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33. 会場入り

 竜の血を引く、プロイルセン国の王太子アルフォンス。そのお披露目に相応しい会場には、天井の中央に大きく豪奢なシャンデリアがあり、そこから小ぶりなシャンデリアが均等に並ぶ。魔石で灯されている蝋燭の光を、複雑なカットのクリスタルが反射させ、集まった人々の衣装をより輝かせた。


 最初にダンスに誘われた令嬢は、王太子と共に光の中心に立つのだ。

 この場に集まっている国内の令嬢たちは、式典で王太子の姿を見ている者が多いのだろう。優雅に談笑しながらも、今日の主役の登場をそわそわと待っている。


「やはり、()()という話が広まっているのね」


 レティシアは扇で口元を隠し、エリーにだけ聞こえるように囁いた。エリーゼはどう答えたものかと迷うが、明確な返答を求めているわけではないようなので、軽く頷くだけにとどめておく。


 エリーと同じように、レティシアも妃選びのために呼ばれたのではないと聞いて安心しているのに、わざわざ不安を煽りたくはない。

 だが、昨日のユリウスの話では、確かに最初のダンスでアルが相手を『選ぶ』のだ。

 

 エリーゼは、アルから言われた言葉をひとつひとつ思い出す。


(たぶん、アルがダンスに誘うのは……)


 ほぼ確信に近いが、もしかしたら違うかもしれない。いざとなったら、エリーゼには『二つ目の願い』という切り札もある。心は決めたはずなのに、未だに揺れる複雑な気持ちで周囲を見渡した。


 会場には男女問わず、捕食者のような目をした者がわんさかいる。エリーゼは耳に意識を集中させると、会話の内容を聞き取っていく。


 ――第一王子が幼い頃から病弱だったのは、身に余る竜の力に、身体がまだ追いついていなかったからだとか。

 ――王子なのに神殿からの祝福を得られず、ミドルネームを授からなかったのは、既に竜の祝福があり二重に受けることが不可能だったせいらしい。

 ――解放された能力に負けないくらい成長し、その力で魔物を殲滅し国を救った英雄。

 ――まさかあんなに精悍で、美しさも兼ね備えた方だったとは。


(見事なまでに、アルに対する悪感情は払拭されたのね)

 

 今まで散々蔑んでいたのに、まるでそんな事など無かったような態度に変わっている。


 アルと一緒にオプスキュリテの森にやって来ていた元刺客のジャノ。彼が裏ギルドをうまく利用して、平民の間から噂を流したからだ。情報通の豪商は、顧客への土産話として貴族に伝え、噂はどんどん広まった。

 

 しかも――。


 第二王子クリストファーには聖女の婚約者がいたため、諦めていた年頃の令嬢やその親たち。第一王子は婚約者もおらず、しかも王太子になったとはいえ側室の子で後ろ盾が弱い。それはもう絶好のカモだ。

 実状を知らない者は、うまく取り入り傀儡にしようと画策するだろう。


 エリーゼは冷めた目で、大切な()を捕食しようとする者たちを眺めた。アルは今、常にそんな者たちを相手にしているのだ。


 そして、王太子との婚約に直接的には関係のない令息たちは、選ばれなかった令嬢との出会いを求め、もう吟味を始めている。跡取りである嫡男で、まだ婚約者のいない者。さらには嫡男ではない次男三男もだ。家柄のよい令嬢に婿入り出来れば安泰だからだ。

 

 その中には公国からの美姫であるレティシアや、エリーにも当然視線は向いている。公太子や公王弟のガードが厳しく、近づくことすらできないでいるが。


 エリーゼはもう一度、周囲に意識を向ける。今度は視力を強化して。


(……え、あれは?)


 何かが変だった。見えているのに、一部だけ頭に霞がかったような感じ。そう、気を抜くと意識から外れてしまうような。

 

(意識を阻害されている?)


 エリーゼ自身がよく使う認識阻害と良く似ているからこそ気がついた。


「エリー?」


 レティシアの声にエリーゼはハッとする。扇を持つ手に無意識に力が入ってしまっていた。


「すみません。会場の雰囲気にのまれて、緊張してきたみたいです」


 眉尻を下げ微笑を浮かべると、気遣わしげにこちらを見るユリウスが視界に入る。たぶん、ダンスの件で悩んでいると思っているのだろう。

 レティシアとオードリックは自分たちがいるからと、緊張をほぐすように飲み物を渡してくれた。甘く冷たい果実水が喉を通ると頭がスッキリする。

 

(レイもそうだったけど、敵はどこにでもいるわ。油断大敵……側室は捕まったけれど、彼女の背後にはきっとまだ何かあるはず)


 王妃が聞いたという、厄災の器について――アルに対する神殿側の、真の目的もよくわからないままだ。

 デールも神殿については、あの神官が捕まったことしか言っていなかったし、アルともちゃんと話せていない。


 昨日、ユリウスから話を聞き、一晩かけて自分がなぜ女騎士になろうとしたのかを改めて考えた。

 

(やっぱり、このままなんて……守られるだけの人生なんて嫌だもの。(エリーゼ)らしくない)


 そう思ったら、吹っ切れた。顔を上げ、エリーらしく控えめにレティシアに尋ねる。


「レティシア様。あちらの可愛らしいご令嬢に、以前お会いしたことございませんか? 左側の柱の薔薇の花瓶の前、淡い紫のドレスの方です」

 

 言われた方を向いたレティシアは、小首を傾げた。


「そう? わたくしは覚えていないわ」

「そうですか……私の勘違いかもしれませんね。となりの白髪の男性にも見覚えがあったものですから」

「え? 誰も居ないようだけど。あら、確かに人影が……私からはよく見えないわ」

 

 エリーゼは確信した。一見、親子のような男女は、男の方だけ強めの認識阻害がかかっている。


(でも、何のために? 念のためにデールに伝えておこうかしら)


 デールに呼びかけようとした矢先、国王と王妃の入場が始まり「王太子殿下のご入場です!」と声がかかった。つい意識がそっちに向いてしまう。


 正装に身を包んだアルが会場に入って来ると、一気に会場が色めき立つ。


 玉座の横に立ったアルは正面を向き、しっかりとエリー姿のエリーゼを捉えた。エリーゼもまた、夢の中と同じ金の瞳に釘付けになっていた。

 

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