挿話 ベンジャミンの悩みは尽きない
またもベンジャミンは、エリーのそば――今回は温室から追い出されてしまった。クラウスからの命令を受け、ベンジャミンは公爵邸の訓練場へと早足で向かう。
行ったところで、エリーゼが訓練場に居ないのは分かりきっている。
だが――。
今は、皇子の護衛としての行動をきちんとこなさなければならない。自分を送り込んだ公王弟が住む邸といっても、知るのは限られた者だけ。
それ以外の者からは、ベンジャミンは神聖帝国の騎士として注意深く見られている。変な意味ではなく、使用人は粗相がないようにと気を使っているのだ。
(あー、くそっ! あの皇子は何を考えているんだ! 気まぐれ? いや……エリーに対しての執着は度を超えている。まさか、さっきのエリーゼへの接触でも、何かに勘付いたのだろうか?)
ベンジャミンは足を止めると、騎士服の胸元をぎゅっと掴む。
潜入のために『沈黙の誓い』をした。拷問を受けても口を割らない自信はあるが、自白剤や魔術を使われてしまったら、『沈黙の誓い』が勝手に発動してしまう。
(それだけは避けないと)
この任務が成功すれば、第一関門である公王弟に、国の影ではなく、エリーゼに直に仕えることを許してもらえる。だからこそ徹底して、向こうでの身分を簡単には揺るがないものにした。
だというのに、クラウスはベンジャミンを神聖帝国の外、マージ帝国と、更にはベンジャミンの祖国にまで連れてきてしまった。
(……本当に読めない)
ベンジャミンは頭を抱えたくなる。
エリーゼに会えるのは純粋に嬉しいが、喜んでもいられない複雑さ。自分が原因で、エリーゼの立場を危うくすることは絶対にできないし、したくない。
ぎゅっと掴んでいた手の力を抜き、騎士服の裏に作った胸ポケットに入っている小さな塊を、服の上からそっとなぞる。
兵士学校の時に行ったお祭りで見かけた、蝶の細工がされた髪飾り。ワンポイントに埋まっている石が、エリーゼの髪色だった。店の青年が、なぜか男装していたエリーゼに選んだ品だ。
エリーゼは気に入ったのか、手に取って暫く見てはいたが、結局買わずに店員に返してしまった。
それをベンジャミンは衝動的に買ったが、エリーゼにプレゼントしようと思ったまま、未だに渡せていない。
ちょっとした任務で鍛冶屋に行った時、あの時の青年に再会した。
髪飾りを買ったことを覚えていたらしく、プレゼントしたのか訊かれてしまった。ぽやんとしているが、繊細な細工師だけあってよく人を見ているようだ。
青年がエリーゼに直感的に選んだ髪飾りは、魔道具ではないが、実は少し特殊な品だった。触れた者の魔力や強い想いの影響を受け、うっすら輝きが増すのだとか。想いを込めて、御守りとしてプレゼントするのもありらしい。
それを商品の宣伝文句にすれば、すぐ完売するんじゃないかと言えば、青年は純粋に作品を気に入った人の手に渡ることが望みだと言った。多分だが、青年はなんらかの能力を持っているのかもしれない。
ベンジャミンは、胸に当てていた手を下ろす。
(エリーゼが公爵令嬢エリーになった時点で、とある村についても聞いただろうからな)
パーティー会場で――バルコニーと庭と離れてはいたが、戸惑いながらも任務も察したようだった。
(この任務が終わって、公王弟とエリーゼに認められたら――誓いと共に受け取ってもらおう)
ベンジャミンはやる気を奮い立たせると、訓練場へと走り出した。髪飾りが原因で、クラウスにエリーゼとの関わりを嗅ぎつけられたとも知らずに。
そして、ベンジャミンの頭を抱える日々は続く――。




