34. 王太子アルフォンスに選ばれたのは
アルの姿を見た瞬間、ドクンッと心臓が大きく跳ねた。
(今まで感じてきた、ギフトのようなものとは全く違う……)
エリーゼが勝手に名付けた感覚、ギフト――幾度となく人生を繰り返してきた自分には不自然なくらい、普通の女の子が恋に目覚めたような、初々しいドキドキ感。もしも運命の女神が本当にいるのなら、それは祝福かもしれないし、悪戯なのかもしれない。
神官になったことはあっても、その存在を直接感じたことは無かったが、エリーゼには確信めいたものがあった。
エリーゼとしての今世ではもう翻弄されるつもりはないが、言い知れぬ圧迫感に、扇で隠すように胸元で小さく拳を握った。
国王からの話が終わり、アルは王太子のために用意された玉座の横の立派な椅子に座る。それが、合図だったかのように、招待客からの挨拶が始まった。
順番は当然、迎賓宮に滞在していた他国の地位の高い者から。流れはマージ帝国の時と同じだが、皇帝の誕生祭までの仰々しさはなく、順調に進んでいく。
国内の上位貴族が終わればそこで区切られ、ダンスパーティーに移行するはず。
パーティー中であれば、王太子から直接話しかけられたり、上位貴族に紹介してもらえれば、そこまで身分の高い者でなくとも挨拶できる。そのため、ツテのある者は、虎視眈々とその時を待つ。
公国の順番がやって来ると、先ずは公太子オードリックとパートナーの公女が挨拶をした。次いで、ユリウスと一緒に娘エリーとして挨拶に向かう。
(この前会った時には、こんな風にはならなかったのに)
ユリウスとエリーの正面では、輝くような金の瞳が待ち構えていた。
この場で、アルフォンスこそ王太子として相応しいのだと知らしめる為に、敢えて魔力を流し続け金の瞳を見せつけているのだ。弱々しく、虐げられていた第一王子はもういない。純粋に敬うか、畏怖するかは半々かもしれないが、きっと国王の指示なのだろう。
兵士学校の頃とは違い、今のアルにとって感情など関係なく、魔力操作は息をするように簡単なことだ。
エリーは初めて王国にやって来た、初対面の公爵令嬢ということになっている。直接話しかけられることは無かったが、それでもアルの視線はエリーにだけ向いていた。
国王夫妻はさすがに軽く視線を合わせ微笑む程度で、ユリウスと一言二言交わし無難な対応だ。
(いや、ちょっと見過ぎだから……。ただでさえバランスが危ういのに、コケたらどうするのよ)
こんな場でなく、いつものエリーゼとアルの関係のままだったら、文句の一つも言いえたかもしれないが。別の意味で今はとても難しい。
喜ばしい再会である筈なのに、胸の圧迫感は消えず、ドレスの中では足が震えてしまっているのだ。緊張している訳でもなく、自分の体なのに原因がわからない。
戸惑う感情を隠し、エリーとしての表情を崩さずに、どうにか最上級の礼をしてその場を離れた。
玉座から少し離れた位置に戻ると、エリーゼは軽く息をついて、そのまま続く挨拶を見守る。
王国内の者にとっては、伝説にもなっている竜の血を引く王太子の姿は繁栄の証し。公爵家を筆頭に、喜色を浮かべて恭しく頭を下げていく。アルの口数が少ないのもまた、気高い存在と感じでいるのだろうと、傍目からでもわかった。
そんなやり取りを黙って見つめながら、エリーゼは自分の異変について考える。足の震えはようやく治まってきた。
以前にも、エリーゼはアルの金の瞳は見たことがあるが、その時には感じなかったもの。思いあたるのは、やはり夢の中で神官から『竜人』と呼ばれた男の存在が、鮮明になりつつあることだ。
(この不安の入り混じる胸のざわつきは、今の私というより、別の何か……夢が影響しているとしか考えられないわ。だけど、どうしてこのタイミングなのかしら?)
繰り返してきた様々な人生は、波瀾万丈ではあったし、哀惜の念に押し潰されそうな日々もあったが――それでも出逢った人々は今も大切で、その都度自分にとっては意味のあるものだった。
積み重ねた知識は残っているが、自分の記憶してない何かが影響を及ぼすことは、これまでには無かった事態だ。
(もしかして……デールと契約し、転生を終わらせようとしているせい?)
悪魔のデールは、エリーゼ自身が知らないことまで知っていそうだった。
(でも、出逢ったばかりの頃のデールは違ったわ。子供だったし、いかにも悪魔っぽいコス……スタイルだった。攫われたあの日、堕天使みたいな翼がはえた頃から、デールは時々見慣れない表情をするようになったわ)
ここのところ、深く考えても起こらなくなった頭痛や、レイとの不思議な再会。客観的に見られるようになった、誰かの人生みたいな夢。更には、今エリーゼの身に起こっている、自分ではない感覚や感情。
急いでデールに会って、それが『誰』のものなのか訊かなければいけない気がした。
だが、肝心のダンスパーティーはこれからで、まだまだ抜けられそうもない。
もしも、アルにダンスを誘われたら、エリーゼは受けるつもりでいる。
友を間近で支える手段が結婚であるならば、それでも構わない。もともとエリーゼは、誰かの愛は求めていない。過去に結婚も経験したが、親愛以上の相手が望むものを与えることができなかったからだ。
(ただ……)
アルがエリーゼに求めるものが違い、苦しませてしまうなら、二つ目の願いを使ってアルの記憶からエリーゼを完全に消してもらう。
そう心に決めたはずだった――。
気がつけば挨拶は終わり、楽団が演奏を始めると、真っ直ぐエリーに向かってアルが歩き出す。
あまりにも迷いのない行動に、王太子が見つめる先、周囲の視線は公国からの令嬢エリーに集まっていく。
「エグゼヴァルド公爵令嬢、私と踊っていただけますか?」
「はい」と、アルに差し出された手を取ると、ぶわりと感情が波打った。
まるで苦海から引き上げられたような感覚。
胸の圧迫感が消え去り、見上げたアルの熱のこもった眼差しに、夢の中の人物が重なった。




