35. 前世の記憶を持つ者
王太子アルフォンスが、迷うことなく真っ直ぐに向かった先を、会場の全員が視線で追っていた。
――なぜ、彼女が選ばれるの?
相手が誰だかわかった途端、嫉妬で溢れた空気。
公国の公爵令嬢エリーの噂は、一部ではあるが友好国のプロイルセン国にも伝わっている。王太子を狙う者たちは、候補になりうる招待客にも当然注視していた。
公太子の妹である公女レティシアならまだしも、公王弟のエグゼヴァルド公爵にいくら大事にされていようと、エリーには半分平民の血が流れているのだ。
――ならば、もっと政略的にも相応しい者は国内にいるのではないか?
――所詮、見た目だけで選ばれたのか?
そんな冷ややかな視線も、アルフォンスとエリーが踊りだせば一瞬にして消え去った。
会場の中心で光を纏ったかのような二人は、見る者を魅了するくらいに美しい。ダンスも長年のパートナーだったかのような洗練された動きで、この国で最も難易度の高い曲を見事に踊りあげている。
エリーがターンする度に、絹のようなシルバーブロンドがキラキラと煌めく。それを愛おしそうに目を細め笑顔を浮かべる王太子。
見つめ合って踊る二人の姿に、嫉妬よりも感嘆の溜め息が会場を支配していた。
◆◆◆◆◆
一曲目が終わり、熱気に包まれたパーティー会場からそっと抜け出した男が一人。小走りのように、短い足を必死で動かして先を急いでいた。
「ついに……ついに見つけましたぞ……」
会場から離れたところで、ようやく周囲に人が居なくなると、誰に言うでもなく呟く。
年齢的には同世代よりだいぶ早く、すっかり白髪になった中肉中背の男。本来なら大神官であったはずの男は、他の者の大神官に関する記憶を消して自身の地位を譲った。
――否。
譲ったのではなく、崇める主に少しの間だけ使っていただいているという認識だ。無論、ただの人間に大勢の記憶を操作する力など無いので、やったのはこの男ではない。
「やはり私は、魔術師なぞよりお役に立てるのだ」
男が神殿で最も高い地位に上り詰めた日、感謝の祈りを捧げていると、頭上にに神々しい光と共に現れた長い白髪の人物。ひと目で人ならざる御方――神だと感じた。
そして、男は前世でもこの神に仕えていたという事実を知った。自分が神に選ばれし者だと言われ、前世の記憶を一部ではあるが思い出す。また主を得られたことに、心の底から歓喜した。
側でお仕えできるなら、大神官の装束など男にとってはもう価値などない。以前と同じように、隣に立つことを許された唯一の神官として、手となり足となれるのだから。
(私には、主の求めし娘を見つけられる能力が本当にあったのだ)
慣れない貴族の豪奢な衣装で、自ら潜り込んだ甲斐があった。
姿を隠すために、憎たらしい魔術師の魔道具の力を借りるのは不本意だったが、背に腹は代えられない。認識阻害を使わなければ、招待客でないない者が紛れ込むのは不可能で、仕方のないことだった。念のため、見知らぬ若い娘の隣で、父親っぽく立っていたが。
なかなか目的の者は見つけられなかったが、竜人の末裔が選んだ娘に触れた瞬間――娘からブワッと溢れ出した神力が、男の視界に飛び込んで来たのだ。
(あれ程の神力を持っていたとは……。早くお知らせして、娘を迎え入れる手筈を整えなければ。王太子になってしまった器は、手に入れるのが少々難しくなったが。今度こそ両方とも捧げるのだ!)
意気揚々と、宮殿の警護をしている騎士の横を通り過ぎると、廊下の先にポツンと人影があった。
(どうせ気づかれることはあるまい)
フンと男は鼻で笑う。
男は普段、警戒心が強いのだが、あれほどのパーティー会場で誰にも存在がバレなかったことに、珍しく気が緩んでしまっていた。
佇む青年が、宮殿には相応しくない格好の輩であれば違ったかもしれないが、明らかに高位貴族に仕えている者だとわかった。若いがピシッとした執事服姿で、実に美しい相貌をしている。
(まあ、我が主には足元にも及ばないがな)
騎士達と同じように素通りしようとした刹那、その執事らしき青年はにっこりと微笑んだ。自分に向けられたとは思わなかったが、だいぶ会場から離れた場所で周囲に人は居ない。つい、足をとめてしまった。
「まさか、お前も転生しているとはな」
執事服の青年が男の正面に立ち塞がると、はっきりと言う。
「……え?」
男は思わず声を出してしまう。
「今度は絶対に邪魔させない」
青年のスラリとした指先が、自分の眉間をトンと突く。緩慢な動きに見えたが避けることは不可能だった。軽く触れられただけで、そこまでの力ではなかった筈なのに、男の視界は暗転し、体はぐらりと倒れて行く。
過去に、豊穣の女神と竜人を引き裂き、女神を手に入れよとした白髪の神官の横にいた男。
全てを思い出したデールは、目的はやはりエリーゼなのだと確信する。
「また理を歪めるつもりか?」
デールを悪魔に堕としたきっかけでもあり、狡猾で憎むべきひとりの神。
意識を失った男を見下ろし、デールはその先に居るであろう見えない相手に瞋恚の目を向けた。
倒れている男が身につけていた魔道具をむしり取ると、デールは魔道具に別の術を付与し、そのまま戻す。それから男を浮かせ、他国の貴賓が泊まっている宮に一緒に転移した。
いくつかの宝石を男の懐にしまい、警護にあたっていた騎士達に突き出す。
「この男が不審な動きをしていたので、捕まえましたが……これは、大変な問題ですよね?」
騎士はデールが公国の執事であると知っていた為、国際問題になりかねない事態に真っ青になった。
平謝りで、捕まえくれたことに感謝し、警備をもっと強化すると約束する。デールは怪しい魔道具も持っていたと忠告すると、意識の無いまま男は騎士達に引き摺られて行った。
「これで暫く奴は出てこられないだろうが……」
男の記憶からエリーゼについては消したが、いずれ知られることになると、デールは嫌という程わかっていた。
そして、悪魔のデールが願いを叶えられるタイムリミットが、徐々に近付いてきていることも――。
お読みいただき、ありがとうございます!
投稿日時がまばらで申し訳ありませんm(__)m
少しお休みさせていただいてから、次は第五章に入ります。
これからも、のんびりお付き合いいただけましたら幸いです。




