4. 一つ目の願い
「で、一つ目の願いはそれか?」
デールはサンドイッチにかぶりつき、口をモゴモゴさせながら尋ねた。
「ううん、違うの」
水筒の水をコクリと飲んだエリーゼは、首を横に振る。
今日は両親が街へ買い出しの日だ。
だから二人はお手伝いから解放されて、森へ遊びにやってきていた。森の奥まで行った所で、切り株をテーブルにみたて、ピクニックようにランチを楽しんでいる。
デール曰く、普通の悪魔は人間の食べ物は口にしない。食べたところで、血にも肉にもならないからだそうだ。
なのに、デールは食事をする。人間のフリをしているせいもあるが、味覚はちゃんとあるらしく、しっかりと味わっているから面白い。
どうやら、栄養補給というより、嗜好品といった感覚みたいだ。
それはさておき――。
エリーゼはデールに騎士になりたいと告げたのだ。
だが、それは将来の話であり今のことではない。そうなる為の、一つ目の願いの説明をしていた。
「違う? エリーゼはガスパルみたいな剣士になりたいんだろ?」
何がどう違うのか、デールにはさっぱりだ。
「うん、そう。正しくは女騎士かな。でもね、デールの力で騎士になろうってわけじゃないの」
「は? どういうことだ?」
「自分の力でなりたいの」
意味が分からないと首を傾げつつも、デールのサンドイッチに伸ばす手は止まらない。
「私ね、今まで色々な人生を送ってきたのだけど……。守られる立場はあっても、逆はなかったの」
「……んで?」
「遺伝てあるでしょ。今の私は、確実に父さまの血を引いていると思うのよ」
そう、エリーゼはガスパルの並外れた身体能力を受け継いでいた。
母であるアンジェリーヌは、魔力が桁外れ。元貴族で階級が高い者ならではだ。
残念ながらそっちの能力は少ししか引いていない。平民にしては、多い方かもしれないが。
「じゃあ、鍛えて騎士になるってのか?」
「うん」
「なあ。それのどこに、オレへの願いがあるんだよ?」
デールは、ますます意味が分からないと言った。
それを見たエリーゼはニマニマと何か企み顔だ。
「先ずはね、騎士になる為に学校に入るの」
「は……?」
「この国には沢山の学校があるわ。その中でも、比較的ここから離れた平民でも入れる学校。そこに行きたいの」
「騎士の学校なのか?」
「んー……、まだ詳しく調べてないけど兵士の養成学校かな? そこで、いい成績をとれば貴族の通う騎士養成の学校に入れるはず」
「なんか、面倒だな」
要点が分からず、デールは顔を顰めた。
「遠回りなのは分かっているわ。でも、エリーゼとして満足のいく生き方をしてみたいから」
そう言われるとデールは何も言えない。自分で大人になるまでに願いを決めろと言ったのだから。
「で、願いは?」
「うん。その平民の学校って、たぶん女の子は居ないのよ」
貴族で騎士の家系の者は、まれに女騎士を目指すこともある。
だが、平民に生まれた娘は、剣を持とうとは思わない。もっと現実的に考えて、無難で確実に食べていける職を選ぶのが当然だ。
「つまり?」
「周囲の人たちに、私を男だと勘違いしてほしいの」
「男装でもするのか?」
「まさか! そんなことをしなくても、私を見た人が女だと認識しなければいいのよ」
エリーゼは、歳を重ねればどうなるか知っている。
まだ小さな今はよくても、月のものが来るようになれば、体は女性らしく成長していく。どう考えても、長期的に男装は無理がある。騎士となれば尚更だ。
だから、女性としての待遇は必要だと考えている。せめて寮では鍵のかけられる一人部屋か、女性と同室でなければ。書類上は女で、周囲からは男だと意識だけ勘違いしてもらいたい。
そうすれば――。
変な男が寄ってきたり、性差別されたりを少しは回避できるだろう。
「意識操作か……」とデールが呟くと、エリーゼはうんうんと頷いた。
過去に、宮廷魔術師から意識阻害の魔道具を貰ったことがあった。その場に居るのに気付かれない。隠密行動にはもってこいだったことを思い出したのだ。
「出来る?」
「もちろん」
「良かった! それが、私の一つ目の願いよ」
デールは、何というか微妙な表情をしている。
「なんかさ。それって、悪魔じゃなくても叶えられそうな願いだな」
どうせなら、誰も敵わないチート全開の騎士とか、そんな大きな望みをデールは待っていたのかもしれない。
「で、でも! 普通の人じゃ出来ないことだし。今の私には魔道具は買えないものっ」
デールは、じと〜っとエリーゼを見る。
「じ……じゃあ、もっと高性能に使えるようにして!」
それなら文句ないよねって顔で、エリーゼはデールを見詰める。
「オレ頼みかよっ」
呆れつつも、少し考えたデールは手にしていたサンドイッチを皿に置く。そのまま人差し指で、エリーゼの眉間をポンッと軽く突いた。
「ん?」とエリーゼはきょとんとする。
デールの手には、食べかけのサンドイッチが戻っていた。
「これで、エリーゼが望めば周囲は男だと認識する」
「え!? うそ、もう?」
「悪魔の力なめんなよ」
「頭で考えるだけでいいのね!」
「ああ」
ついでに、エリーゼに不埒な事を考える者には、更に追い討ち作用が加わるようにしてあるのだが。デールはあえて伝えなかった。
高性能にしろと言ったのだから、忠実に従ったまでだと。
「それで、オレも一緒に学校行けばいいのか?」
「あっ……」
デールの事まで考えていなかった。
「デールは、人の姿にならなくてもいいのよね? なんなら、この印の中にいてくれたら……」
「まあ、オレは何でもいいけど。デールとしてエリーゼと一緒に学校行けば、ガスパルたちも安心するだろ?」
予想外のデールの提案。
(そうだ。入学するには、まず……二人を説得しなきゃねっ)
パアァァッとエリーゼは表情を明るくし、デールの手を握った。
「ありがとっ! そうしてくれると助かるわ」
「べ、べつにっ!」
少しだけ耳を赤くしたデールは、大きな一口でサンドイッチを詰め込んだ。