22. 饒舌になったデール
あの約束の意味を知った今、エリーゼはアルにどう返事すべきか迷ってしまう。
(じゃあ、また次の機会に――なんて、とても軽々しく言えないわ)
そんなエリーゼを見ていたアルは、ふ……っと笑った。
エリーゼが、意味を理解した上で返答に困っているのがわかったのかもしれない。
「今回は、無理だったけど。俺は諦めたりしないから」
「え……」
熱のこもったアルの視線から、目が逸らせない。
「もう戻らないと」
そう言ったアルは、エリーゼの手をグイッと引き、耳元で囁く。
「だから、待っていてくれ。必ず生き抜いて……全てに片をつけて会いに行くから」
「それって」
――まだ危険な事が残っているのだ。
すぐに体を離したアルは、エリーゼの返事を待たずデールを呼んだ。
「デール。悪いが、再構築したこの転移陣は壊させてもらう」
「好きにすればいい」とデールは肩をすくめた。
(再構築ってことは、アルの魔力の痕跡がかなり残ってしまうものね。わざわざデールに伝えたのはきっと……)
デールに痕跡を消してほしいか、ルークにうまく言ってほしいのだろう。
アルはもう一度、エリーゼを数秒だけ見つめると、踵を返した。「行くぞ、ジャノ!」と転移陣に向かう。
「わわ、待ってください」とジャノは慌てて追いかける。
「アル……またね!」
せめて、そのくらいは伝えたかった。
振り返らないままアルは片手を上げ、少しだけ振ると姿を消した。
直後に、転移陣も跡形もなく消滅する。
「……行っちゃった」
「ああ」
「ねえ、デール。色々と訊きたいのだけど。ダメって言っても今回はっ」
「いいぞ」
「…………え、いいの?」
「アルに何があったのか知りたいんだろ」
「そうだけど……」
あまりにもアッサリとしたデールの返事に、エリーゼは拍子抜けする。
「どこから話せばいい?」
「順番はどうでもいいわ。デールが知っていることを教えて」
デールは頷くと、執事姿のまま胡座をかいてプカプカと浮く。
「さっきのアルと一緒に来た男は、アルを殺すよう依頼された刺客の一人だ」
「まだ他にも刺客が居たってこと?」
「ああ、仲間がもう一人な。暗器に仕込んだ猛毒で、確実にアルを仕留めるつもりだったが……反対にアルにやり込められた」
「また毒? でもアルには耐性が――」
「実際には、ただの毒じゃなかった。一時的に仮死状態にする特別な魔法薬物だ。まぁ、オレが消しといてやったけどな」
デールは、顔を近づけると瞳を赤くして見せた。自慢げな表情に、エリーゼは苦笑する。
「ん……ちょっと待って。じゃあ、ジャノって人とは初対面じゃないの?」
「オレはね。向こうは知らないだろうけど。ああ、ちなみに奴は猛毒だと渡されたらしく、そう信じていた」
「どうしてそんな嘘を?」
「王子アルフォンスを殺した犯人として、二人は最初から捕らえられて始末される予定だったんだ。第一騎士団によってな」
エリーゼは、驚きに目を見開く。
「騎士団長が、あの側室と魔術師に繋がっている。刺客を仕向けたのは、王妃だと尋問で証言したとして――死んだことにされたアルの遺体は、神殿に運ばれてる予定だった」
「……意味が解らないわ」
側室たちの企みが理解できない。
(アルを洗脳していると思っているのに、どうしてわざわざ仮死状態に?)
「アルが死んでは困るからさ」
デールは、エリーゼの考えを見透かしたかのように答えた。
「もしかしてアルを……王妃が言っていた厄災の器に?」
「ああ、側室はそう思っている」
「……違うの?」
「エリーゼ、アルの血は厄災を封じ込めると思うか?」
「アルの血……あっ!」
穴から出てきた大量の魔物。アルの血によって、魔物が異常に活発になった時のことを思い出した。
「逆だわ」
「そうだ。アルは生贄にされる予定だった。厄災の復活のために――」
「でも、刺客は失敗したのね」
デールは頷くと、くるりと回転した。
「そう、万が一の失敗も想定内。だから、奴らは最終手段に出た。公国から転移させた魔物の大量の発生で。それこそ、瀕死になったアルを誰かが回収すればいい。魔物を殲滅出来なくとも、もう一つの目的が動き出すだけだからな」
「それってまさか……」と、エリーゼは呟く。
戦争の火種――。
ユリウスとも話した嫌な想像が、現実味を帯びてきてしまう。
「だが、アルが魔物を殲滅し状況は変わった。第一騎士団は、魔物を全て討伐した英雄の王子と、凱旋するんだからな」
(あ……! だから、アルはあの姿に)
アルは黒髪ではなく、本来の金髪だった。
つまり、竜の血を引く王子であることを隠すのをやめたということ。
「王都は、歓喜に沸くでしょうね」
「アルが誰の子であるかも、正式に調べ直されるだろうな」
これで、アルが王妃カサンドラの、すり替えられた子なのだとハッキリする。
側室達がどう足掻こうとも、国王と王妃はアルを守るために動くだろう。
(でも、クリストファーは……)
庭園でたまたま出会った王子を思い出すと、複雑な心境になる。彼もまた、側室ソフィアの被害者なのだから。
「もしも――」と、デールは暗くなったエリーゼを意識を引き戻すかのように、話を続けた。
「プロイルセン王国と公国が戦争になったら、どこが利を得ると思う?」
「そんなの、どちらもマイナスよ。たとえ、勝ったとしても大きな被害は免れないし。他の国に支援を……」
どちらの国とも友好国になっている、大国はひとつ。マージ帝国だ。
「まさか!」
ソフィアと繋がっている、神官になりすました魔術師が、マージ帝国とも繋がっていたとしたら。初めから、両国を手中に収めるつもりだったのはないか――。
(これからやって来るクラウスは……まさか皇帝の手先?)
エリーゼの指先は、どんどん冷たくなっていく。
いつもより、だいぶ饒舌なデールの表情を読み取る余裕は、今のエリーゼには無かった。




