7. 誕生祭①
数日にわたって行われる誕生祭。最も重要となる一日目が始まった。
早朝からの身支度を終え、エリーはユリウスと共に早々と会場入りする。
(……すごい人混みね)
皇帝の誕生日を祝うのだから当然かもしれないが、会場の規模は相当なものだ。楽団により音楽が奏でられ、主役の登場まで各々社交を楽しみつつ、その時を待つ。
やはりユリウスは目立つのか、入るや否や様々な視線を向けられ、挨拶をしようとする男性貴族に囲まれてしまう。
エリーは見えていないのか、まるでユリウス以外の存在はないかのような扱いを受ける。あまりにもあからさま過ぎて、エリーゼは可笑しくなった。
(私は空気か何かかしら?)
さんざん認識阻害を使ってきたので、無視されるのは気にもならないが。
少しだけ戸惑うような表情をして一歩引くと、冷静に様子を眺めることにした。
ユリウスが平民を養女にした事実は伝わっていても、溺愛しているという噂は帝国では広まっていないのか――もしくは、噂はあくまで噂。信憑性が欠けると思われているのかもしれない。
(でなければ、流石にこんな態度はしないはずよね)
溺愛する娘を馬鹿にされれば、ユリウスの機嫌を損ねてしまうのは火を見るより明らかだろう。
魔物から取れる魔石を大量に保有する公国と、どうにか交渉に漕ぎ着けたい者。養女がいたとしても構わず、自分の娘と縁を繋ぎたい者。皆、下心があってユリウスに近付く。
公国にとっても有益な関係を築ける場だ。そのためにも、ユリウスは早めに会場へやって来たのだから。
一人目の会話が途切れたタイミングで、さっとエリーのそばにやって来たユリウス。
「私は少し話をしてくるから、エリーは向こうで休んでいてくれるかい?」
「はい、お義父様。私は、あちらで飲み物を頂いておりますわ」
「もしも、気分が悪くなったらいつでも私を呼ぶのだよ」
「はい」とエリーが微笑むと、ユリウスは周囲に見せつけるかの様に、魅力的な笑みをエリーに向け「行っておいで」と肩に手を置く。
すると、突然存在が顕になったかのような養女エリーに視線が集まり、貴族たちは戸惑いを見せた。
―― いつも凛としているエグゼヴァルド公爵が、養女を優しく気遣っていると。
さすがに母親が平民のエリーに媚びを売る者はいないが、ユリウスに悪い印象を残してはいけないといった焦りが窺えた。
「で、では、あちらでお話を」と、そそくさと広いスペースへユリウスを案内して行く。
(じゃあ、私はのんびりしようかしら)
歩き出すと、今度はエリーに令嬢たちの視線がチクチクと刺さる。
ユリウスたちが向かった、煌びやかさはあるが幾分落ち着いたスペースが紳士の社交場なら、可愛らしいお菓子が並んだ華やかな空間は、令嬢の社交場のようだ。
(なるほど。さっきのやり取り、ここからは見えていなかったようね)
エリーになってからまだ感じたことのない、蔑むような視線を浴びた。
耳を澄ませば、若い令嬢たちの囁き声が聴こえてくる。
「あれが噂の……メイドの子……」
「平民の母親が公爵様に色目を使ったそうよ」
「媚薬を使って取り入ったとか……」
「あの子、自分が娘だと公爵家に押しかけてきたらしいわ」
「まあ! なんて図々しいのでしょう」
(……は!?)
エリーゼは耳を疑った。噂が湾曲され過ぎている。
(だから……さっきの人達は、お義父様の前でも平然と私を無視したのね)
『ハッ! なんか凄いこと言われているな』と、呆れを含んだ笑いと共にデールの声が頭に響く。
辺りにデールは居ない。エリーゼはチラリと手首を見ると、小さく溜め息を吐いた。
『誰かが噂を操作したのかもね』
『何かの……余興かもな』
『余興?』
『ユリウスの態度を見たら、こんなの簡単に覆されるだろうからな』
現に男性陣はそれを経験したばかりだ。
『それにしても。悪意たっぷりね』
『ほら、お出ましだぞ』
デールに促され、近付いてくる人の気配にエリーは振り向いた。
「あら? 随分と場違いな方がいらっしゃるのね」
名乗りもせずに声をかけてきた令嬢は、先程のエリーを悪く言っていた集団の中心にいた人物だ。
とりあえず、エリーは公国の公爵令嬢という立場。相手から声をかけてきたのだから、そこまで謙らず挨拶しても問題ないと踏んだ。
「はじめまして。エリー・イブ・エグゼヴァルドと申します」
「まあ! あなたが、ヴィルヘルム様の養女になられた元平民の!」
(知ってて元平民を強調したわね……ん? お義父様の名前呼び?)
ははんとエリーゼは思う。ユリウスの妻の座を狙う有力候補、親密度をアピールしているのだろう。
だが、一向に名乗る気は無いらしい。
「よろしければ、飲み物を取って差し上げてよ」
エリーの返事も聞かず、近くにあったなみなみと注がれたワイングラスを手に持つ。すると――
「きゃあっ」
と声を上げ、わざとらしくよろけてグラスをエリーのドレスに向かって投げた。
瞬時に、エリーは傾きかけたグラスをキャッチし、ワインは溢れずにグラスの中で揺れただけにとどまった。見ていた者は一瞬の出来事に、目を瞬く。
ただ、跳ね上がってしまったワインの滴は、グラスを投げた令嬢の、淡い色のドレスに水玉模様を描いた。
なぜか、跳ね上がった量より――かなり多くのポツポツが。
(デールったら……)
「ひっ!」と、自分のドレスを見て真っ青になる令嬢。
「転ばなくて良かったですわ。ですが、ドレスに染みが……急いでお着替えに戻られた方がよろしいのではないでしょうか?」
「あ、あなたのせいよっ!」と怒りで顔を真っ赤にする令嬢。
「え? 転びそうになったのはご令嬢ですよね? 私が避けていたら、グラスが割れて騒ぎになるところでしたよ?」
遠慮がちに、でもキッパリとエリーが言うと、野次馬がザワザワとし出す。
悪意はさて置き、この令嬢がグラスを投げたのは紛れもない事実で、エリーはグラスをキャッチしただけ。謝るべきが誰かは明らかだ。
令嬢が反論しようとした矢先――。
「皇帝陛下の祝いの席で騒ぎにならなくて良かったですね。それに、エリー嬢は皇帝陛下に祝いの品をお渡しする、大切な役目がありますから」
そう割って入ってきたのは、アダラール第三皇子だった。




