9. 誕生祭③
皇帝は微かに見せた動揺をすぐに隠し、ユリウスに祝い品の礼を述べると、最後にエリーにも声をかけた。
それも、怖いくらいに機嫌良さそうな笑みを浮かべて。祝いの品が効いたのかもしれないが――。
「エリー・イブ・エグゼヴァルド……良い名だな。父であるエグゼヴァルド公爵の、そなたへの愛情の深さがよくわかる」
皇帝は、エリーに付けられたミドルネームの意味を知っていたのだろう。
(敢えてここで名前に触れてくるのね)
「お褒めいただき、大変光栄に存じます。私は今……とても幸せでございます」
養女になった感謝の含みを入れ、無難に返答した。
皇帝は「そうかそうか」と満足げに言うが、その双眸はエリーを捉えて離さない。
ミドルネームに洗礼名をつける国もあれば、偉大な先祖から貰ったり、大切な者の名をつける国もある。
イブというのはユリウスの祖母であり、公爵家で最も夫から愛された妻だったと有名な、先先代の公爵夫人の名前だった。
エリーゼとしては全くの血筋ではないのに、貰っていいものか悩むところだったが……ユリウスが頑なにこの名を推すので、有難く頂戴することになったのだ。
ちなみに、設定としてエリーの母親の名はイブリアで、少しだけ被らせてあるのだがそこは重要ではない。
「公国と我がマージ帝国は深い仲だ。公爵はなかなか公国を離れられぬだろうから……エリーだけでも遠慮することなく、この国に遊びに来るがよい」
会場はザワリとした。
エリーが戸惑いながら、お礼を伝えたところで公国の持ち時間は終了になり、次の国が呼ばれた。
数ある国との時間を平等にとるスタイルに、エリーゼは助かったと思った。
これ以上会話を続けたら、とんでもないことを言われそうで――。
皇帝が、本当にエリーを気に入ったのかはわからないが、公国の繋がりとして利用してくるつもりなのは理解できた。
エリーが一人だけで帝国へ来られるわけがない。つまり、誰かがエリーを招待する形をとるという事だ。
謁見の間では触れてこなかった名前を、重鎮の貴族が揃っているこの場で褒めた意図。年齢の大きな者はその意味が解っただろう。
エリーの出生がどうであれ、エグゼヴァルド公爵家が認めた大切な養女なのだと、価値を示したのだ。
そして、皇帝へのプレゼントタイムが終了すると、歓談と本格的なダンスパーティーが始まった。
エリーは当然、最初のダンスはユリウスと踊る。
先程の皇帝との会話は想定外だったが、公爵からの愛情を受けているといった印象を、これで若い世代にも印象付けられた。
親子ではあるが、パートナーと最初に踊るのは当たり前なので、皇帝も黙認している。ただ礼儀の一つとして、次にユリウスは皇女の誰かと踊らなくてはならないが。
その後、エリーはチラチラと窺う視線を感じはしたものの、声を掛けられることも無くこのまま壁の花になるつもりだった。
頃合いを見て、バルコニーに避難する予定で。
だが、度々感じる視線の中に、踊りながらもこちらに笑みを向けるアダラールの姿があり、避難はまだ無理そうだと悟った。
(あぁ……やっぱり来ちゃった)
「エリー嬢、私と踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
会場の視線を集めつつ、エリーはアダラールと踊り始める。
「大丈夫? 慣れない場で疲れてない?」
「あ……はい。まだ緊張はしておりますが」
「それにしても。随分とダンスが上手くて驚きだよ! しかも、こうやって会話までできているし」
(しまった!)
「そ、それは殿下のリードがお上手なので……」
「そう? それは嬉しいな」
「あと……ダンスは好きなので、二曲くらいは倒れないよう、たくさん練習しました」
「ああ、体が弱いんだったね。この曲が終わったら、少し休憩してほしいな」
軽く息を切らして見せると、アダラールは気遣うように言った。
(ん……休憩してほしい?)
「もう、僕以外の誰とも踊ってほしくないからね」と囁くように付け加えて。
◇◇◇◇◇
『ケッ、何なんださっきのは!』
バルコニーの手摺りに乗って地団駄を踏むフェレットに、エリーゼはクスクス笑う。できる執事の面影は皆無だ。
デールなりに、エリーゼを癒してくれようとしているのだろう。
『本当、鳥肌が立ったわ』
エリーに好感を持たれていると、勘違いしていそうなアダラールの言葉に従うのは癪だったが、会場から姿を消すには丁度良かった。
うまいことバルコニーに出て、軽く認識阻害を発動し一息ついたところで、フェレット姿のデールが現れたのだ。
もともとバルコニーへの避難は、ユリウスと打ち合せしてあるので心配されることも無い。
いくつかあるバルコニーの中で、ここはユリウスが嘗てよく利用していた場所らしく、人目を避けられると教えてもらった。
美しくライトアップされている、広い庭園を見下ろせるバルコニーとは真逆の位置。薄暗く殺風景な植木しか見えないが、下手に休憩室へ行くより余程ゆっくりできそうだ。
とはいえ、エリーゼだから問題無いが、ひ弱な令嬢が一人で来る場所じゃない。
『それで、侯爵親子はどうだったの?』
『あれは、最悪だな』
『どういうこと?』
『姉の方は、侯爵家で酷い扱いを受けている』
『え、姉? 妹も居たの?』
『ああ、会場には姉妹で居たんだ。まあ、娘を責めるばかりで大した会話はしていなかったから、ちょっとばかし心の内を話してもらってきた』
フェレット姿で悪魔っぽく笑う。
『デールったら……』
忘れた頃に悪魔っぽさをアピールしてくるなと、エリーゼは苦笑する。
どうやらあの場には、取り巻きに混じって静観していた妹も居たらしい。
侯爵は、あわよくば程度に姉の方をユリウスに近付けようと画策している。妹の方は、本気でアダラールを狙ってるようだが。
姉の侯爵令嬢から幼い感じを受けたのは、行動だけではなく痩せて小柄なせいもあったのだと、境遇を聞いて納得した。
『妹の方がしたたかだな。親に大事にされているし、あのクソ皇子に取り入るため、実の姉を唆してエリーを貶めようとした。それから、エリーを虐め孤立させようとしたのは、アダラールだ』
『なっ!?』
『助け船を出して、エリーに惚れられようって魂胆だろ』
『ちょっと待って。その妹が、わざわざライバルを増やそとするなんて』と言いかけるが――。
『自分に好意を寄せてくる相手を言いくるめて、利用するのは簡単よね』
『本心なんて教える必要ないから、どうとでも言える』
デールは肩を竦めたかと思うと――突然姿を消した。




