23. 過去の因縁?
エリーゼは頭の整理が追いつかないまま、公爵邸へと戻った。
翌日には――。
クラウスが二日後に公国へやって来ると、ユリウスから伝えられた。
晴れない気持ちをスッキリさせたくて、エリーゼは戻ってきた騎士団の仲間と訓練に打ち込んでいた。
ぽっかりと空いた時間は、余計な事ばかり考えてしまうので、少しでも何かに集中していたかったのだ。
火急の事態にデールは執事として、クラウスを迎える準備に追われているため、今は一緒ではない。エリーゼも時間になれば、エリーとして当然そちらに向かわなければならないのだが――。
「どうした、エリーゼ。すごい気迫だな」と、バインド中に先輩騎士は言った。
「そうですか? 皆さんとの久しぶりの訓練で嬉しくて」
気持ちを誤魔化すように、心にもない言葉を返し、迫り合いから間合いを取り直す。
結局、何をしていても集中しきれない。
元気そうなアルに再会できた喜びや、不意打ちで抱きしめられたことよりも――苛酷な運命に一人で立ち向かっているアルを想うと、胸が苦しくなった。
デールが色々と手助けしていたことに、昨夜の段階では単純に良かったと思ったが……。よくよく考えると、契約者の願いとは関係なく、そこまで悪魔であるデールが他人に介入していたことに、エリーゼは少しだけ引っかかっていた。
(まあ……とりあえずは、クラウスの尻尾を掴むべきよね。もしも、レイの可能性があるのなら――私を恨んでいてもいい)
赦されたいと思っているわけではないのだ。出来ることなら自分の亡き後、幸せな未来を歩んでいてほしかっただけ。今となっては知る術はない。デールの願いを使ってしまえば可能かもしれないが、使い所を間違う訳にはいかない。
(だけど、たとえレイだったとしても……)
今世では、神聖帝国の皇子。それだけでも警戒すべきなのに、あの皇帝を味方につけている。今回の件に関わっているかもしれない。
その上、エリーゼとしての存在を知られ、命を狙われる事態になったら――。
(今世では、まだ私は死ぬわけにはいかないわ。デールとの契約が中途半端に終われば、また転生の繰り返し。かと言って、無理に願いを叶えても全てが解決しないままじゃ、自分だけ逃げるみたいで……嫌だ!)
――カンッ!
無意識に、相手の剣を弾き飛ばしていた。
「参った! また腕を上げたな、エリーゼ」と肩で息をしながら、エリーゼの倍もある先輩騎士は降参のポーズをとる。
「ありがとうございました。何だか、少し見えてきました……」
「え、何がだ?」
「あ、いえ。何でもありません。そろそろ、お嬢様の警護に向かいます」
ぺこりとお辞儀したエリーゼは、颯爽と歩き出した。
クラウスが言っていた言葉を、ひとつひとつ思い返す。
『どこにいても、貴女の為なら何でもしよう。たとえ負担に思われても、いつかきっとその意味がわかるから』
あれが本心からの言葉なら、敵ではない可能性だってあるのだ。
(クラウスでもレイでも、味方にしてしまえばいい。エリーゼの大切な人は全員守ってみせる。そのために、騎士になるって決めたのだから)
そして、レイもまたラニアが守りたい存在なのだと、改めて思った。
エリーの部屋に入ると、タイミングよくデールがやって来た。
「スッキリしたみたいだな」
「ええ。ただ悩んでいるなんて、私らしくないものね」
「んで、どうしたいんだエリーゼは?」
「やれる事は全部やるわ。デールも手伝ってくれる?」
「当たり前だろ」
デールは真剣なのか面白がっているのか判らない笑顔で言う。それから、エリーゼのポニーテールを掬うと、そのまま髪にこっそりキスをした。
◆◆◆◆◆
プロイルセン国、中央神殿の礼拝堂の奥。
大神官のみが立つことを許された階段の上から、白髪の大神官は一人の神官を見下ろし、冷然と言い渡す。
「――言いたいことは、それだけですか?」
普段であれば。
カーブを描いた高い天井の、『目』のような窓から差し込む光が長い白髪を輝かせ、神秘的な尊さを与えるが――。
雷鳴が轟くこんな夜は、稲光で浮かび上がる大神官が、まるで不気味な何かに見えてきてしまう。
神の怒りを買ってしまったかのように、神官は震えながら額を床に擦り付けた。冷たく硬い床が体温を奪うが、それだけではない。
「も、申し訳ございませ……ん。どうか……お許しを」
大神官から伸びた光の蔦は、神官を締め上げる。悶絶した神官は、ゴロンと床に転がった。
周囲に待機していた同じ斎服の神官たちが、そそくさと倒れたかつての同僚を運び出す。
残されたのは、大神官と一人の高年の神官。
この神官も、年齢からか頭は見事に白髪になっている。
「やはり、所詮は魔術師ですな」と神官は、さっき運ばれていった、神官になりすました魔術師を馬鹿にしたように言った。
「側室ソフィアの方はいかがなさいますか? まだ使い道があるやもしれません」
「好きにしなさい。ですが、私をがっかりさせるなら……大神官とて容赦はしませんよ」
大神官と呼ばれた男は恍惚とした表情で、大神官になりすましている美しい男に跪く。
「すべては主の御心のままに」
そう言った本来の大神官は、最も清き場所に佇む男に頭を下げてから、礼拝堂を後にした。
青白い光に照らされた、大神官の装束を纏っている男は呟く。
「どうやら、滑稽なディアボロスが邪魔をしているようですね。――まさか、記憶を?」
奔雷の音に窓が震えた。




