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13. 見覚えのある令嬢

 デールとベンジャミンに挟まれるように座っていたエリーゼは、噴水の向こう側から裏路地へ向かう人物が目に入った。


(あれ? 今のは……)


 目を凝らすが、相当急いでいたらしい女性の姿はもう無い。

 質素なワンピースにローブを被り、くたびれた大きなカバンを持って走り去って行った。


(まさか、ロイド侯爵令嬢?)


 見間違いでなければ、誕生祭初日にエリーゼにグラスを投げたロイド侯爵の長女カタリーナの顔だった。

 お祭りだから、他人の空似でただの旅行客なのかもしれないが――あまりにも、楽しい祭りに似つかわしくない必死な形相だった。


 デールに様子を探ってきてもらおうと、口を開きかけるが

 

「お待たせ〜」と、皇子二人が戻って来てしまった。


「そ、それは一体?」


 アダラールとクラウスが買って来たのは、それぞれの顔が見えない程の、大きなレインボーカラーの綿あめだった。

 

「この祭りの名物なんだ」


 ひょこっとアダラールは綿あめの横から顔を覗かせる。

「見てて」とアダラールが持ち手のスティック部分をコンと指先で弾くと、綿あめの中心が光り出す。

 思わずエリーゼは目を見張った。


「綺麗……」

 

 エリーの呟きに、皇子たちは満足そうにする。


「ステックの中心に、魔道具を作る際に出た、様々な魔石の粒子を埋め込んで加工してあるんだ。特殊な技法で、衝撃を与えると粒子がぶつかりあって発光する。一時的だが、楽しいだろう? 夜はもっと綺麗に輝く」


「これを考案したのは、実は学生時代のアダラールと私なんだ。魔石は貴重だ。だから、いかに無駄にしないで済むかを考えた。その過程で出来たおまけのような物だけど」と、クラウス。


 安価で平民でも買える。その上、砂糖を使っている綿あめ。他国からやって来た者は、マージ帝国の豊かさと技術に驚くことだろう。


「凄いですね」


 こっそりコレを買いに行った意図が分かった気がした。


 生活魔道具は魔力の無い平民にとっても、生活を楽にしてくれる必需品だ。高価な物でなく、誰でも手に入れやすい物を作りたいのだと、アダラールは真面目な顔で補足した。


(アダラールはこの国の民を大切に考えている。皇宮で見せる顔とは違う……少しは信用してもいいかしら?)


 チャラそうな感じはいかがなものかと思うが――裏表のある貴族の中で上手く立ち回るには、微妙な継承順位であるアダラールの、身を守る術なのかもしれない。

 

(見えているものは、ほんの一面でしかない……アルもそうだった)


 チクリと胸が痛む。


(もしも、さっきの女性が本当にカタリーナ嬢なら、調べてみる必要があるかも)


 次女のロイド侯爵令嬢に関して、原因でもあるアダラールは責任を取る必要がある。

 そのせいで、エリーゼは長女の方と関わることになった。利用されたカタリーナ自身は、失敗し更に肩身が狭くなっているはずだ。

 

「あの、アダラール様」

「ふふ、やっと呼んでくれたね。美味しい?」

「ええ、とても」


 名前の件は適当に聞き流し、どう伝えるか考える。


(に、しても)


 美味しいが、甘くて量が多い。エリーゼとしては、渋い紅茶が欲しくなる。

 良いタイミングでデールが飲み物を買って来て、渡してくれた。


「ところで……あの路地の向こうはどうなっているのですか?」

「え? あっちは、いくつか宿屋があるな。その先をずっと行くと、辻馬車の待機場所がある」

「辻馬車……」

「普段ならこの広場にも停まっているが、今は祭りで通行規制されている。辻馬車以外にも、かなりの馬車が向こうに集まっているはずだ」


 なるほどと、エリーゼは思った。


「先程……お二人をお待ちしていたら、見覚えのあるご令嬢があちらに走って行かれたので」

「エリー嬢が知っている……令嬢が?」


 アダラールは怪訝そうな顔をした。

 皇宮に滞在していたエリーが会う人間は限られている。まして、貴族令嬢が街中を走るなんて有り得ない。


「人違いでは?」


「そうかもしれません。ただ、私は視力が良い方で……初日にあんなに()()しましたし。チラッとですが、腕に不自然な痣が見えたのも気になっていたので。……私の見間違いかもしれませんね」

  

 コテリと首を傾げる。

 ここまで匂わせれば、カタリーナだと気づくだろう。


(痣の話はウソだけどね)


 案の定、アダラールの顔が僅かに強張った。

 今回の件で侯爵家を調べ、長女の境遇を知った。あれから侯爵と次女は監視させているが、カタリーナは先に侯爵が部屋で謹慎させていたので、注視してないかったのだ。

 

「エリー嬢、せっかくなら馬車を見にいきませんか?」


 口を挟んだのは、クラウスだった。


 大それた真似は今はしないだろうが。また変なことを命令され、何かしでかさないとも限らない。

 人違いならそれでいいし、もし当人だとしたら偶然を装って会ってしまえば、牽制にもなる。


「見てみたいです! きっと馬車も色々と工夫されているのでしょうから」

 

 エリーゼは小さくなった綿あめの、スティックを見ながら言った。

 

『間違いなく、あの令嬢だった。まだ馬車には乗っていない。誰かを待っているように見えるぞ』


 デールは飲み物を買いに離れたすきに、魔眼で確認してくれていたらしい。


『待ち合わせ?』

『こいつらに見つけさせたいなら、急いだ方がいいかもな』

『わかったわ』


 エリーとして、出来るだけ無邪気に言ってみる。


「私、馬を見るのが好きなのです。早く行きましょう」と。


 そして、ゾロゾロと歩き出した一行。


 先頭を歩くアダラールについて、エリーの傍を歩くデール。

 その後ろをクラウスと護衛のベンジャミンが行く。


「何かがおかしい……」


 クラウスは不思議そうに首を傾げる。


「その令嬢の行動ですか?」とベンジャミン。


「いや、そうじゃない」


 それ以上クラウスは話さず、ただ黙ってデールとエリーの背を交互に見ていた。




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