間話 クラウスの因果と勘
本日二話目の投稿です。
長らく間があいてしまい申し訳ありません
m(__)m
喉が焼けるように乾く。
いや、火の中で大量の煙を吸っていたのだから、本当に火傷しているのかもしれない。
這いながら、やっとの思いで辿り着いた池。水を飲もうと覗きこんだ水面に、映し出された自分の顔があった。
記憶が鮮明になってく。
(……ああ、ここは)
もともと日焼けし浅黒かった肌は煤で汚れ、着物も焼けてボロボロではだけている。髪の毛の一部は焦げて縮れていた。その中に、ピンと立った耳がある。
獣人――。
誰がこの姿を見て、この国の高貴な血を引く者だと考えるだろうか。
冤罪をかけられ、邪魔な血統を排除しようとした輩に、火炙りにされかけた……というか、確かに炎に焼かれたのだ。
なぜ、生きているのか。
それは、育ての親だった人間が身を挺して守ってくれたから。彼女の魔力に守られて、炎の中でずっと治癒をかけ続けられていた。
『お願いだから、やめてくれ!』という自分の願いを、彼女は普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべ、首を何度も横に振った。
気付けば、刑を執行していた広場ではなく、ジメジメとした草っ原に埋もれるように寝ていた。
辺りを見渡しても、彼女の姿はない。
わかっていた。
彼女の命と引き換えに、自分は助けられたのだと。いっそ悪魔に生命を捧げ、国ごと――いや、世界を滅ぼしてくれと頼みたくなる。
水面に映る歪んだ泣き顔を見て、フッと笑みが溢れた。
(そう、これは今の私ではない。――過去世の夢だ)
何度も繰り返し見てきた、クラウスとして生まれる前の過去の出来事。
(彼女に与えられた命を無駄にしないために、必死に生きた)
戦争を終わらせ、国を統一し、国王として出来る限りのことはし尽くした。
(けれど、それは始まりにしか過ぎない。真の目的は……)
最後の時になって、初めて神という存在に会うことができた。
自分の望みはただ一つ。恩人であり、ただ一人の家族を追いかけ輪廻の渦に飛び込んだのだ。
彼女からしていた魔力……神とよく似た力の匂いを頼りに。
◆◆◆◆◆
「クラウス殿下、お目覚めですか?」
「ああ、起きているよ」
メイドと一緒にやってきた、幼馴染でもある側近イグナーツが、身支度を整えている傍で今日の予定を伝えてくる。
「本当に使節団と一緒に行かれるのですか?」
「そのつもりだよ。父上には許可はもう取ってあるし問題は無いはずだけど」
「やはり、私もご一緒に」
「いや、いい」
即座に断ると、イグナーツはグッと詰まる。
「はは。君が嫌な訳じゃないから、そんな顔をするなよ」
「ですが、私は殿下が心配でなりません。マージ帝国は腹の底が見えない国ですから……」
「大丈夫だって僕の勘が言っているのに?」
「殿下の勘は素晴らしいと分かっております」
「だから、父上も聖女様も納得してくれたんだしね」
それでもイグナーツは不服顔だ。
「ああ、もしかして護衛が気に入らないの?」
「……はい。なぜ、あの者なのですか?」
「ベンジャミン・ラッセル準男爵。彼はなかなかの騎士だと聞いたよ」
「確かに腕は良いと。ですが、もっと信頼できる身分の高い実力者はいます!」
「いや、彼がいいんだ」
「それも、例の勘でしょうか?」
じとりとした目でイグナーツはクラウスに尋ねた。
「そう。譲れない」
「はぁ……では、絶対に! 危ない事だけはしないでくださいね」
「まったく、心配性だなぁ。子供の頃とは違うんだから」
クラウスは笑う。
幸いなことに、前世が獣人だった影響なのか、細かいものまで嗅ぎ分けられる鼻と、鋭い勘はそのまま引き継がれていた。
そして、イグナーツには届かない声で
「彼からは微かに神力の匂いがしたからね」
とボソリと呟いた。
◇◇◇◇◇
マージ帝国の誕生祭にやって来て、目的の人物と接触することができた。
(やはり、彼女に間違いない)
姿形は別人であっても、彼女が纏う匂いは変わらない。そして、この時代でも何か面倒事を背負っているのは優に想像ついた。
内密にベンジャミンを調べたが、怪しいところは見つからない。それでも、僅かな手がかりで公国と繋がったのだ。
新しく選んだ護衛が、彼女を心から慕っているのを確認できた。
(彼女は前世を覚えているだろうか……)
期待してはいけないと分かっているが、それでも希望を捨てきれない。
物思いにふけていると、友人が隣にドカッと座り大きな溜め息を吐く。
「まさか、ロイド侯爵の令嬢にしてやられるとはね」
盗聴魔道具のせいで、アダラール自身も酷い目にあった。後始末にも奔走させられている。
「女心を弄ぶからだよ。自業自得だね」
「……わかってる。やりたくて、やっているんじゃない」
「それで、諦めるの?」
「いや、エリー嬢は何かを隠している気がするんだよな。なんて言うか、ただの気弱な姿は仮でもっと芯がありそうで。……正直、少し惹かれている。本当の姿が見てみたい」
「へえ、珍しいね」
クラウスの友人の勘はどうやら冴えているらしい。
「だったら君も、上部だけの薄っぺらな姿じゃなく、ちゃんと普段の姿を見せてみたらどいだい?」
「普段のか……」
「せっかくだから、一緒に外のお祭りに行くとかは? 勘が鋭い令嬢なら今までの姿と違和感を抱くはず」
「よし、誘ってみるか」
「あ、ついでに私もお祭り行きたいな。そうすれば陛下から許可もおりやすいだろう?」
「なるほど」と早速アダラールは動き出す。
クラウスはにこやかに友人を送り出した。
(残念だけど、彼女の相手に君は相応しくない。だから、ちょっとだけ利用させてもらうよ)
便箋を取り出し、クラウス自身もエリー宛に手紙を書き出した。鼻歌を歌いながら。




