27. デール対クラウス
「やあ、来ると思っていたよ」
滞在している公宮の、開いたバルコニーの扉の先に佇む人物に、クラウスは豪奢な椅子に座ったままワイン片手に声をかけた。
(やはり、誤魔化されはしなかったか。まあそのくらいでないと、そばにいる資格なんてないからな)
「デール」とクラウスは相手の名前を呼ぶ。
デールもまたクラウスが待ち構えていると想定内だったのか、昼間見た時と変わらない執事姿にも関わらず、当然のように部屋の中に入ってくる。
「お前は、誰の手を借りた?」と前置きもなく、いきなりデールは言った。
「なんとも不躾な質問だね。ルールで話せないと言っただろう?」
「はっ。それはエリーゼに対してだけだろ。……目的は何だ」
「目的、ね。ただ彼女の役に立ちたい。今度は絶対に私が彼女を守る――それだけさ」
デールは胡乱げにクラウスを見下ろす。
「まあ、君に信じてもらわなくてもいい。『哀れな者』よ」
無言でデールは目を見開いた。
「ああ、聞き覚えがあった? やはり、君のことだったんだね。――おっと、その力は私には効かないよ」
瞳を赤く光らせたデールから、澱んだ匂いが湧き立った。
「ずっと何も感じなかったけど、悪魔に堕ちたのは本当だったんだ。今は、ただの悪魔って訳じゃなさそうだけど」
「っ! どこまで……知っている?」
「んー、さあね。誰からとは言えないけど、私は零れた言葉を拾って、自分の勘と感覚で組み立てているだけだから。それなりに前世では長生きしたから知識はある」
あの菓子を用意した時点で、デールはクラウスの前世が誰だったのかを知っているはず。
「今は神聖帝国の皇子だしね」
信仰心の強い国。聖女は神ではないが、魔を祓える血筋だ。だから、勘とは別に悪いものを感じやすい。
曖昧な言い方だったが、デールも理解したのかそれ以上つっこんでこない。
「彼女の前では過去を話せないが、どうやら君には大丈夫そうだ。デールも、そうなんじゃないか?」
「…………」
喋れない誓約はきっとデールにもあるだろうことは、想像がついている。
そう、ベンジャミンのように、人の手で作られた簡単なものでないのだ。クラウスに至っては、魂の存続さえも関わっているのだから。
「慎重だね。ラニアの時に慣れ親しんだ匂いがエリーゼからもしている。多分だけど、元はデールもそっちだったんだろう?」
クラウスはデールを見据える。
(神が意味もなく、私の願いを叶えたとは思えない。きっと何らかの役目があるのだろう。だが、そんな事はどうでもいい――たった一人の家族のそばに居られるのなら)
そこで、ふと思う。
「デールは、エリーゼ……彼女を愛しているのか?」
「はぁ!?」
予想外の質問だったのか、デールは虚をつかれたような顔をする。
「違うのか?」
「……そういった感情があるのは、人間だけだ」
「そうかな、動物だってあるよ。愛と恋愛感情は別物だ。だったら、どうしてデールは彼女に執着するんだ?」
執着という言葉に、デールはまたも変な顔をする。
(考えたこともないってことか。いったい彼女とデールには何があったのだろうか……)
「お前はどうなんだ」
「彼女は私の、唯一の……愛しい家族だ。恋愛感情なんてあやふやなものではない。彼女の為になるなら、魂だってくれてやる」
「まるで親だな」
呆れるように言ったデールに可笑しくなる。
「それはいいな。今世は逆か」
「だったら教えておいてやる。プロイルセン国の神殿がエリーゼにとっての脅威になるだろう。お前に何が出来るのかは知らないが、エリーゼの害になった時は遠慮なく排除する」
「ああ、構わないよ。望むところだ」
ふんっとデールは踵を返し、バサリと背中に大きな翼を出してバルコニーから飛び立った。来た時は、翼なんて出していなかったのに。
「……あいつ、これ見よがしか?」
クラウスは、微妙に子供じみているデールに肩を竦めた。
◆◆◆◆◆
星も出ていない、厚い雲に覆われた真っ暗な空を飛びながら、デールは言いようのない感情に支配されていた。
『哀れな者よ』
そう言ったのが誰だったのか、デールには思い出せない。クラウスに手を貸した神のひとりなのか。それとも――。
クラウスの言葉がチクチクと刺さる。
(女神に対して、愛なんて感情を持つわけなんてな――い?)
エリーゼの顔が脳裏をよぎる。
一体いつから自分が豊穣の女神に仕えて、どんなことを思っていたのか、全く記憶が無い。悪魔に堕ちたせいなのか、天使の力が甦ってきたせいなのか。
むしろ、なぜか人間寄りの感情を自分が持っている違和感に、デールはたまらなく怖くなる。思い出してはいけない気がした。
デールは、それを振り払うように頭を左右に振る。
「それよりも、そろそろアルをどうにかしないとだ。クラウスが何をしようが構わないが、いずれ竜人に辿り着くだろう」
エリーゼの為に使えるならと、敢えて神殿についても教えておいたのだから。
どんよりとした暗い空を見上げていると、不意に強く苦しい感情が流れ込んできた。
「また……夢に魘されているのか」
内容はわからないが、エリーゼはデールに夢で苦しんでいることを知られたくないらしい。
だからデールにできるのは、そっと寄り添い苦しみを一緒に受けることだけだ。
――意味なんてない。そばに居るだけでいい。
クラウスの言っていた『執着』という言葉が、何となく的を射ている気がして腹が立つ。
「はっ、くだらない!」
デールは全てを払拭するように言い捨てると、エリーゼのもとへ転移する。
そして、魘されるエリーゼを見つめ、眉間の皺を取るように指先でそっと触れた。




