29. 始まる粛正とクリストファーの選択
時は少し遡る。
プロイルセン国、謁見の間――。
玉座の前に立つクリストファーは、驚愕の事実に言葉を失った。
父と母である両陛下に呼び出され、向かった先は何故か謁見の間で、不自然なくらい人の気配がなかった。そこで初めて、クリストファーは只事ではないのだと理解する。
両親とは一緒に朝食や晩餐をとることが多い。食事中の会話で、重要ではない話は伝えられる。クリストファー個人や、使用人に聞かれてはいけない話なら、父の執務室に呼び出された。もちろん、遮音結界も張れるからだ。
だが、今は謁見の間。
ここは、国王が他者に会う場だ。王の安全を確保する為の徹底されたセキュリティーで、より強力な結界を張ることができる。側近や近衛騎士の姿がないのは、王の影たちが姿を消して待機しているという事だ。
そして、クリストファーは息子ではなく、王子として国王と王妃に一線を引くべき場所だった。
もしかしたら、いよいよ王太子に――といった明るい希望は、早々に打ち砕かれた。聞かされた話は、腹違いである兄が第一騎士団と共に、魔物の討伐に成功したこと。自分の出生と、これからの処遇についてだった。
絶望と吐き気で視界がぐらりと歪む。体を支える足に力を入れ、どうにか倒れないようにして玉座を見つめた。
「……つまり、私は母上の子ではないと?」
「そうだ」と言った国王陛下の言葉が突き刺さる。
「……っ」
「だが、それについて公表はしないつもりだ」
「……え?」
「王妃と、私の希望だ。クリストファーの返答次第では、考え直さねばならんが。この国での親子鑑定は神殿が行うが、他国では鑑定魔術が確立されている」
クリストファーは息を呑む。
神殿が介入し決定された事柄は、王族であっても覆えすことは難しいが……覆す術をもう手に入れているのだと国王は言っているのだ。
それなのに、公表しないと言った理由がわからない。
「……どうしてでしょうか?」
疑問を口にするが、扇で隠された母だったはずの王妃の方を見ることができなった。
王妃が、側室とその息子であるアルフォンスを憎んでいたのは周知の事実。その対象が今度は自分になるかもしれない。息子に与えていたはずの愛情を、騙され、側室の子に与えていたのだから。
厳しくとも、尊敬し大好きだった母。そのクリストファーに向けられていた愛情が、憎悪に変わってしまう恐怖に震えた。
「それは、私が初めから知っていたからです」
答えたのは王妃カサンドラだった。
扇を下げた、今朝まで母だった人の顔を凝視する。
「クリストファーとアルフォンス、どちらの命も救うには……私は、そうする他なかったのです」
「っ、何故ですか!? 私の命など、母上……あなたにとっては、どうでもよかった筈です」
「いいえ。クリストファー、あなたに罪はありません。乳母が殺されたあの日――私が二人の息子を守ると決めたのです」
迷いなく言い切ったカサンドラの表情は、化粧でキツく誤魔化していても、クリストファーだけが知っている、いつもの慈悲深く優しいものだった。
クリストファーは声を出せず「うぅっ……」と嗚咽だけがもれる。
国王は、クリストファーを見下ろしキッパリと言う。
「アルフォンスは自分で真実を突き止め、側室の洗脳を解いた。その上で、本当の姿で戻って来るだろう。この国の王として、竜の血を引くアルフォンスを王太子として迎えるつもりだ」
側室の子のままであっても第一王子。金髪金眼を持ち、魔物の異常発生を食い止めたのだ。国民は英雄としてアルフォンスを受け入れるだろう。
第二王子派の貴族も、第一王子が王太子になることを表立って反対することは出来ない。
「だが、それと同時に粛正をしなければならん。其方の産みの母である側室と、それに関わった者を」
「……はい」
本来なら、クリストファーはソフィアの連座になるべき人物。
この場に影しか居ない理由はそこだった。クリストファーの返答次第で、本当に全てが決まるのだ。
「そなたは一生、第二王子としてアルフォンスを支えるつもりはあるか?」
クリストファーは瞠目する。
「……許されるのであれば、私の命をかけ兄上をお支えしたいです。魔法誓約書も書かせてください」
自分から願い出る。
クリストファーの心は決まった。自身の子を道具として扱う側室に、何の思い入れもない。クリストファーを守り育ててくれたのは、王妃なのだから。
国王が片手を挙げると、影の一人が姿を現し誓約書をクリストファーに渡す。冷たく強張った手を動かし、サインをする。誓約書はボッと青い炎を上げ、魔法が施行された。
「神殿についても関係を改める必要がある」
国王の言葉に、クリストファーはハッとする。
「私の婚約者であるリリアーヌは……どうなるのでしょうか?」
両陛下は視線を合わせ小さく頷く。
「あの子も守らねばなりません。たとえ、クリストファーと婚約が解消されたとしても、聖女である限り神殿と関わり続けることになるでしょう」
婚約解消という言葉に、クリストファーは唇を噛む。幼い頃に婚約者候補として出会い、お互い一目惚れだった。政略的なものであっても、婚約は二人がずっと望んでいたことだ。
クリストファーが王太子になれなくとも、リリアーヌは解消をしたいと言わないだろう。
(リリアーヌと離れたくないが……リリアーヌの父である侯爵はわからない)
クリストファーが連座になるなら、絶対に婚約解消はしておくべきだが、たった今それは回避した。この件が詳らかにされることはないが、もう一つの選択肢が浮上する。
「リリアーヌは――兄上の婚約者に?」
聖女なら王太子妃になるべきだと言われてしまえば、クリストファーは頷くしかない。
「クリストファーとの婚約については、私が侯爵と話す。だが、アルフォンスと婚約することはない。懸想する相手がいるそうだからな」
「えっ!?」と思わず声を上げてしまう。
「相手が誰かは、まだ詳しくは聞けていないが。どうやら他国の令嬢らしい。身分は問題ないそうだが……なるべく力になるつもりだ」
「兄上に、いつそんな出会いがあったのでしょうか?」
クリストファーの疑問に、国王は眉根をギュッと寄せた。それから、カサンドラとアルフォンスそれぞれに聞かされた事実を口にする。
実母に毒を盛られ、側室に洗脳され、療養という名目で王宮から出されていたアルフォンスが、どう生きてきたのか――クリストファーは、ただ呆然と聞き続けた。




