8. 誕生祭②
「ロイド侯爵令嬢は、早く着替えてきた方がいいんじゃないかな?」
アダラールが言うと、失態を見られていたことに令嬢はカーッと赤くなり「お……皇子殿下」と口をハクハクさせる。
優しげな微笑を貼り付けたアダラールは、小声で令嬢に囁いた。
「あまりにも不敬な振る舞いは、お父上である侯爵の顔に泥をぬると思うよ」
「あ……」
一緒にいた取り巻きは素知らぬ顔をし、野次馬の視線が冷たいものに変わっている。そこでやっと、自分の味方がいない状況だと理解したようだ。
(へぇ。彼女は侯爵令嬢なのね)
エリーは元平民といえど、公爵令嬢であり皇帝に祝い品を渡すのなら直々に招待を受けた者。その上、皇子は「エリー嬢」と声をかけて来たのだから、エリーと面識があると言っているようなものだ。
一連の自分の行動が、ユリウスや皇帝に伝わってしまうかと思ったのか、ロイド侯爵令嬢はカタカタと震え出す。
「た……大変申し訳ございません。わ、わたくしの不注意でした」
震えながら謝る令嬢が、少しだけ可哀想にも見えた。一緒に馬鹿にしていた他の令嬢は、誰一人寄っても来ない。
あまりにもな怯えっぷりに、エリーゼは首を傾げた。
(お義父様を狙うなら、私よりも年は上のはずよね? 貴族の政略結婚に、年齢なんて関係ないのかもしれないけど)
エリーを悪者にするような狡猾な嫌がらせならまだしも、やったのは後先考えない幼稚な行動。
確かにワインをかけられてしまったら、エリー自身が汚れるし、それなりに恥もかくが――ただそれだけのことだ。同情こそ集め、エリーが叱られることなどない。
(痛くも痒くもないわ)
だったら、令嬢が自分でワインをかぶり、エリーにやられたと泣いた方が、より相手を貶められるだろう。もしも、これがイングリッドだったなら、そうしたのではないかとエリーゼは思った。
(エリーに関する公国での噂が、この国でも流れていたら……きっと馬鹿な真似はしなかったわよね。まあ、浅はかな行動は自業自得だけど)
最初の態度には傲慢さがあったが、まじまじと見ていると、内面は気弱そうな若い令嬢といった感じがしてくる。
この令嬢は、もう今日はこの会場に戻っては来られないだろう。そんな気がした。
逃げるようにホールを出て行く令嬢を目で追っていると、ユリウス達が居るスペースから出てきた人物が慌てて追いかける。年齢からして父親っぽい。
(あれは……初日にゲートの前で待っていた人。彼がロイド侯爵だったのね)
父親のエリーへの態度からして、妙に納得してしまう。気にするべき存在ではないが、少しだけ何かが引っ掛かった。
『ねえ、デール。ロイド侯爵と令嬢の様子を見てきてくれる?』
『何か気になるのか?』
『うん。もしかしたら、彼女の行動は誰かの指示かもしれないから』
『ふーん。わかった』
エリーゼはデールに頼むと、エリーに微笑むアダラールに笑顔を返した。
「皇子殿下。助けてくださり、ありがとうございました」
「いや、大事にならなくて良かったよ。それよりも」とアダラールは言う。
周囲に聞こえないよう、エリーの耳元でアダラールは甘く囁く。
「エリー嬢、次に会う時は僕の名前を呼んでって言ったよね?」
本来であれば、うっとりするべき場面なのだろうが――悪寒が走った。なんせアダラールは、盗聴している犯人かもしれないのだ。
「失礼にあたってしまいますから……公の場では、とても……」と俯いておく。
それをアダラールは照れと判断したのか、口の端を上げた。
アダラールがもうひと押ししようとした所で、「殿下、どうされたのですか」とユリウスが声を掛けて来た。
「やあ、エグゼヴァルド公爵。エリー嬢と話が弾んでね」
「左様でしたか。娘を気にかけていただき、ありがとうございます。ただ、そろそろ準備がありますので」
ユリウスは、まだ皇帝が座っていない玉座の方に視線をやった。
準備の者が慌ただしくしている。
「ああ、そのようだね」
「では、エリー。殿下にご挨拶を」
「皇子殿下、失礼いたします」
ドレスを摘み、丁寧にお辞儀する。
「またね、エリー嬢。……次こそ、ね」と小声で言うと、満足そうなアダラールは移動して行った。
「……大丈夫だったかい?」
「はい、皆さま大変良くしてくださったので」
一瞬、場の空気が冷えた。
ロイド侯爵令嬢と距離をおいて正解だったと、そう思った者も多そうだ。
「そうか。あとでゆっくり話を聞かせてもらおう」
「はい、ぜひ!」
ユリウスは、演技力全開でエリーに優しく微笑んだ。もちろんエリーも笑みを返し、ユリウスの腕に手を添える。
このやり取りに、ずっと耳をそばだてていた者は首を傾げた。帝国で流れる噂とは、随分と違う二人の姿に――。
◇◇◇◇◇
誕生祭の主役、マージ帝国で最も高貴な皇帝が登場すると、一気に会場は厳粛なムードになった。
とはいえ、パーティーなので華やかさは半端ではない。
皇帝の皆に向けた挨拶が終わると、マージ帝国にとって利の大きな友好国から順に祝い品を渡していく。
そして公国の番になり、ユリウスとエリーが前に出ると、男性が数人がかりで大きな宝箱を運び入れる。
「偉大なる帝国の太陽、皇帝陛下に心よりお祝い申し上げます」
ユリウスが挨拶し祝辞を述べ終えると、蓋が開かれた。
その中身に会場が息を呑む。
宝箱の中にぎっしりと入っていたいたのは、魔物の核である魔石。それも希少な一等級の物ばかりだ。
そのうちの大半が、森の穴から出た魔物――エリーゼがカスパルと共に倒した魔物の核だった。
「……まさか、これ程とは」
皇帝の短い一言が全てを語る。
公国の魔物の多さと、それを抑え込んでいる力を、まざまざと見せつけられたのだから。




