17. 可能性
「おはようございます、エリーお嬢様」
呼び鈴を鳴らすと、近くで待機していたのかすぐにロザリーがやって来た。カーテンを開け、テキパキと仕事をこなしつつエリーゼの体調を気遣う。
「ゆっくりお休みになれましたか?」
「ええ。すっかり寝坊してしまったわ」
「それはようございました」
マージ帝国に居た間は、皆が皆ずっと気を抜けなかった。特にエリーゼは色々あったせいか、ユリウスだけでなくロザリーまで、神経的な疲れを心配しているのが伝わってくる。
顔色の良くなったエリーゼに、ロザリーは安心したようにニッコリと笑顔になった。
(こんなにぐっすり眠ったのは、いつぶりかしら?)
気がつけば、いつも起きる時間はとっくに過ぎていた。もうすっかり日が高くなっている。
エリーゼはベッドから起きあがると、グーッと伸びをした。
疲れは疲れでも、昨夜は過去の話をデールにしていて、子供みたいに泣き疲れてそのまま眠ってしまったのだ。瞼が腫れていないのは、きっとデールが治してくれたのだろう。
今ここにデールが居なくて良かったと思う。会ったところで、普段と何も変わらないのは分かっているが、なんとなく素を曝け出し過ぎて会いにくい。
さすがに、エリーゼ自身も曖昧で、どう捉えていいか分からない夢についてだけは話せていないが。
(……ま、今さら気にしてもしょうがないけど)
他人に甘えることなど、転生を繰り返すうちに忘れてしまったと思っていた。
デールは悪魔のくせに毒づくこともなく、ただただエリーゼを包み込むようにして話を聞いてくれたのだ。思い出すと気恥ずかしさで、頬が熱くなる。
だが、話せたことでエリーゼだけでは考えつかない可能性にも気がついた。もしかしたら、クラウスが前世の獣人の子供レイであるかもしれないと。
エリーゼの過去……ラニアがいなくなった後、彼の人生が続いていたのなら、いつまでも子供でいるわけがない。
(辛い経験は……人を変えてしまうことだってあるものね)
レイの明るい笑顔を思い出すと、またも瞼が震えてくる。
「……お嬢様? お食事はどうなさいますか?」
ロザリーの声が耳に届き、エリーゼはハッとした。
「あっ、お義父様は?」
「こちらに戻られてからずっと、執務室にいらっしゃいます。お食事もそちらでお済ましに。お夕食はご一緒できるそうですので」
「そう、忙しそうね」
留守にしていた間の仕事が溜まっているのだろう。それに加えて、昨夜の緊急連絡。
(大変なことが起こってなければいいけど)
「エリーお嬢様はご無理せず! 本日はゆっくりお過ごしになるようにと事付かっております」
「あは、わかったわ」
体はピンピンしているが、病弱設定だから仕方ない。
「じゃあ、私は夕食の時間になるまで、無理せず横になっていようかしら。護衛のエリーゼは今日はお休みね。彼女も久しぶりに体動かしたいでしょうからね」とウインクする。
「まあまあ。若い方の体力は有り余っているのですね。羨ましいこと」
親子してちっとも休んでくれないのだからと、ロザリーは口に出さず苦笑した。
◇◇◇
「何が起こっているんだ?」
ユリウスは手にした資料に眉根を寄せる。オプスキュリテの森に関する急ぎの報告を受け、過去何年にも渡る調査書を読み返していた。
「こんな前例は載っていない……」
前例が無いことといえば、数年前の魔物の大量発生もそうだ。ガスパル達のお陰で事なきを得たがーー光魔法を付与したブレスレットをエリーゼが持っていなければれば、どうなっていたことか。
後の特別調査隊と魔塔との話し合いでは、魔界と人間界の境目に何らかの歪みができ、穴が空いたのではないかとの見解だった。調査は継続しているが、肝心の歪みの原因はまだわかっていない。
(同じようなことがまた起こっているのか……いや、そうじゃない。今回は逆だ)
ユリウスは机を指で叩きながら考える。
どこにも穴など空いていないのに、魔物が姿を消した。たまたま、追っていた魔物が消える瞬間を、モハメドが目撃したそうだ。騎士団の中で一番目のいい副団長の証言だから、疑いようがない。
討伐隊が向かう前は、確かに魔物の動きが活発になったと報告を受けていた。
ただの魔物の減少であるならば、そんな喜ばしいことはない。だが、急に消えるのは明らかにおかしいのだ。消えた魔物はどこへ行ってしまったのか。
急いで他の森へも調査隊を向かわせたが、報告が上がってくるには日数がかかるだろう。
「もしも、自然発生の何かでないのなら……人為的なものか」
ユリウスはルークへ連絡を入れると、急いで魔塔に向かった。
◇◇◇
「お、うちの公爵様がどっかに行ったぞ」
剣を交えながらデールが砕けた口調で言う。
一緒に訓練を始めたら、エリーゼは気恥ずかしさなどすっかり忘れていた。
「え、お義父様が?……あ」
つい癖で言ってしまったが、エリーゼの時にお義父様呼びはまずい。周囲に誰も居なかったので良かったが。
「気配が消えたってことは、ルークの所だろ」
「魔塔ってこと?」
「あそこは感知しにくいからな。ま、オレには大したことじゃないけど」
エリーゼやアルが騎士学校を卒業した時、当然アルのお目付け役のルークは魔塔に戻った。
ルークに用事があるなら、公爵邸に呼ぶはずだ。ユリウスがわざわざ魔塔へ出向くなら、ルークではなく魔塔主に会いに行ったと考えるのが妥当だ。
「魔物の件だろ」
「オプスキュリテの?」
「森から魔物が消えたらしい」
昨夜、エリーゼが教えてもらえなかった内容だが、デールは聞いていたのだ。
確かにエリーゼがどうこうできる話ではない。魔物が居ないなら、討伐に向かった騎士団の仲間もじきに戻って来るだろう。
「ん? 魔物が居なかったんじゃなくて消えた?」
「ああ」
「どこに?」
「それを調べるために行ったんだろ。ま、予想はつくけどな」
デールは一笑し肩を竦めた。
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またまた期間があいてしまい申し訳ありません。




