31. プロイルセン国へ
「緊張しているのか?」
馬車の中で、書類に目を落としていたはずのユリウスが、いつの間にか自分の方を向いていた。緊張という言葉にエリーゼは瞬くと、首を左右に振って否定する。ユリウスが言いたいのは、アルとの再会のことだろう。
「……あ、いえ。緊張ではなく、少し考え事をしていました」
車窓を眺めながら、オプスキュリテの森で久々に出会ったアルの姿を思い浮かべていた。それもこれも、夢に出てくる金の瞳をした男が気になり、ついアルのことを考えてしまうのだ。
もっとも今の状況であれば、エリーゼがアルのことを考えるのは普通なのだが、適当に話を逸らした。
(変な誤解をされてもね……)
エリーゼはエリーとして、ユリウスと一緒に公爵家の馬車でプロイルセン国に向かっていた。前を走る馬車は公王家の馬車で、レティシアたちが乗っている。デールはロザリーたちと一緒に、後方の馬車だ。
魔術にたけているマージ帝国や公国のように、プロイルセン国は魔術師も多くなく、簡単に他国とのゲートを開くことは出来ない。そうなると、各々自国の馬車で向かうことになるのは当然だった。
前回、デールとエリーゼがプロイルセン国に潜入したことを知っている――というか、ルークから事後報告をされたユリウスは「今回は正式な訪問だからな」と意味ありげに言う。
笑顔だが、モノクルの先の瞳は笑っていない。ほんの少しだけ気まずさもあり、「そうですね」とエリーゼは苦笑する。結局アルの話題に戻ってしまう。
メイドとして潜入した件の責任は、もちろん全て依頼したルークが取ったらしく、エリーゼとデールが呼び出されることもなく、叱られたりもしなかった。
「今回はお義父様が一緒に来てくださって心強いです」
エリーゼの言葉に、ユリウスはフッと表情をやわらかくする。
「あのアルフォンス王子が王太子になるのだから、見届けるのも悪くない。まあ、国内の貴族向けの式典は終わっているだろうが」
そう、エリーたちが参加するのは国民へ向けたお披露目と、対外的な宮殿でのパーティーだ。
エリーゼは、クリストファーと聖女の婚約式の様子を思い返した。式典の規模としては、あの時くらいだろうが――。蔑まれた視線の中にいた弱々しいアルが、本来の逞しい姿で、羨望の眼差しを受けだろうことは容易く想像できた。
今までのアルの環境を思うと、エリーゼも友人として感慨深い。
「パーティーには……やはり、たくさんのご令嬢が招待されているのでしょうか?」
クラウスが言っていたことを思い出し、何気なく尋ねると、ユリウスの片眉がピクリと動く。
「いや、そこまではではないだろう。令嬢に限らず、主に友好国でアルフォンスと年齢の近い者が招待されているはずだ。兄上とティエリー陛下は旧知の仲だからこそ、オードリックとレティシア、私と娘であるエリーも招待したと」
アルが公国で過ごしたことは、国王に報告されているそうだ。
(もしかしたら……)
兵士学校の創立者で、アルの面倒をみてきたユリウスに会いたいのかもしれない。国王というより、本当の母であった王妃カサンドラが。
「それに、王国内は今……ゴタゴタしているだろうからな」
ユリウスは明言しないが、言わんとしていることは分かる。――側室と、彼女に繋がっていた者の粛正だ。
どこまでユリウスが情報を把握しているかはわからないが、エリーゼはデールから詳しく聞いている。
ソフィアは流行り病で身体壊し、北の塔に隔離されて治療を受けている。この時期に万が一にも伝染病であっては困るからと上層部は決め、徹底して存在を隠すとされたらしい。
だが、実際には――ソフィアは捕らえられ、地下牢に入れられている。子供の取り替えの件や乳母殺害、アルを洗脳していたことや、第一騎士団の刺客など証拠が次々と出されて。
繋がっていた魔術師も捕まったが、歯に仕込んでいた毒で自害したそうだ。
詰まるところ、アルは第一王子のままソフィアの子として立太子する。クリストファーは、王妃の子のままということだ。
決めたのは国王と王妃であり、彼らには彼らの考えがあってのことだろう。二人の会話を盗み聞いてしまったエリーゼとしては、息子たちを思っての苦渋の決断をしたのだと理解する。
「もしも、アルフォンスから――」
不意に投げかけられた言葉に、エリーゼは「え?」と聞き返す。
「王太子から、ダンスに誘われたとして、受けるも受けないもエリーゼの好きにするといい」
ユリウスは返事を待つことなく、視線を手元の書類に戻すと会話は終了する。エリーゼは正面を見つめるが、ユリウスは顔を上げなかった。
今回の主役である王太子に、公の場で誘われたら断る選択肢など無いというのに。エリーのデビューの時とは違い、踊ったからといって婚約者ということでもない。
(それなのに、今……お義父様はエリーとしてではなく、エリーゼに踊るか決めていいと言ったの?)
エリーゼはユリウスの言った意図が解らずに、しばらく首を傾げていた。
◇◇◇◇◇
プロイルセン国に入り、王都に到着するまで、それなりの高級宿に宿泊しながら数日かけて移動した。
このメンバーだから、相当な快適さを考えられた旅だった。その上で、いかにマージ帝国の移動手段が例外だったのかを、改めてエリーゼは教えられたのだ。
(私の周りの人って、ほんと規格外よね……)
もともと平民の暮らしを何度も経験してきたエリーゼとしては、簡単にあちこち転移する人も、国の貴族のトップである存在たちも、特別でしかない。
(でもきっと、一番おかしいのは私かもね)
エリーゼは転生を繰り返す理由を探すように、自分の手首をじっと見つめていた。




