2. 騎士学校の生活
やっと、高い位置でポニーテールに結けるようになった青い髪。その後ろ姿を見つけた少女は、大きな声で友人を呼んだ。
「いた! エリーゼ、ちょっと待ってよ!」
「ブランシュ、遅いよ」
呼ばれたエリーゼは振り向き、笑いながら言う。
澄んだ空気。朝日を浴びながら、同じ制服を着た二人は歩調を合わせた。
紺と白を基調にした生地に、細い金の刺繍の入った学生用の騎士服。平民の学校とは違い、身に着ける物は貴族を対象としているため、どれもそれなりに高価な物だ。騎士の養成学校なだけあり、華やかさより品格を重視されている。
ここは貴族といっても誰でも入れる学校ではない。最低限の実力が伴わなければ入学はできないのだ。
とはいえ、あくまでも学校なので、小さな頃から剣術の家庭教師がついている者にとっては簡単な試験だろう。
エリーゼ達が卒業した、兵士養成学校で特待生になる方が難しい。
つまり、特待生になれた平民の方がレベルが高いということ。そう、剣の扱いに関しては――。
なぜ、剣術のレベルが貴族の子より平民の子が高くないと入れないかは、魔力の有無が関わってくる。
魔法が使える貴族の子は戦いにおいて有利になるから、魔力が無いならそれをカバーする技術が必要となるのだ。官職へつけるかも、周囲を納得させる実力があってこそ、貴族と並ぶことが許される。
座学では、魔法の授業もある。
それは、魔力がある者、魔力が無い者、どちらも学ばなければならない。使える者は使い方を。使えない者はそれをどう回避していくか。
後々、自分がどの騎士団に入るか、適性の見極めにも繋がる。
その為、切磋琢磨するこの学校では身分を気にする者は少ない。
――それでも、差別が無いとは言えないが。
少ないが女子も居るので、エリーゼの予想通り認識阻害する必要はなくなった。
エリーゼと並んで歩く数少ない女子の一人、子爵家の令嬢ブランシュ。
彼女は、エリーゼがこの学校に入学して、初めてできた明るく気さくな女友達だ。男兄弟に囲まれて育ったせいか、口調も令嬢らしくない。それもあってか、エリーゼは親しみを感じた。
ただ……欠点というか、自立を求められる学校にはメイドがおらず、朝が弱いブランシュは寝坊で慌てることがよくある。
「デールとの朝練の時間になっちゃうじゃない。参加したいって言ったのはブランシュでしょ」
「もちろんそうよ! ただ、ベッドが私を離してくれなかったのよ」
「あー、はいはい。ただの寝坊ね」
「そうとも言うわ」
背の高いブランシュはシラっと言うと、訓練場から聞こえて来た黄色い声に、げんなりした表情になった。
声の主は、隣接する貴族の令嬢令息が通う魔法学園の生徒達だ。
「それにしても……朝からあんなに着飾って、他校へやってくるご令嬢には感心しかないわよ。いくらデールがカッコイイからって――」
「ブランシュだって子爵令嬢じゃない」
「私は剣が恋人だから、一緒にしないで。それよりいいの?」
「何が?」
「デール、取られちゃうかもよ?」
エリーゼはプッと吹き出しそうになるのを堪えた。
確かに一般的に見れば、成長したデールの仮の姿はかなりの美男子だ。
それでも、本来の姿の方が美しく、見慣れているエリーゼにしてみたら何てことない。
(まぁ、それに……デールは悪魔だから、人間が恋愛対象になることは無いわ)
契約者として興味がある人間はいるかもしれないが。そんなこと言える訳もないので、適当に笑って誤魔化す。
「エリーゼ、ブランシュ。遅いぞ」
ブンッと剣を振ったデールは、先に始めていたようだ。
(デールったら随分と早く来てたのね)
エリーゼは小首を傾げた。
この朝練は、エリーゼがデールに付き合ってもらっているのだ。そもそも、悪魔が肉体の鍛錬をする必要は無いのだから。
寮は二人部屋で、エリーゼもデールも同室の生徒が他に居る。デールがより人間らしく過ごしているのは、そのせいかもしれない。
待ち合わせ時間を決めてはあるが、エリーゼが自分の手首に一言声を掛ければデールには伝わる。さっきのブランシュとのやり取りも聞いていた筈だ。
(何かあったのかしら?)
チラリとエリーゼがデールを見ると、デールはニコッと笑ってみせる。
すると、「「キャーー!」」と歓声が上がった。
「……すごいな」と呆れるブランシュ。デールに対してか、令嬢たちの熱狂ぶりか。
「うん、ちょっと怖いかも」エリーゼも苦笑した。
「悪いね、私が寝坊したのよ」と、ブランシュはデールに軽く謝ると、自分の剣を取りに行く。
「それにしても、早いじゃない?」
「なかなか楽しいことが起こりそうだからな」
「何よそれ?」
「まだ内緒だ」
こう皮肉っぽく言う時のデールは、何も教えてくれない。
最近少し、デールが捻くれたんじゃないかとエリーゼは肩を竦めた。
(まあ、素直な悪魔っていう方が変かもしれないけど)
デールは面白そうにエリーゼの髪に触れる。またも、黄色い悲鳴が響く。
「髪、伸びたな」
「ねえ……ちょっと、ワザとあの子達を煽ってない?」
ニヤッと口角を上げると「早くエリーゼも剣を取ってこいよ」と促した。
(絶対わざとだ)
突き刺さる視線を背に受けて、エリーゼはブランシュのいる場所に向かって走り出す。
デールは、軽く手を振りながら――視線の主に気付かれ無いように、笑みを消した。




