11. 誕生祭⑤
「……これは、いったい?」
来るとは思っていたが、想像以上の量にエリーゼはげんなりし、ついポロリとこぼす。皇帝効果は絶大だった。
「こちらのお手紙は、全てエリーお嬢様宛のものでございます」
ここはエリーに用意された部屋なのだから、当然その主宛に届けられた物だ。
「そのようね」と令嬢らしく返事をし、ロザリーがテーブルに並べてくれた、山積みの手紙に視線を落とす。重要な家門とそうでないものとで、きちんと振り分けられていた。
差出人の名前をざっと確認してから、チラリと花瓶が置いてあった場所を見遣る。
大理石の台座の上には、今は花瓶ではなく、眩しいくらいの金で作られた悪しゅ……少し変わった像が飾られていた。
(これって、皇帝陛下の趣味なのかしら……。盗聴されるよりは、かなりマシだけど)
神聖帝国のクラウスが接触してきたこともあり、その日の晩のうちに、エリーゼはわざと花瓶を壊すことにした。
勿論、花瓶が高価なことも承知しているし、ユリウスが弁償させられることになるかもしれないが。
それよりも、やはりクラウスの存在が気がかりだった。目的がわからないため、ベンジャミンのことも心配だし、延いてはエリーゼの両親にも関わってくる。
デールも『犯人も判ったことだし、エリーゼのしたいようにすればいい』と背中を押した。
そして――。
慣れないパーティーで疲れたように振る舞い、蒼白な表情でエリーは花瓶に向かってド派手に倒れて見せた。
それも、部屋まで送ってくれたユリウスと、着替えや湯浴みの準備にやってきた、複数人のメイドが居る前で。
ユリウスは、相談もなく態とらしい演技を始めたエリーゼに、何かを察したのか取り敢えず合わせてくれた。
結果。
目撃者多数の中、割れた花瓶の中の魔道具が発見され、大騒ぎになったのだ。執事長や宮付きの護衛が飛んできて、ユリウス自ら皇帝にそれを伝えることになった。
ユリウスが、どれ程の親バカ演技をしたのかは定かではないが。宮の管理体制の方が問題になり、花瓶を壊したエリーが咎められることも、ユリウスが弁償させられることもなく、代わりに皇帝からのプレゼントがたくさん届くことになった。
犯人探しは皇宮側に一任したが、どうせ犯人はうやむやになってしまうのだろう。エリーゼはそれで別に構わなかった。下手にこちらが追及を求めれば、適当な使用人が犯人にされ、首を切られて終結するだけだ。
(相手は、侯爵家だものね)
デールが探ってきてくれた情報で、犯人はロイド侯爵家の次女であることが判明した。
ユリウスもまた、パーティーでのロイド侯爵との会話から、彼も盗聴に関わっていると考えたようだ。この部屋でした、トラップのような会話にうまく乗せられて、うっかり口を滑らせたらしい。
(疑ってしまったアダラール皇子には、ちょっとだけ申し訳ないけど……)
エリーが口に出して文句を言った訳でもないし、そもそも、彼女がそう行動した原因がアダラールなのだ。エリーを孤立させるために、自分に想いを寄せる彼女の前で、エリーに気がある素振りを見せた。
だから、アダラールが花を毎日贈っていたことも知っていたのだ。
アダラールの目的はエリーの孤立だったのだろうが、彼女の方は――実の姉を利用してまでも、エリーをパーティー会場から追い出したかった。
侯爵令嬢が元平民に負けるなど、許せなかったのだろう。
毎日贈られた花に仕込んだ盗聴の本当の目的は、アダラールがエリーに会いに行くのかを監視するためだったのかもしれない。
(そして、父親の役に立ちそうな情報だけ流していた……か。まあ、これで暫くは大人しくしてるでしょうね)
あの皇帝が、犯人を見つけられない筈はない。
当のアダラールの方は、あらぬ疑いがかけられないようにと、誰かに釘でも刺されたのか――花は届かなくなった。その代わり、やたらと手紙が届くようになってしまったが。
何はともあれ今では盗聴の心配もなく、普通に会話ができるようになった。
念入りに周囲を調べた上で、無事ユリウスにもクラウスが接触してきたことも伝えられたので、一先ずはよしとした。間諜であるベンジャミンとのやり取りは、エリーゼの知らないところで行われる筈だ。
「ただ……問題はこれよね」
誕生祭中、皇宮のサロンで行われる、高位貴族のご婦人主催のお茶会の招待状。
その重要な手紙の方に混じって、クラウス・ユニーヴェルが名前の手紙があった。
◇◇◇◇◇
『それで、そいつと祭りに行くのか?』
デールは広いベッドで伸びながら訊いてきた。
『うーん……断れなくもないと思うけど』
クラウスとアダラールの手紙の内容は、同じ件についてだった。
誕生祭は皇都でも大々的に行われている。
せっかくのお祭りだから、アダラールがクラウスを案内する時に、エリーも一緒にどうかといった内容だった。
『お義父様も陛下に提案されちゃったしね』
若い者は若い者で楽しんだ方が、より帝国の良さを感じられるだろう、と。
『アダラールもクラウスも願い下げなんだけど……二人一緒なら、却って変な話題も出ないだろうし、安全かな?』
『それに、オレもいるしな』
『そうよね! 完璧な執事姿でお願いするわ』
『任せとけ』
『きっと……ベンジャミンも来るわよね?』
『だろうな。まあ、オレの見事な執事っぷりに感動させてやる』
『お互い、関係がバレないようにだけは気を付けなきゃね』
クラウスの言っていた勘が何なのか――エリーゼは侮ってはいけない気がしていた。




