19. 報告会
「……クラウス殿下か」
ユリウスは、エリーからの報告に眉を顰めた。
庭園のガゼボで、一見ほのぼのとしたティータイム。
女主人の居ない公爵邸では、ガゼボはあまり使われることが無かったそうだが、エリーが養子になり、女の子が好みそうな景観に常に整えられている。
どんなに忙しくとも娘の為に時間を作る、そんな仲睦まじい親子姿を周囲にアピールしつつ、イザックとデールだけ残して他の使用人は下がらせた。
実際には、ゆったりお茶をしている状況ではないが、それを使用人たちに悟らせるわけにはいかない。
遮音結界を張ると、他愛もなかった会話はさっそくマージ帝国での報告会へと変わっていく。
前もって、ロザリーまで下がらせるよう頼んでおいたのは、神聖帝国の件があるからだ。
アダラールとロイド侯爵、二人の侯爵令嬢についての話は、正確な情報がベンジャミンからユリウスの耳に入っていた。
ただ、クラウスのエリーへの接触は、ベンジャミンが離れていた時のこともあり、さすがのユリウスも驚いてるようだ。
エリーゼの前世に関わりのある可能性を除けば、クラウスのエリーへの関心は強すぎる。何も知らないユリウスは、より不可解だろう。
(勘とやらで、私が母さまの子であると――神聖帝国に繋がりがあると、気付いていたなら別でしょうけど。たぶん違うわ)
考えれば考えるほど、クラウスがレイなのではと思えてくる。
それでも、懸念材料は取り除いておきたい。
「……それで、母さまにクラウス殿下について、訊いてみたいと思っているのですが」
「構わないが――」と、ユリウスはイザックに視線を送ると、心得たイザックが話し出す。
「アンジェリーヌ様もガスパル様も、クラウス殿下との面識はございません。お二方が戦場に向かわれた後、クラウス殿下はお生まれになりました。そして、そのままアンジェリーヌ様はお戻りになりませんでしたので、お会いする機会は無かったかと」
「でしたら、クラウス殿下のお母様は?」
「正直に申し上げて、アンジェリーヌ様との仲はよろしくありませんでした。クラウス殿下は、現皇帝陛下の二妃殿下の末のお子様になりますから」
母の味方だった三番目の姉のようにはいかないだろうが、そんなに悪い関係ではなかったのかも――と考えていたが、むしろ逆もいいところ。聖女と同腹の長兄、現ユニーヴェル皇帝とその妃にとって、自分たちの地位を脅かしかねない妹アンジェリーヌは、邪魔な存在でしかなかったそうだ。
エリーゼは、自分には笑顔しか見せない母の過去を思うと、胸が締め付けられる。
だから、なんとなく気になっていたことを尋ねたくなった。
「どうしてクラウス殿下は、あんなに自由に神聖帝国から出られるのでしょうか?」
マージ帝国への留学もそうだが、使節団について来たりと閉鎖的な国の皇子とは思えない。
「ご兄弟の中でも、だいぶ年齢が離れていらっしゃいますし、皇位継承に必要な属性ではなかったようです」と、イザックは言った。
つまり、兄弟間の争いに巻き込まれない。立場的には微妙もしれないが、アンジェリーヌとは違い、周囲から警戒もされていない存在。
そういう意味では、アダラールも似た立場かもしれないが。
(だから気が合うのかしら?)
「何より――。クラウス殿下は光属性ではありませんが、優れた勘の持ち主であるとの話です。皇帝陛下はクラウス殿下の自由に見える行動が、いずれ利になると考えているようです」
どうやらイザック独自の情報ルートには、かなり深い部分まで入り込んでいる人物がいそうだ。
「つまり、クラウス殿下は油断してはいけない相手――ということですね?」
「そうだ」とユリウスが頷いた。
使節団に同行して皇子が来ることは、神聖帝国に潜入中のベンジャミンから報告を受け、知っていたそうだ。ただ、前々からではなく、かなり急な決定だったそうだ。
そして、数いる護衛の中から、ベンジャミンを指名したのもクラウスだった。
ユリウスはマージ帝国に到着した日に、下心たっぷりて近づいて来たロイド侯爵から、アダラールの元にクラウスがやって来ているとの情報を聞いた。同じタイミングで、アダラールが皇帝に呼ばれていたことも。
だから、あの時のユリウスは、少し様子がおかしかったのだ。エリーと別行動になったのは、それを探るためだったらしい。
(それにしても)
水面下では殺伐としている神聖帝国だ。親子とはいえ、そこまで皇帝の信頼を得るのは難しいはず。クラウスは自分の価値を、幼い頃から上手く売り込んで来たに違いない。
ますます、転生して人生二周目だと言われた方がしっくり来る。アンジェリーヌに会うまでもなく、今世のエリーゼとクラウスは関わりが無いこと分かった。
(だったら、レイであることを確かめたいけど……。まだ予想の範囲を出ていないから、暫くは難しいわよね)
結局――。
マージ帝国では色々な事が起こりはしたが、今回の魔物の件に繋がりそうな不審な点はなかった。
そろそろ報告会を終わらせようと、ユリウスが結界を解除したところで、急ぎ足のロザリーがやって来た。
調査隊と入れ違いに、討伐隊が帰ってきたのだ。
エリーは自分の部屋に戻って姿を変えると、すぐにエリーゼとしてユリウスと騎士団の本部へ向かう。
騎士団長とモハメドからの報告では、聞いていた内容とほぼ変わりはなかった。
「先に我々と合流したルーク殿は、あちこちに魔法の痕跡を感じると言っていました」とモハメド。
いち早く現地に転移したルークは、調査隊が到着する前に、モハメドに魔物が消えた場所まで案内させたそうだ。
そのまま、痕跡が消えないように何かを放つと、そのままモハメドを連れて、あちこち引っ張りまわしたのだとか。魔物と戦っていないモハメドが、心なしか疲れて見えるのは、ルークに振り回されたからだろう。
「調査隊は、ルーク殿の指示でその場の調査を始めています」
現時点ではあまり進展がなく、報告が終わると解散になった。
◇◇◇◇◇
翌日。
エリーゼは、エリーとしてまたユリウスに呼び出された。
ルークからの報告が上がってきたのと――。
エリー宛に、まさかのマージ帝国から皇帝直々の手紙が届いたとのことだった。
(それって、また断れないやつじゃないかしら……)




