2. 新しい家族
「父さま、母さま、ただいまー!」
「おっ、おい!」
エリーゼは、片手には木苺でいっぱいになったカゴを持ち、反対は悪魔と手を繋いでいる。その繋いだ手ごと高く上げ、ぶんぶん振って両親を驚かせた。
「あらあら、エリーちゃんお友達?」
おっとりとした表情で、手を頬に当ててコテリと首を傾げる母親。質素な服に似合わない華やかなブロンドの髪は、かるく結んであるが目を引いた。
しかも、子供がいるとは思えない童顔で整った目鼻立ち。母親に似たエリーゼは、かなりの美人になるだろうと予感させる。
その隣には、戦士かっ! と突っ込みたくなる様なガタイのいい父親らしき人物。
エリーゼの髪色は完全にこっちだった。それ以外の外見が父親に似なくて良かったな……と思ったのは、きっと悪魔だけではないだろう。
「エリーゼ……また拾ってきたのか?」
その強面は、呆れつつも優しくエリーゼを見た。
「父さま! またって、人はまだ二人だけよ」
悪魔は、普通は人間を拾わないだろうと思ったが、ポンポン交わされる親子の会話についていけない。
「それで、君の名前は?」
「……あ」
見下ろされると影がかかり威圧感があるが、そこは全く気にならなかった。寧ろ、名前を聞かれて戸惑ったのだ。
すると、何かを察したエリーゼがすかさず口を挟む。
「森で迷子になっていたの。どこから来たのか分からないみたい……。かわいそうだから、しばらくお家に居させてあげて」
エリーゼは、手を組んでウルウルした瞳で父親に懇願する。
「もしかして……記憶が?」
同情を含んだ目で悪魔を見た父親は、あっさり落ちた。
「でも名前が無いと不便だな」
「じゃあ、私がつける! うーん……デールなんてどう?」
「さすがエリーちゃん、素敵な名前ね〜」と母親の言葉に、父親もうんうんと頷いた。親バカ感が半端ない。
そんな中、ふふっとエリーゼは悪魔を見た。当然、断れる雰囲気でもないし、仮の名前にこだわりなんてない。
「じゃあ、それで……」
「デール、行こっ」
エリーゼはまた手を繋ぐと、階段を駆け上がりデールが使う部屋へ案内した。
以前も誰かに貸したという部屋。殺風景なのは、暮らしぶりから考えたら当然だった。悪魔は背もたれのない椅子にまたがると、ちょこんとベッドに腰掛けたエリーゼに問いかける。
「なあ、エリーゼ。なんでデールなんだ?」
「転生前に飼っていたフェレットの名前よ」
「フェ……!?」
「だって、黒かったし。お風呂に入れるとビョーンて可愛いのよっ。気持ち良すぎて、そのままおトイレしちゃったり」
足をぷらぷらさせながら、エリーゼは思い出したかの様に楽しそうに話す。
「もう、会えないけどね」
「黒……色かよ。まあ、可愛いのは通じるところがあるし、否めないな」
人間に変身しているデールは、今は黒いところなど無いのだが、腕を組んだまま仕方ないと言った。
(あ、いいんだ)
エリーゼはクスクス笑った。
外見からは悪魔要素が全くなくなり、エリーゼは可愛い弟が出来たようで楽しくなる。口に出したら拗ねられそうなので言わないが。
「あの両親は、エリーゼが転生者って知っているのか?」
「まさかっ。二人にとっての可愛い娘は、一人だけでいいの。今のエリーゼ以外の記憶は必要ないわ」
「そんなもんか?」
「そっ」
そう言ったエリーゼは笑顔だったが、どことなく瞳の奥は冷めているようだった。
「ねえ、悪魔って名前を教えられないって本当?」
「やっぱ、知ってたのか」
デールは何となく、そうじゃないかと思っていたのだ。茶色くカールした髪をぐしゃぐしゃっと掻いた。同じ色をした瞳でエリーゼをチラッと見る。
「詳しくは知らないけど、昔……なんかの本で読んだ気がする」
「そっか……」
「大丈夫、教えてなんて言わないわ。だって、あなたはただのデールだから」
「風呂入ってもビョーンとはならないけどなっ」
「うん! トイレされたら困るから」
悪魔にとって名前を知られることは、服従を意味する。エリーゼは自分から契約を受け入れたのだから、それはどうでもいい事だった。
「それよりも、父さまと母さまはどう?」
「どうって?」
「二人は駆け落ちして私を身籠ったの」
「あー、なんかわかる。平民ぽくない。どこぞの姫と護衛騎士ってか?」
エリーゼの二人の呼び方に、違和感があったのだ。仲の良い平民の親子なら『さま』は使わないだろうと。
「大正解! 二人は秘密にしているみたいだけど、どう見てもそうよね。ベッドの下に大剣も隠してあるし」
「聞かなかったのか?」
「必要ないでしょ。あんなに幸せそうなんだもの。父さま、なにがあっても私達を守ってくれるつもりなのよ」
笑顔のエリーゼは、今度は心底嬉しそうだった。
「なのにオレと契約して良かったのか?」
今更だが、デールは気になってしまう。
「うん、いいの」
「もう二度と生まれ変われないんだぞ」
「知ってる。だからよ」
ますますデールにはよく分からなかった。
(そう――私の望みは、転生を終わらせることだから)
しばらくすると甘い木苺のにおいが漂ってきて、鼻をくすぐった。顔を見合わせ、にんまりする。
「ジャムだ!」
「うん、ジャムの匂いだな!」
結局、話は中断し二人はまた一階へ向かった。