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10. 誕生祭④

 デールが消えると同時にバルコニーの扉が開く。

 近くに人の気配はあったが、まさかこちらにやって来るとは思わなかった。


 エリーが居ることに気付いたとしても、認識阻害で誰かは分からないだろうし、絡んでくる酔っ払いなら気絶させてしまえばいい。

 万が一の刺客であれば、デールが冗談で用意した鋭いヒールの靴も使えそうだ。


 だが、エリーが居たことにすぐに気付いた相手は、そのどれでもなかった。


「失礼、先客がいるとは思いませんでした」


 鮮やかな金髪が目を引く青年は、申し訳なさそうに謝った。どことなく母アンジェリーヌに似た雰囲気に親しみを覚えるが――。

 軽くではあったが認識阻害が効いていないということは、感知能力が高いか目的がエリーなのだろう。


「こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ありません。少し、人混みに酔ってしまい休んでおりました」


 エリーゼは焦りを隠しながら、この相手が去ってくれるのを願うが、残念ながらその気配はなさそうだ。


「そうでしたか。私もあまり人混みは得意ではなくて」と言いながら、隣へとやって来る。中性的な雰囲気だが意外と背が高い。見上げると、視線がガッチリと合う。


(……っ!?)


「では、私はこれで」とエリーゼは逃げることを決めたが――。


「せっかくですから、少しお話ししませんか?」

「……え、私とですか?」

「はい、お嫌でしょうか?」


 しゅん……と眉尻を下げ、なんとも断りにくい聞き方をしてくる。


(一人になりたくてバルコニーに来た訳じゃないってことね)

 

 やはり目的はエリーのようなので、言い訳を適当に見繕う。


「嫌というわけではありませんが、たぶん義父が探しているかと」

「あ、公爵は陛下とお話し中でしたよ。会場は熱気が凄いですし、もう少し休まれては?」

 

 気弱令嬢の設定が邪魔だなと、つくづく思った。

 ニコニコと言う相手に、強くも出られない。なんせ相手は、神聖帝国の皇子なのだから。

 

「……そうでしたか。では、もう少しだけ」

「私は神聖帝国から参りました、クラウス・ユニーヴェルと申します」


(うん、知ってる……)


 神聖帝国ユニーヴェルの使節団の代表として、皇帝に挨拶をするのを見ていた。エリーゼが一番遭遇したくない相手だ。綺麗な金髪が、アンジェリーヌの髪とよく似ているのも頷ける。親戚なのだから。

 

「私は、エリー・イブ・エグゼヴァルドと申します」

「陛下が仰ったとおり、素敵な名前だ」

「ありがとう存じます。あの……何か?」

「いやね、想像以上に美しいと思いまして」

「想像ですか?」


 ふふっとクラウスは笑う。

 アダラールとはまた違う居心地の悪さに、エリーゼはどうしたものかと逡巡する。

 クラウスはエリーの質問には答えず、話を変えた。

 

「実は、ここで会場に入れない護衛と待ち合わせしているのです」

「ここ、ですか?」


 なぜ、会場に入れないのにバルコニーには入れるのかサッパリわからない。


「ほら、あそこの木の下に。見えますか?」

「あ……そういうことですか」

「ちょっと手を振ってくれませんか?」

「私がですか?」

「そう」


 レディーに頼むことではないし、何かの罠かと思ってしまう。

 エリーゼは周囲の気配に神経を傾けながら、木の下に立っている皇子の護衛を見た。


(えっ!?)


 まさかと思いながら目を凝らすと、赤茶髪の立派な騎士の顔が見えた。


(べ、ベンジャミン!?)


 バッとクラウスを見る。


「ほらほら早く」と、先にクラウスがベンジャミンに手を振った。

 ベンジャミンはこちらに気付いたのか、胸に手を当て丁寧に頭を下げる。


「あの……彼は?」

「ん? 私の護衛ですよ。もしかして、知り合いでしたか?」

「い、いえ」

「まあ、そうでしょうね」


 何がそうなのかと理解に苦しむ。


 エリーゼは神聖帝国とは関わってはいけない。

 その上、今は公爵令嬢のエリーでベンジャミンとは初対面。

 ベンジャミンが神聖帝国で皇子の護衛騎士になっているのも信じがたい。


(いや、ベンジャミンはミトス村の出身だから……)


 ユリウスが神聖帝国の情報を得るために、間諜として送ったのがベンジャミンだったのだ。

 

(尚の事、私が関わったらいけないじゃない)


 バレたらベンジャミンの身が危ない。


「はは。そんなに警戒しなくて大丈夫。意図なんてないですから」

「ですが、淑女として男性に手を振るのは……」

「ああ、気になるのそっち?」

「……初対面の方ですし」

「なるほど。彼は満足してそうだから、まぁいいとしましょう」


 手摺に肘をのせ、頬杖をつくクラウスは楽しそうにベンジャミンを見下ろす。

 ベンジャミンの立場を考えたら、絶対に公爵家との関係を知られてはならない。


「仲がよろしいのですね」

「んー、どうでしょう。たぶん、彼の頭の中は混乱しているかと。こうして、エリー嬢と私が一緒にいるのだから」

「私と、ですか?」

「会わせてあげたかっただけです。まあ、勘みたいなものかな。私が使節団について来たのもそう。だから、警戒しないでね……って、無理か」

「はあ」


 ちんぷんかんぷんのエリーゼ。

 最後の方は、クラウスの素が出ているような感じだけ受ける。

 

「じゃあ、私はそろそろ会場に戻ります。あ、そろそろ公爵がエリー嬢を探し出すと思いますよ」


 自分の言いたいことだけ言ったクラウスは、バルコニーから出て行った。


(今のも勘てやつ?)


 エリーゼは手摺りに手を乗せ、もう一度ベンジャミンらしき騎士を見下ろす。

 やはり手を振ることは憚られたが、ベンジャミンは先程のクラウスに対してよりも、エリーに深く頭を下げてからその場をあとにした。


「もう、何がなんだか分からないわ……」

 

 エリーゼは、ただただクラウス・ユニーヴェルが、アンジェリーヌの味方だった伯母のように、敵ではないことだけを祈る。

 

(だけど……ベンジャミンが元気そうで良かったわ)


 立派な騎士になっていた友人に会えたのは、正直ちょっと嬉しかった。

 エリーが会場へ向かおうとすると、ユリウスがバルコニーにちょうど迎えにやってきた。


「大丈夫か?」

「あ……はい」

「まさか、使節団に皇子も一緒に来るとはな。まあ、体調不良で、役目を終えさっさと宮に戻ってくれたから良かったが」

「え?」


 泊まっている宮じゃなくて、さっきまでバルコニー(ここ)に居ましたが――とは、さすがにこの場では言えない。

 しかも、具合は全く悪く見えなかった。


(早く公国に帰って対策をしなきゃだわ……)


 誕生祭がまだ数日続くと思うと、気が重くなった。

 


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