4. デールの心配
――早速、明くる日から授業は始まった。
中途半端な学期からのスタートだったが、ルークの講義は予想以上にわかりやすかった。
見た目はさて置き、実年齢も二十代の若さ。この学校で魔法の教鞭を執れるなら、相当な実力者だ。
だから、天才肌なのだろうとエリーゼは思った。
往々にして、天才は出来ない人のことが理解できない傾向がある。
けれども、ルークは初歩的なものから応用に至るまで、短時間でも丁寧に教えてくれた。
魔術の基礎である四大元素から始まり、今更聞けない魔法と魔術の違い。たまに本題から逸れる雑談さえも生徒の興味を引き、魔法をもっと知りたいと思わせる。
(ルーク先生は本当に魔法が好きなのね)
エリーゼにとって、ルークは好感が持てる教師だった。この時は……。
◇◇◇◇◇
――その日の夜。
「エリーゼ、あいつには気をつけた方がいい」
「あいつって、ルーク先生のこと?」
「ああ」
久しぶりにデールと夜中の散歩をしていた。
といっても、どこに行くわけでも特訓するわけでもなく、誰にも見られない一番高い校舎の屋根の上に座っているだけだ。寒い地域だから、より星が近く感じる。
デールは本来の姿に戻り、空中に浮かぶ赤い瞳がエリーゼを見詰める。
「気をつけるって何を?」
「……あいつは、普通の人間には見えない物が見える」
「はっ!? 何それ……幽霊とか?」
「そんな子供騙しの話じゃない。人間がオーラって呼んでいるやつだ」
「オーラが?」
「多分……感じる程度じゃなく、ハッキリと見分けられているはずだ。オレほどじゃないけどなっ」
「ねえ。今の……最後のは自慢?」
「まあな」
デールはエリーゼの言葉にプイッと横を向く。
「ちょっと、悪魔が人間と張り合ってどうするのよ」
「張り合ってなんかない」
時たま、子供みたいになるデールに可笑しくなる。
デールの姿はエリーゼの成長合わせてか大人っぽくなっていくが、中身は全然変わらなかった。妖艶さすら感じるデールの外見とのギャップが凄い。
「冗談じゃなく、あいつは他人の魔力がハッキリと見えているはずだ」
「魔力が見えたらいけないの?」
「人間の魔力だけならな」
「あ、そうか」
(母さまの結界にも弾かれない、自称すごい悪魔のデールは大丈夫だとして……)
悪魔との契約をしているエリーゼのオーラは、きっと普通に見えないのではと気付く。
「もちろん、エリーゼも見えない様にしてある。平民には魔力がないから、何も見えなくても不思議じゃない」
デールの話を聞いて、ルークの様子に合点がいった。ニコニコしながらもエリーゼを見詰めていたのは、オーラを視ようとしていたのだ。
幸い、エリーゼとデールは平民の学校からの推薦を得て入学した為、魔力は無いことになっている。
「この学校に来る前から、エリーゼを観察していたしな」
「なにそれ、怖い。それって、いつの話?」
「朝練の時」
「あっ、だから!」
デールが妙に見学する女生徒を煽るかのように、エリーゼとの距離が近かった。
(あの中にルーク先生が居たのか……それをデールは確かめていたのね)
「そのうち、魔法を組み合わせての実践があるだろ?」
「うん。うっかり魔力を流さないように気を付けるわ」
微々たるものでもバレてしまう可能性がある。デールはそれを懸念したのだろう。
「それにしても、そんな凄い能力者が教師なんてね」
「ユリウスの奴だろ。あいつは魔塔の魔術師だからな」
「ちょっと……」
エリーゼは呆れた表情になる。
「デール。そこまで知っていて、何で教えてくれないのよ」
「だから、今言ったろ?」
「まぁそうだけど。朝練の時だって言えたじゃない」
そうすれば、エリーゼ自身ももっと気を付けられる。
「離れて見ている分には問題ないと思ったからな」
「でも、大切なことは教えてほしい」
悪魔だから少し感覚が違うのかもしれないが。いまいち危機感が足りない気がした。
「些細な油断で、デールとお別れなんてしたくないもの」
目を見開いたデールはズイッと顔を近付け、赤い瞳にエリーゼが映った。
「オレのため?」
(わ、近っ!)
――パチン。
思わずエリーゼはデールの頬を両手で挟んだ。綺麗な顔が変顔したみたいになる。
「当たり前じゃないっ」
「なにふんだひょう……」
「ね、ねえ。たまにはフェレットになってよ」
「ひいぜ」
デールはエリーゼの手に顔を挟まれたまま、ポンッと姿を変えると膝の上に着地する。
「やっぱり、最高の癒しね」
『また時々なってやるよ』
「お願いね」
エリーゼはデールの背を撫でながら、一瞬でもドキドキしてしまったことを誤魔化していた。
◇◇◇◇◇
ルークの視線に警戒しつつ、何事もないまま時は過ぎて行った。
一度だけ突然授業が休講になったが、それはルークの方で何か事情があったらしい。
ユリウスあるいは魔塔の方から呼び出しがあれば、そちらを優先するのは仕方のないことだ。とりあえず、エリーゼには関係なさそうだった。
一年生がもうすぐ終わる学年末。
驚くべき人物が編入して来た。
「留学生のアルフォンス・ プロイルセン君です。こんな時期ではありますが、皆さん仲良くしてくださいね」
担任から紹介された人物は、間違いなくアルだった。平民の学校で一緒に過ごし、さよならも言わず居なくなった秘密を抱えた友達。
(どういうこと!? 王子であることを隠していたのに、身分を明らかにしての留学? それに、随分と雰囲気が――)
エリーゼはアルの変わり様に戸惑いを隠せなかった。




