40. しばしの別れ
「それって、どういうことですか!?……卒業って?」
エリーゼは理解が追いつかず聞き返す。
「彼は、早期卒業を希望し、卒業に必要な試験を全てクリアしました」
「試験……」
「もともと優秀な成績でしたし、座学、実技共に休み期間中に」
「休み中に……? それが、アルの希望だったのですか?」
「はい」
「………」
これ以上食い下がるのはおかしいと、エリーゼもわかっている。
アルは王族なのだから、事情があって国へ帰らなければいけなかったのかもしれない。
それでも、一緒に卒業できると思っていた。
「エリーゼ」と、肩にデールの手が触れてハッとする。
「クラスのみんなには?」
「始業日に、担任から話があるでしょう」
「……そうですか」
「他になにか聞きたいことはありますか?」
「アルは……大丈夫そうでしたか?」
一体なにが大丈夫だと尋ねているのか――エリーゼ自身、何という答えを期待しているのかさえ分からなかった。
「ええ。彼は大丈夫です」
キッパリとしたその返事に、エリーゼは目を見開く。学校長の曇りのない穏やかな顔が、エリーゼを安堵させた。
「わかりました。ありがとうございます」
挨拶をして特別室を出る。
「アルは学校から離れた方がいい」
「うん、そうだね」
デールの言葉に、大事なことを忘れていたと気付かされた。
アルはこの学校というより、この地から離れた方が安全なのだと。
◇◇◇◇◇
「これで宜しかったのでしょうか?」
「ああ、問題ない」
特別室の、ズッシリとした両袖机に置かれた通信魔道具。この部屋の主人であるユリウスは、イザックとエリーゼのやり取りの音声を聴いていた。
「エリーゼとデールには気付かれていないか?」
「あちら側からは見えないので大丈夫かと。それにしても、何故……」
イザックは顎に手を当て不思議そうに尋ねる。
「さてな。アルフォンスが珍しく真剣に……我を通してきたんだ。それなりの意味があるのだろう」
「よくお尋ねになりませんでしたね」
「時が来れば話すと言っていたからな。まだ暫くは、この国での鍛錬が続く」
「では、魔塔の方も」
「入門の為の試験はクリアだ」
「左様でございますか。やはり優秀ですね」
「ああ。だが、これからが本番だ。塔の住人は、かなり癖があるからな」
モノクルの奥で瞳が細められる。
「それでは、私めは教職員へ伝えて参ります」
お辞儀をすると、プツリと通信が切れた。
あれ程の力を持つ王子の存在価値を理解していない隣国は、この先どうなるのだろうか。
アルフォンスを公国に預けたのが僥倖となるか、それとも――。
イザックは、通信魔道具を閉じて引き出しへ仕舞うと、職員室へと向かった。
◇◇◇◇◇
――あれから、一年と数ヶ月が経った。
魔物の穴の調査は特に進展が無いまま、卒業の季節が来てしまった。
アルの早期卒業は、担任から伝えられた当初は様々な憶測が飛んだ。
だが、クラスの誰しもがその実力を知っていたので、すぐに落ち着いた。もともと、ベンジャミンやエリーゼたちとしか連んでいなかったアルの話題は、もう出なくなっている。
みんな卒業後の進路のために、忙しくなったのだ。
エリーゼとデールは、ガスパルとの約束通り、三年間特待生を維持した。
そのおかげで、このままこの国の騎士学校へ進めることになった。
推薦状を持ち、最低限の試験を受けてきた。
無事合格の連絡も届いている。
騎士学校は、公都の近くにありもっと栄えた場所になる。とはいえ、帝国や王国の中心地に比べたら、無駄な華やかさはない。良く言えば、寒さや魔物との戦いを知っている、堅実な国ということなのだろう。
雰囲気的に、エリーゼは嫌いじゃなかった。
◇◇◇◇◇
そして、卒業式も終わり――。
教室に残っていたのは三人だけだった。
なんとなく、最後に教室を見たかったエリーゼの希望だ。
「じゃあ、元気でね」
「ああ……また会う時まで、な」
そう言ったベンジャミンは、何かを迷っているような表情をみせた。
「どうかした?」とエリーゼは見上げる。
「あのさ」とベンジャミンは、急にエリーゼの手を引いた。
ここ一年ですっかり逞しくなった胸板に、エリーゼはコツンとぶつかり――そのままギュッとハグされた。
(ええっ!?)
エリーゼが戸惑っていると、そのまま背中をパンパンッと叩かれた。
「……!」
「おれさ、もっと強くなるから。それで――」
間近で聞こえるベンジャミンの声。いつもより抑えた大人びた話し方だ。そのせいか、最後の方は聞き取れなかった。
「今なんて?」
「いや、何でもない!」
バッとエリーゼを離すと、普段と変わらない無邪気な笑顔でニカッと笑う。
「デールもハグしようぜ!」
「え、嫌だけど」
「うわ、つれねー」
両手広げて、デールを追いかけるベンジャミン。
エリーゼは、一瞬でもドキッとしたのが可笑しくなった。
(うん。私ももっと強くなるから)
またいつか、再会したいと思った。
ここで出会った大切な友人。
「ベンジャミン。――そして、アル……」
エリーゼは夕日に染まる教室で、そっと呟いた。
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次からは、第二章になります。
なるべく早くとは思いますが、都合により年が明けてからの更新になりそうです。
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