32. 秘められた決意
ようやく宮殿に到着した公国からの一行は、暫く滞在する部屋へと案内された。王宮に最も近く、迎賓の場でもある宮は華やかに彩られ、お祝いムードを感じさせつつも居心地の良い空間を演出している。
それぞれに用意された部屋まで行くと、ロザリーたちが荷物を運び入れ、翌日のパーティーの為の準備を開始した。
その間に、ユリウスは国王に呼ばれ謁見の間に向かい、オードリックとレティシアは長時間での馬車移動でギシギシする体をほぐしたいと、開放されている庭園の散歩に出掛けた。
病弱設定のエリーは、無難に部屋で休むことにしたので別行動だ。
ロザリーたちの準備が整う間、デールは手際よくエリーにリラックス効果の高いお茶を出し、客間の一室は二人だけになる。
「念のためだけど、一応持っておけよ」
デールは執事の顔をやめ、テーブルの上に見覚えのあるペンダントを置いた。
「えっ? なんでこれを!?」
「ちょっとルークの所から持ってきた」
「……持ってきたって」
ルークに借りてきたとも思えず、ジト目でデールを見れば「無ければ察するだろ」と勝手なことを言う。自分の分も持ってきたらしく、もう一つのペンダント型の魔道具をぷらぷら揺らす。
(デールったら、またメイド姿になるつもりなのかしら?)
呆れつつも、デールが言った「念のため」が気になった。底がしれない魔法に長けた大国――マージ帝国とは違い、プロイルセンの王宮は二度目で、側室は捕えられ今回の宴に神殿は呼ばれていないはず。
気になっていたクリストファーも、アルに悪感情を抱いていないと伝えて来たのはデール本人だ。
「何かあるの?」
「いや。何かあってもオレがいるし、大丈夫だろうけどな」
デールが急に心配性なったのか、懸念する何かがあるのか。どうやら、重要なのはメイド姿じゃなく、付与されている身体強化の方なのかもしれない。攫われた経験があるので、エリーゼは自分を過信するつもりはなかった。
(使うことにならなければいいけど)
「そういや。クラウス、今回は無理だったようだぞ」
「レイ? え、本気で来るつもりだったの?」
「招待客のリストには載っていなかったからな」
(いつの間に……)
公国を出た時点では聞かされていなかった。ということは、向かう道中でデールは王宮に忍び込んで見てきたのだろう。
「明日の宴には、神殿関係は徹底して関わりを持たせないつもりなんだろ」
「なるほど、ね」
アルはエリーゼの両親について知っているが、国王夫妻が知り得ることの無い情報――つまり、神聖帝国を警戒している訳ではないのだ。
神聖帝国は一神教だが、プロイルセン国の神殿は多神教。とはいえ同じ神を祀っているので、神聖帝国の皇族が来るならば、神殿関係者を呼ばなければならないということだ。
エリーゼにとっては都合が良い。レイだったクラウスは信用できるが、それ以外の神聖帝国の皇族に関わることは絶対に避けたい。
「つけてやるよ」と、デールは背後から手を伸ばし、ペンダントをエリーゼの首に着ける。そのまま指先をエリーゼの首元にスルリと這わせた。
(ひぇっ!?)
エリーゼはひんやりとした感触にドキリとする。
「隠蔽しておいたから、誰も気づかないはずだ」
「あ……ありがとう」
夢から目覚めた時と同じ感覚。エリーゼはペンダントを確認するように、自分の首にそっと触れる。
触れれば確かに存在しているが、ペンダントはすっかり消えて見えなくなっていた。
(私ってば、何を動揺しているのかしら……。デールの手が冷たすぎたのよ! そうに違いないわ)
そうこうしているうちに、準備が整ったとロザリーが呼びにきて、そわそわした気持ちを消し去るようにエリーゼは湯浴みに向かった。
背後から見つめるデールの視線に気づかないまま。
◇◇◇◇◇
ゆったりとした時間が過ぎ、夕食前に謁見を終えたユリウスがエリーのもとへやって来た。
「どうかされましたか?」
思わず訊いてしまうしまうくらい、ユリウスは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。ロザリーも驚いているようだ。扉から入ってきた時は普通だっが、エリーを見たとたんこれだ。一瞬、自分が何かしてしまったのかとエリーゼは不安になる。
ユリウスは、ロザリーとデールを下がらせ、エリーゼと二人きりになると遮音結界を張った。
「予想はしていたが、二人になるとやはり手強い」
唐突に言うと、クシャリとオールバックにしていた髪を崩し、モノクルを外すと目頭をギュッと押さえた。エリーゼは、あまり見たことのない義父の姿に驚く。
「あの。国王陛下……ですか?」
もう一人は王妃かと尋ねると、ユリウスは頷いた。
「ああ。王妃は頭がまわるし、肝がすわっているからな。アルフォンスが最初にダンスに誘った者に、陛下は婚約の打診をすると言っていた」
「え? それはつまり、まだお相手がわからないということですよね? なのにどうして」
――先にユリウスに話したのか。
「婚約については、アルフォンス次第だが……。それとは別に、身体の弱いエリーには、寒い公国で過ごすよりこの国の方が暖かく過ごしやすいのではないかと。その上で、魔物の異常発生についてを討伐に長けた我が国に教えを乞いたい、ともな」
「……まさか」
「まだ、推測の域を出ていないのだろうが」
アルは、公国が魔物を転移させたとは思っていないはず。側室の罪状にそれが入っていなかったということは、あの日エリーゼに会ったこと――公国に転移陣が繋がっていたとは、報告していないのだろう。
(けれど、もし伝わっていたら……)
「純粋に、魔物討伐の知識を得たい可能性は?」
「……まあ、あるかもしれん」
ユリウスは姿勢を正すと、真剣な顔でエリーゼをじっと見た。
「エリー、馬車で私が言ったことは覚えているか?」
「エリーゼの好きにしていい……と」
「そうだ。私はその意志を尊重する」
それは、両親からエリーゼを託された、義父としての言葉。
きっと、国王夫妻はエリーについて調べてあるのだろう。アルは公国でずっと過ごして来たのだから、元平民のエリーと何らかの接点があったと考えてもおかしくない。
アルがエリーを選んだ場合、身体が弱いということだけでは断れないということだ。
それでもユリウスは、エリーゼの気持ちを尊重すると言う。ならば、自分の気持ちと向き合わなければいけない。
「――わかりました」
しっかりとした声で、エリーゼはユリウスに返事をした。




