2. 再会はお芝居と共に
「ようこそ、エリー嬢」
馬車の扉が開くと、待っていたのは煌めく金髪。ひと目で王太子だとわかる、友人であり婚約者(予定)のアルだった。侍従のするようなことを、平然とやってのけるアルにエリーゼは戸惑ってしまう。
(え。いくらなんでも、王太子が直々に扉を……)
こんな事をされたら、困るのは絶対に周りの人間だ。
微かなエリーの動揺を気にすることなく、まるで旧知の友人を迎えるような態度のアル。
(私がエリーゼとしてならわかるけど、今はエリーなのに……)
あからさまではないが、アルの背後で控えている王宮の使用人たちも複雑な表情をしている。
(でしょうね!)
それでも止めたりしないのは、アルの立場が揺るぎないものになった為、口を出せないでいるのか。
仕方なくエリーゼは差し出されたアルの手を取り、ステップを降りるが――。アルはわざとらしく自身の胸に手を当て、熱い眼差しを向けてきた。
「こうしてまた会える日を、どれ程待ち焦がれていたことか」
ニコニコと、エリーが何か言うのを待っている。
(はい? これはお芝居? 合わせるべきなのかしら……まあ、でも)
出迎えてくれたことにお礼を述べ、恐縮しつつも公爵令嬢らしくドレスを摘み丁寧にお辞儀した。
「堅苦しい挨拶はやめてくれ。エリー嬢と俺の仲ではないか」
アルの爆弾発言に「……ゴホンッ」と、後ろで咳払いする白髪混じりの執事らしき人物。どうやらこの匂わせには思惑があるらしい。
エリーの生い立ちはもう知られている。
その上で、アルは前回のパーティーで初めて会ったとは思えない、砕けた口調をしている。つまり、この二人はそれ以前に会ったことがあるのだと――。
プロイルセンの第一王子は、身分を隠さず公国の騎士学校に留学していた事実がある。それならば仕方ないか……と、エリーゼは控えめに、けれど綻ぶような愛らしい笑みを浮かべた。
それには周囲で控えていた、普段なら決して不躾に相手を見たりしない上級使用人たちですら、息を呑んでエリーを見つめてしまう。
エリーゼは、自身の努力に手ごたえを感じた。エリーとエリーゼは、表情はもちろん仕草ひとつ『似ている』部分があってはいけない。別人として、貴族の表舞台に立つ為に、ずっと訓練してきたのだから。
「あの……わたくしも、王太子殿下にお会いできる日を楽しみにしておりました」
極力、不敬にならない程度に、それでも親しそうに言ってみた。一瞬だけ、喉を上下させたアルは「嬉しいよ」と返す。
「私の体調にご配慮いただき、暖かなプロイルセン王国で過ごさせていただきますこと、とても感謝しております」
「それはどうか気にしないでくれ。今の時期、公国の寒さはかなり厳しい。南国とまではいかないが、我が国……この王都は気候が安定しているからな」
確かに、縦に長いプロイルセン国の中心にある王都は過ごしやすい。
だったら何故、アルフォンス第一王子は療養という名目で、王都から遠く離れた地域に行かされたのか――そんな疑問も、今は『身の安全の為だった』と王宮内の一部には周知された。
実際、カサンドラの目的はそうだったのだから間違いではない。粛正を行なった事で、騎士団上層部では真実だと思われている。
この話は打ち合わせ済みの内容だから、すんなりと会話は進んで行く。
今回の滞在理由は、王太子妃教育ではなくエリーの療養。これは国王夫妻とユリウスが決めたこと。期間が過ぎれば、婚約式を行うのだからバレるのは時間の問題だが、少しでもエリーの存在を神殿に隠しておきたい。
その為、公爵令嬢一行はわざとメインの門を抜け、そのまま滞在する宮の入り口まで馬車を走らせたのだが……。こんな出迎えをされるとは思わなかった。
「それでは、王太子殿下。エリーお嬢様を宮にご案内いたします」
アルに紹介された、エリーの滞在する宮を管理する執事と侍女長が声を掛けてきた。エリーに仕える者は、厳選されているとユリウスから聞いている。アルの振る舞いは、だからなのか。
「いや、案内は俺がする。それよりも、公国からの侍女に色々と教えてやってくれ」
「で、ですが……」と言いかける執事を遮り、アルはエリーゼをエスコートし、さっさと歩き出した。
残された使用人たちは、馬車から荷物を下ろすと各自の持ち場に向かい、二人の侍女は侍女長について行く。
アルとエリーゼについて来るのは、白く華やかな騎士服を着た近衛騎士だ。一人は寡黙そうな体躯のいい者で、もう一人の細身の騎士は――見覚えがあった。エリーではなく、エリーゼとして会ったことのある人物。
(この人って……。たしか刺客だったはず)
騎士学校を出たエリーゼとしては、普通の騎士団と近衛騎士になる為の条件の違いは知っている。特にプロイルセン王国なら、近衛騎士になれるのは自ら爵位を持つ者か、貴族の子息だけのはず。実力があっても、平民なら第一から第五の騎士団に配属される。
「この二人は、ある件で陛下に実力を認められて騎士爵を賜った。王宮ではかなり信頼できる者たちだから安心していい」
世間話をするように、歩きながらアルはエリーゼの疑問を察したのか簡単に説明してくれた。
軽く紹介された彼らの名は、 フィルマンとジャノ。エリーゼとエリーが同一人物だと知らないし、味方であっても知る機会はこれからも無いだろう。
「ふふ、お強い方々なのですね」
「ああ。だが、何かあったら一番に俺を頼ってほしい」
「……は、はい」
見つめてくるヘーゼルの瞳から逃げるように、頬を染め視線を落とすと、背後から生温かい視線を感じる。
この演技はなかなかに照れ臭いので、エリーゼは早く部屋に着かないかと、心の中で深い溜め息を吐いた。
エリーの滞在する宮はこの前の所とは違い、王太子宮のすぐ隣らしい。メイドとして潜入した時は、遠目で見ただけで中に入る機会はなかった場所だ。
「この宮は好きに使ってもらって構わない。エリー嬢の私室はこちら――」
自ら扉を開けたアルの動きがピタッと止まる。そのままパタリと扉が閉められてしまう。まだ誰も中に入っていないのに。
「あの、入らないのですか?」と、警戒の色を隠したジャノがアルに尋ねた。
不穏な気配は無かったはずだ。エリーゼも首を傾げた。
「いや、入る。だが、二人はこのまま扉の外で待機しろ」
「「承知しました」」
「では、エリー嬢。中へどうぞ」
アルがエリーを連れて入ると、またすぐに扉を閉めた。
豪奢な一人掛けのソファーに座る人物に、エリーゼは苦笑する。気配も無いはずだ。
「遅かったな」
(だから慌てて閉めたのね)
「これが普通だ。それより、何でお前はまたその格好なんだ?」
「あ? 似合うからに決まってるだろ?」
「……デール」
「いやですわ、王太子殿下。私は執事のデールではなく、侍女のラニアですわ。エリーお嬢様のお世話は全て私の役目ですから」
「なっ……!!」
デールの挑発に動揺するアル。エリーゼは懐かしくもあるひと時に、エリーの仮面をすっかり外して笑ってしまった。




