抑え声を殺して言う。
「……ブレスレットのこと、説明したいの」と。
アルは手にしてした青髪をパッと払った。笑顔は剥がれ落ち、ギッと睨むと憎々しそうな表情をする。
「ブレスレットなんて……知らない」
踵を返したアルは、剣を片付け足早に訓練場を出て行った――。
黙って見送るしか出来なかったエリーゼの横には、いつの間にかデールが並んでいる。
唐突に、エリーゼのグッと肩を引き寄せた。
「なっ!?」
「おいおい、浮気するなよエリーゼ!」
キャ――――ッと黄色い悲鳴。
冗談めかしてデールは言うと、ツンッと額を突いた。
「あ……」
その仕草に覚えがあった。
「ちょっと、エリーゼ。さっきのはマズイわよ」
デールの背後から、ブランシュは小声で言う。
エリーゼの態度に、周囲からは剣呑な視線が集まっていたそうだ。
自分たちの王子様に馴れ馴れしく触れた女――そんな風に。
「まあ、一瞬だったけど」
ブランシュは肩を竦める。
アルとのやり取りより、インパクト絶大なデールの態度に悲鳴が上がったが、すぐに落ち着いたらしい。
エリーゼは額を触る。デールはエリーゼの認識阻害を発動させたのだ。
「いくら彼の態度がアレでも、相手は王子なんだから気をつけなくちゃ。変な敵をつくるわよ」
ブランシュの言わんとすることは、もっともだった。生徒は平等であり、身分を気にする必要はない……あくまでも理念で、建前でもある。
「そうだね、気を付ける。デールもありがとう」
エリーゼは、意識的に男っぽくサバサバとお礼を伝えると、「任せとけ……」とデールは笑った。その先に続く
『いらないものは排除したって構わないしな』
声にならない言葉を隠して。
◇◇◇◇◇
「イングリッド様、そろそろ学園に戻りませんと」
ふわふわとしたプラチナブロンドを、大きなリボンでハーフアップにした後ろ姿。見るからに洗練された美少女に、同じ魔法学園の制服を着た真面目そうな生徒が移動を促した。
「ねえ、あの青い髪の生徒……」
「先程の……小柄な男子生徒ですか?」
「違うわ、女の子よあれ」
「そ、そうでしたか!? すみません」
「ちょっと、邪魔よね」
振り返るイングリッドと呼ばれた女生徒は、可愛らしく微笑んでみせる。同性でもドキッとする魅力に、呼びかけた方が焦ってしまう。
「お従兄様にお願いしてみようかしら?」
コテリと首を倒した小悪魔的な表情に、もう一人の女生徒は背中が寒くなる。
そして、イングリッドに目をつけられてしまった青髪の生徒に、同情の色を浮かべた。




