12. とある村の出身者
エリーゼとデールの入寮は、入学式ぎりぎりの前日。ユリウスの都合に合わせたものだった。
初日に行われる座学――といっても、簡単な読み書きができるかのテストだ。傭兵ではない騎士や兵士ならば、文字の指示くらいは読めなくては、困ることがある。その、レベルの把握といったところだろう。
だから、早めに入寮した他の生徒は、自室で付け焼き刃の勉強会をしていたのだ。でなければ、寮に着くまでのあの距離、エリーゼとデールが誰にも遭遇しない筈はない。
(つまり、デールは勝手にあちこち覗いたのね……)
「それで。どんな風に、面白いの?」
デールと同じ階を使っているならば、同学年ということになる。
「どんな風?」
うーん……と、デールは胡座をかいてクルリと回転した。
「なーんか、背負ってますって感じ」
「何それ……」
「なんだろうな。エリーゼとはまた違った感じだけど。きっかけがあれば、オレたちと契約しそうだ」
「そんなこと分かるの?」
「ああ、モヤモヤっとしてるからな」
(悪魔との契約……)
語彙力不足はさて置き、エリーゼも少しだけ分かった気がした。
「その子は何かに……追い詰められているの?」
「さあ、どうかな。エリーゼも会ったら分かるんじゃないか。見に行くか?」
「え、行かないわよ。入学式でどうせ会うもの」
ちぇーっと、デールは不服そうな顔をすると、フェレット姿になってベッドにダイブした。
「ちょっと、デール。ここで寝るつもり?」
『初めての国外だから、癒しは必要だろ?』
愛嬌のある顔で、デールは言う。
「うっ。べ、別に大丈夫だけど」
強がってはみたものの、エリーゼにとってフェレットのデールは最高の癒しだ。布団の上で飛び跳ねる姿には、顔がにやけてしまう。しかも何度も――
(ん?)
「で、本心は?」
『……こっちの布団の方が、絶対柔らかいから』
ヒゲをピクピクさせて正直に答えるデールに、思わずエリーゼは吹き出す。
(日に日に悪魔らしくなくなるわ)
あまりにもフェレットが板についていた。
『それにしてもさ。あの村出身って、オレたちの他にもいるんだな』
「えっ? 今なんて?」
『だーかーら、ミトス村だっけ? そこの出身者!』
(――!? どういうこと……)
学校長公認とはいえ、エリーゼとデールはミトス村の出身だと偽っているのだ。
だが、本当にそこの出身者が居るのならば、嘘だと直ぐにバレてしまう。
(……でも。それが、普通の村だったのならね)
学校長は、古い言葉で『とある村』と言ったのだ。
ミトスという村の名前が重要なのではなく、この言葉こそ一種の隠語。エリーゼを試しているのか、ただの子供だと思って、つい使ってしまったのかは分からない。
(とある村は、確か引退した隠密の住む場所のはず)
決して君主を裏切らず、引退の年齢を迎えた者や、怪我などで引退を余儀なくされた者の村。
過去にも行ったことなど無いが、噂だけは聞いていた。平凡な村というベールに隠された、忠誠心の塊の場所。
(まれに、子供も生まれるらしいけど。きっと、村については話すことはしないはず。ああ、そうか……その子も秘密があるのね。お互い、適当に合わせろってことかしら?)
思えば、ユリウスも胡散臭い。
知り合いの娘とはいえ、上級貴族がいきなりファーストネームを呼ばせるだろうか。
偽名――そんな言葉がエリーゼに浮かんだ。
『おっ! やっぱり気になるか?』
急に無口になったエリーゼに、デールは布団から飛び出しポンと姿を戻す。
「少しだけ、見に行くか?」
赤い瞳はエリーゼを見透かしたように、甘く囁く。
「うん、そうね。じゃあ、遠目で見るだけ」
エリーゼが言い終わるや否や、明るかった寮の部屋から、だだっ広い訓練場らしき場所に移動していた。
「ちょっ……」と文句を言おうとして、慌てて口を噤む。すぐ近くに人が居た。
エリーゼは気配を消すと木陰に隠れ、少しだけ顔を出し様子を窺った。
空気が澄み、煌々と輝く星空の下。
そこには、ただ黙々と木剣を振るう、一人の姿があった。
(ん……あの顔。どこかで?)
デールのような黒髪に、幼さを残した端正な横顔。だが、真剣な表情には、子供らしさは感じられない。
以前、エリーゼが拾った少年によく似ていた。
森の中で、不自然な怪我を負っていた、身なりの良い子供。
それをエリーゼは、家に連れ帰り手当をしたのだ。
数日で動けるようになり、森でその子を探していた従者らしき人物と遭遇すると、あっさりと帰って行った。
『デール……、戻ろう』
頭の中でそう呟くと、そこはもうエリーゼの部屋だった。
「どうだ?」とデールはエリーゼに聞く。
「あれだけじゃ、よく分からないわ」
そう返事をしつつ、エリーゼは違うことを考えていた。
(私が拾ったあの子は、どう見ても平民ではなかった)
そして、偽りの出身地――。
(しかも、どうしてこの公国で……ううん、他人の空似だってあるもの)
なんだか、面倒なことに巻き込まれそうな。そんな予感がエリーゼにはしていた。
◇◇◇
――その翌日の、入学式。
平民の学校だからと、エリーゼは簡素なものを想像していたが、意外としっかりした行事だった。
学校長の挨拶と、教師陣の紹介。最後に、創立者の祝辞があった。真っ白の、何とも立派な騎士服を身に纏ったユリウスが前に出る。
すると、並んでいた生徒から歓声が上がった。
ユリウスは、それを受け止め片手を挙げる。静寂が広がると祝辞を述べた。
ヴィルヘルム・ユリウス・エグゼヴァルド。
この国の鉄壁――。最強の騎士とうたわれる、公王の弟だったのだ。
(まさか……そんな凄い人だったなんて)
何故そんな人物の、大切なミドルネームを呼ぶことを許可されたのか。エリーゼは頭を抱えた。




