38. アルとデール
「どうして、エリーゼとコイツを来させたんだ!? 王子だろ? 万が一にも、命を落とすようなことがあったら……」
「本人の希望だ。広範囲の結界を維持するには、私や他の術師は動けなかった」
問い質す野太い声に、冷静な声が淡々と答える。
「もし、行かせなければ無理矢理向かったに決まっている」
ユリウスは含みのある言い方をした。
以前、アルフォンスが学校を抜け出したという確証はつかめなかった。だが、限りなく黒に近いグレーだと思っているのだ。ユリウスの結界を掻い潜れる術を見つけ出さない限り、同じことはまた起こる。
それを危惧し、本人の意思で確実に戻って来られる方法を示唆した。
「だがしかし!」
「それに、エリーゼとデールは――教師やアルフォンスと共に避難しなかった」
「……なっ!? エリーゼはどうして」
とガスパルは言いかけるが「いや……エリーゼならやりかねない」と、自分で納得する。
「これは非常事態だ。だから、アルフォンスにスクロールを渡し、ガスパル……お前とエリーゼを連れ戻すよう託したのだ。一刻を争う時だからこそ、適任者を選んだつもりだ。二人が戻らなければ――彼女が悲しむ」
(……彼女?)
ベッドに横たわるアルフォンスは、二人の会話に耳をそばだて黙って聞いていた。ベッドから少し離れてはいたが、不用心な会話だ。まあ、魔力の急激な消耗で倒れたのだから、しばらく意識が戻らないと安心しているのだろう。
適任者というのが――アルフォンスの能力を買ってなのか、最悪死んでも問題ないと、公王弟として判断したのかはわからない。
それでも、アルフォンス自身が望んだことだし、行かせてもらったことに感謝すらしたのだ。
「確かに、な。俺一人では厳しかった」
「珍しいな……引退して弱気になったのか?」
「いや違う。俺の力だけでは魔物が出てくる穴を塞げなかった」
ここからは、アルフォンスの意識が遠のいた後の話になるかもしれない。はやる気持ちを抑え、寝息を立てるふりをして呼吸を整えた。
「……では、エリーゼが?」
質問する声に戸惑いはない。
なぜそこで、エリーゼに出来たと思ったのか疑問を覚えるが――アルフォンスを治癒させた力を把握していたのなら、不思議ではないと思い直す。
「正確には、エリーゼとアンジェの力だ」
「どういうことだ?」
「エリーゼのブレスレットの魔石に、アンジェが保護魔法をかけておいたそうだ」
(ブレスレット……俺があげたやつか?)
アルフォンスを支えたこの講師に向かって、エリーゼは「父さま」と呼んだ。話の流れからして、彼女というのがエリーゼの母親を指しているのだろうと、容易に想像がつく。
(姿を変える魔道具か)
息の合った戦い方。それで腑に落ちた。
「……なるほど。闇と対する光の力か。結界としてではなく、よくそんな使い方を思いついたものだな」
「ああ、本当だ。あの場でデールが気付いたんだ」
「さすが、お前が認めてエリーゼと一緒に連れて来ただけあるな」
「ああ、立派に成長している。一緒に戦ってつくづく思った」
何かで頭を殴られるような衝撃だった。
(……いったい何を言っているんだ!? あの場にデールは居なかったじゃないか――)
アルフォンスのデールに対する仮説が崩れさる。肝心な自分が倒れた後の話は、もう耳に入ってこなかった。
倒れたアルフォンスをガスパルが抱き上げ、持っていたスクロールを使って四人で戻ってきたことも……プレゼントしたブレスレットが、その後どうなったのかも。
――そんな些細なことは、どうでもよかった。
◇◇◇◇◇
「オレを呼び出すなんて、雨でも降るんじゃないか?」
訓練場にやって来たデールは、少しおちゃらけるように言う。
魔力が回復して早々、アルはデールを呼び出した。
エリーゼを呼び出すことはあっても、アルからデールやベンジャミンと二人きりになろうとするのは珍しかった。
アルの正面に立つ、数少ない気さくな友人の一人。
それでいで飄々としているところもあり、ベンジャミンとはまた違う、掴みどころのないデール。
エリーゼが一緒にいる時には気付かなかった、微妙な違和感を感じる。
「聞きたいことがある」
「ふーん、何?」
「あの時……エリーはデールの名を呼んだ」
「ああ、あの時な。背後から飛んできた魔物を、エリーが教えてくれたやつだろ? 落ちたバカでかい手と、凄い光に気を取られちゃってたからなぁ」
うっかりしていたと、デールはさも一緒に戦っていたかのように言う。
「デール……お前は居なかった」
「何言っているんだ? 一緒に狼の魔物と戦ったじゃないか」
「いいや」とアルは首を横に振り、静かに否定する。
「あの場所には、確かにデールの姿は無かった。――ならば、お前はどこに居たんだ?」
公国の影の存在でもなく、エリーゼの家にも居なかったデール。
(どんな方法を使ったのか……)
あの状況でエリーゼに何らかの指示を出し、皆の記憶を書き換える。あり得ないと思っても、デールがやったとしか思えなかった。それが事実なら脅威の存在だ。
(――だが)
ひとつだけハッキリしているのは、デールはエリーゼに危害を加えたりしないということ。それだけは、確信できた。
眉根を寄せて見詰めてくるアルに、デールはフッと口角を上げる。やわらかい茶色の瞳が鋭くなった。
「確かに居たさ。穴の中にな――」
アルの瞬きより早く、デールは距離を詰めていた。
驚愕に身じろぐより先に、デールの指はアルの額をポンと突いた。
「ひどいなぁ、アル。オレはあの場に居たじゃないか」
「………ああ、そうだったな。悪い、勘違いしたみたいだ」
「疲れが取れてないんだから、部屋でしっかり休んだほうがいいぞ?」
「呼び出しておいてすまない。そうさせてもらうよ」
フラフラしながら歩くアルは、訓練場をあとにした。
「いつまで持つか……。これほど、竜の血が濃いとはな」
デールの力が効きにくいアル。
「エリーゼの代わりにと考えていたが……やめた方が良さそうだ」
厄介だと言わんばかりに肩を竦めると、デールも訓練場から姿を消した。




