3. アルvs.ラニア
「――こほんっ」
エリーゼは笑いを堪え、デール改めラニアについて、さっさとアルに説明することにした。
デールが室内に居たことで、ここでの会話は外に漏れないとわかっている。
「私に本当のお世話をしてくれるのは、ミラベルの方よ。デールがラニアなのはお義父様も知っているわ」
アルの心配はそこだろう。
(いくらなんでも……悪魔とはいえ、男性であるデールに着替えやら湯浴みやらを手伝ってもらうのは流石に無いわ。これでもアルと婚約するのだし)
「そ、そうか。だが……デールが護衛件侍従として来ることは認めた筈だが?」
(え、そうなの?)
パッとデールを見る。もしかしてデールは、アルをおちょくりたかっただけなのだろうか……とそんな考えが浮かんでしまう。
デールはニヤリと笑う。
「侍女の方が動きやすいからな。それに……あんなのが、またいつ潜り込むか分からないだろ」
「あんなの?」
「この前のパーティーに、神殿の者が忍び込んでいた。……デールが捕まえてくれたが」
アルを見れば眉根を寄せている。
人が多いああいった場では、どんなに警戒しても限度がある。現に、エリーゼも認識阻害を使っていた者を見た。
(あっ! もしかして、あの人が?)
今更ながら思い当たる。殺気などを感じれば、もっと警戒できただろうが……。デールに伝えようとしたタイミングで、アルがやって来たため、すっかり意識から外れてしまっていた。
「で、そいつは?」
「窃盗の罪があるから、暫くは地下牢からは出られない」
「窃盗?」
神殿の者と言うなら神官だろうが。何か手に入れたい物でもあったのだろうかと、エリーゼは首を傾げた。
「どうせ下っ端さ。金にでも困ったんだろ」
デールはさもどうでもいいと肩を竦めた。
「それより。さっきの、くっさい演技は何だ?」
「くっさ……って……あれはっ、俺がエリーゼに会いに来やすいように、だ」
「は?」と微妙な顔の侍女服美少女。長めのスカートの中で足を組み、偉そうな態度をしている。
「俺の方から、エリー嬢に熱烈にアプローチしていると思わせたい。今は……俺に何か苦言できる者は、両陛下以外にはいないからな。滑稽なものだ」
本気でアルの為を思って、行動を止められる臣下は誰もいないのだと、自嘲的な笑みを浮かべる。
『王妃が疎んでいるから』『他の者もやっているから問題ない』『相応しい立場を我々が教えてやらねば』――そんな建前のもと、手を上げることは無いにしても、幼い頃から尊厳を踏み躙られてきた。散々アルを虐げていた者は、自身の憂さ晴らしもあったらしい。
(たぶん、アルに悪意を向けていた者は、国王によって一掃されていると思うけど)
カサンドラの思惑があったとしても、心に受けた傷は決して消えはしないのだ。
「今となれば好都合だ」と、アルは話し出した。
(なんだかんだアルは……)
ルークやユリウス、エリーゼの両親のように、アルに対しちゃんと向き合う相手の言葉は、無下に拒絶したりしない。
「俺が公国に留学した件を知っているのは、宰相を含め数人だけだ。他は、パーティーの時に俺が一目惚れをしたと思っている」
療養の提案も、エリーと仲を深めるきっかけになればいいと、国王自らがしたことになっているそうだ。
ふと、さっき会った執事の咳払いを思出だし、その数人の中の一人ではないかとエリーゼは思った。
「両陛下は……特に父上は、俺が公国に居た状況を、影を使って色々と調べさせているからな。兵士学校の頃から同期だったエリーゼの存在も知ってる筈だ。だから、そうではない平民の少女との出会いを匂わせた。しかも、その子があの公王弟殿下の愛娘だったってな」
「それで婚約の話を?」
アルは首肯する。
エリーゼという存在に、意識を向けさせないようにしてくれたのだと理解できた。国王夫妻に対して、アルがどう考えているのかは分からない。ただ、本気で国王がエリーゼを調べ始めれば――いずれ、両親の神聖帝国との繋がりに辿りついてしまうだろう。
そもそもアルがエリーゼを求めなければ、エリーゼにもエリーにも関心は向かないのだろうが。アルの気持ちを知っているため、どう言ったらいいかエリーゼは口籠ってしまう。
すると、アルはエリーゼの手を掬うように取った。
「ああ。それに、俺はエリーゼの最初のパートナーになると約束した。あの時は、果たせなかったが……もうチャンスを逃すつもりはない」
『最初のパートナー』の意味――。
自分の気持ちはわかっているだろうと、アルの視線は少しだけ熱を帯びた。こうして婚約するつもりで来たのだ。エリーゼとしては、それが返事ということで済ませてほしい。
手にアルの唇が触れ、ほんのりとした温かさが伝わってくる。こんな触れ合いは貴族同士なら、挨拶でよくある程度。それなのに、エリーゼの鼓動はどんどん大きくなる。
――と、その時。
エリーゼの体はふわりと浮かんだかと思うと、一瞬でアルから離れた。
いつの間にか、デールが座っていた筈のソファーにエリーゼは腰掛けている。背凭れの後ろから抱きすくめられ、耳横で可愛らしい声がピシャリと言う。
「王太子殿下。まだ婚約前ですから、過度な接触はお控えくださいませ」
「……っ! それを言うなら、デールお前はどうなんだ!」
「デールではなく、私はラニアですわ」
しれっとデールは言う。
今のエリーゼの状況は、侍女姿のデールにバックハグされている。
首元にまわされている、肌触りのよい黒い袖の中の腕がか細いせいか、フェレット姿の時と距離が変わらないせいか――されるがままだった事にエリーゼは気づく。デールに動きを封じられている訳でもないのに、振り解かなかった。いや、デールから逃げるという概念が無かったのだ。
「ちょっと、デールったら。アルを揶揄うのは、いいかげんにしなさいよ」
よいしょとデールの腕を持ち上げ、柔らかい拘束を離す。
――が。
デールはそのままエリーゼの手を取ると、「チュッ」と音を立て、アルがした場所にキスを落とす。
「消毒」と言って艶然と笑う美少女に、アルだけでなくエリーゼも複雑な表情になった。




