16. 前世の記憶と罪の意識
「ああぁー……。やっと帰ってきた……」
エリーゼは公国へと帰り、自室へ戻ると、ぼふんとベットに倒れ込むようにうつ伏せになった。
ずっと気を張り続けていたせいか、こうして一人になった途端、蓄積された疲労が襲ってくる。
なんだかんだ、寮にいた時よりも緊張感があった筈の公爵邸が、エリーゼの安心出来る場所になっていた。
本当なら、今夜のうちにユリウスに確認しておきたいことがあったが、タイミングが悪くオプスキュリテの森へ向かっていた騎士団からの報告と被ってしまった。想定外の事でもあったのか、緊急を要しているようだった。
騎士団員のエリーゼとしては、そちらも気になったが――知ったところで、今エリーゼが出来ることは無いらしい。先ずは疲れを取るよう、しっかり休むようにと釘を刺された。
(お義父様はよく見ているのね……)
マージ帝国での話は後日、改めて時間を取るそうだ。
(私の話はそこまで急ぐ必要はない)
皇都でのお祭り以降は、アダラールもクラウスも節度を持った接し方に変わり、エリーもエグゼヴァルド公爵令嬢として社交活動を無難にこなした。
また近いうちにマージ帝国へ遊びに来るようにと皇帝が言っていたが、ユリウスが当たり障りのない社交辞令を返していたので、しばらくは大丈夫だろう。
「はぁ……疲れたわ」
「明日は思いっきり訓練したらいいんじゃないか?」
「うん。ストレス発散には、やっぱり体動かすのが一番よね……って、デール!?」
ガバッとエリーゼは起き上がる。
「もう、……ビックリしたわ」
「そうか?」
流石にデールも今夜は来ないと思っていた。
フェレットではない、久しぶりのデールの本来の姿――。ぷかぷかと寝そべった状態で浮かぶ黒髪赤眼のデールは、執事の時とは全くの別人だ。
(デールったら、ますます妖艶さに磨きがかかったんじゃないかしら?)
お堅い執事としての反動なのか、ダラダラ感が凄い。悪魔だから、疲れ知らずなのかもと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
エリーゼはクスッと笑う。
「デールも疲れたでしょ」
「いや別に」と言いながらも寝そべったままだ。
「それより、ちょっと気になったからさ〜」
「気になった?」
確かにマージ帝国での出来事は、気になることばかりだったが。
「あの、いけ好かない神聖帝国の奴――クラウスとエリーゼは会ったことないんだよな?」
「ええ、私の覚えているかぎり全く。デールと子供の頃から一緒にいるけど、デールだって知らないでしょう?」
「ああ。エリーゼと……共にいる時には一度もな」
「もっと前だとしたら分からないわ。一応、母さまに訊いてみるつもりだけど」
まだユリウスに、その件も話せていない。
「エリーゼとして会っていないなら、前世とかで会ったことはないか?」
「え? まさか……彼も転生者?」
「可能性はある」
デールの赤い瞳は、エリーゼをじっと見つめる。何か、確信めいたものでもありそうな雰囲気だ。
だが、エリーゼは何度も転生しているが、自分と同じように前世の記憶を持った者に出会ったことは無かった。そのせいか、あまりピンと来ない。
「私は何度も生まれ変わっているけど……。親しかった人ならしっかり覚えているわ」
クラウスに似た人物に心当たりがない。
「外見はまず違うだろうけどな」
「それもそうよねぇ。彼、匂いがどうとか言ってたわね」
エリーゼは目を閉じ、眉間に皺を寄せる。
匂いに敏感だった人物は――確かにいた。
「心当たりがありそうか?」
「でも……きっと、あの子じゃないわ」
「あの子?」
デールの問いに、エリーゼは目を泳がせながらも口を開く。
「前世で面倒をみていていた獣人の子供。勘が鋭くて、鼻が凄く良かったわ。だけど、雰囲気が違いすぎる」
何というか、クラウスは掴みどころがなかった。にこやかかと思えば、不意に見せた皇帝のような表情は正直ゾクッとする程だ。
外見はもちろんだが、感情的で真っ直ぐ過ぎる獣人の子とは似ても似つかない。
「その獣人と会ったのは子供の頃だけなのか?」
「…………うん」
「辛い別れだったんだな」
「デールには隠せないね」
やはり、感情が読みとらてしまったとエリーゼは苦笑する。
「年も離れていたから、弟って言うには無理があって……自分の子供と偽って一緒に暮らしていたの。でも、あの子の素性がバレてしまって火炙りの刑に――」
「無理に話さなくてもいい」
「あ……」
いつの間にか近づいたデールは、エリーゼの頬に触れる。エリーゼは無意識に涙を流していた。
「ごめん、大丈夫……。デールには聞いてほしい、かも」
「ああ、わかった」
ふぅ、とエリーゼは一呼吸置く。
「私……あの子が火に巻かれた時、どうしても助けたくてその中に飛び込んだの。そして――」
エリーゼは、自分の命が尽きるまで治癒をかけ続け、その場から逃げ出せたことを話した。
「でも、あの子が本当に助かったのか見届けられなかったの。もし無事だったとして、その後ちゃんと生きて行けたのか……私がしたことは、却ってあの子を不幸にしてしまったかもしれない」
きっと、何度人生を繰り返しても、同じ状況になったらエリーゼは彼を助けようとしてまうだろう。
「それでも生きていてほしいと思うなんてね。私は……酷い人間なの」
もしかしたら、悪魔のデールに罵ってほしかったのかもしれない。自分勝手な最低な人間だと。
過去のエリーゼ――ラニアという人間は死んでも、また転生し新しい人生が始まるのだから。
「確かに、助かったからって幸せになれるとは限らないからな。もっと苦しんだかもしれない」
「……うん」
「でも、幸か不幸かを決めるのは本人だ。エリーゼは悪いことをしたわけじゃない。それだけ大切な存在だったんだろ。不完全で、人間らしくていいじゃないか。だから――もう泣くな」
エリーゼはフワリと引き寄せられ、空中でデールの腕の中にギュッと包まれた。




