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4. 騙し合い

「よう、エリーゼ! たっぷり羽は伸ばせたか?」


 今にもガハハと笑い出しそうな相好で、エグゼヴァルド公爵家騎士団の副団長モハメドは、訓練場にいたエリーゼを見つけると声を掛けながらやって来る。


「あ、副団長。休暇ありがとうございました」

「なに、休暇は俺じゃなくヴィルヘルム殿下と団長に感謝するんだな。ま、お前はよくやっているから、たまには息抜きも必要さ」


 モハメドは、ごつい指で自分の顎髭を撫でながら言った。

 無精髭かと思いきや、こだわりを持って中途半端な長さをキープしているらしい。

 本人曰く、この方が似合うし、どうせ魔物討伐に向かえば剃っている暇もないから丁度良いのだとか。

 他の団員から聞いた話では、モハメドはあまり貴族らしく見られたくないのだそうだ。だからなのか、名前もファーストネーム呼びで、家名は敢えて名乗っていない。

 

「この団に女はお前しか居ないせいか、お嬢様付きはどうしても休みが取り難くなるからなぁ。悪いがもう暫く一人で頑張ってくれるか?」


 女性騎士も募集をかけているそうだが――この騎士団は過酷な魔物討伐がメインにあるので、期待は出来ないらしくモハメドは申し訳無さそうに頭を掻いた。


 そもそも、令嬢エリーを護衛する為だけの人員募集は必要ない。鉄壁の騎士団が常駐する公爵邸内は、かなり安全な場所なのだから。

 エリーゼの役職は、二役のためだけに作ったのだし、他人がいたら不都合でしかないのだ。


「もちろんですよ。私が付くのはエリーお嬢様がお一人の時だけですし。授業中や侍女長が一緒の時はデールが居るので、こうして訓練時間に当てられますから」


 という()()になっている。


「まあ……殿下の溺愛は凄いが、気持ちもわからなくはない」

 

 噂の効果はしっかり騎士団内部にもしっかり届いている。エリーゼは、笑顔を作るだけにとどめた。


「そういや、デールも執事にしておくには勿体ない人材だな。騎士学校で同期だったんだろ?」


「ええ、そうです。彼が居れば私が離れても安心ですし。ただ、討伐に参加できないのは申し訳ないのですが……」


 これは、エリーゼの本心だ。

 エリーに興味を持たれたせいで、ユリウスも討伐に向かえない。


「なに、そっちは問題ない。まだ本来の時期じゃないし、俺たちだけで十分だ」


 今回の魔物討伐は、本来魔物が活発になる真冬より少し時期が早まっている。魔物の活動が激しくなっているという話だ。

 公爵家の騎士団が討伐に向かうのは最北の一番やっかいな場所、オプスキュリテの森。兵士学校の森とはだいぶ離れているが――。

 

(まさか、こっちにもあの穴が出来たりしていないわよね? デールに確認してみなきゃ……)


 考え込む様子を落ち込んだのかと勘違いしたモハメドは、励ますようにバシッとエリーゼの背を叩く。


「殿下とお嬢様の帝国行きと被ったんだ。寧ろ、お嬢様をしっかり護ることがエリーゼの役目だからな。しっかりやれよ」

「そうですね、頑張ります」


 実際には――。


 帝国に出発する直前でエリーゼは消える。ルークの作ったエリーゼの幻影を使い、転移する直前で消してあたかも一緒に向かったように見せかける予定だ。

 皇帝が、ユリウスの養女を見たい本当の理由が分からない為、エリーとして気が抜けない。エリーゼの容姿も隠しておいた方が無難だろうと。


 ユリウスに護衛は必要ないし、騎士団はその前にオプスキュリテの森に向かうので、見送りも大していないが幻影は念のためだ。


「おっ! 噂をすれば何とやらだ」

 

 上着を脱いで袖を捲り、剣を片手にやってくるデールを見つけ、モハメドは眉を上げた。


「デールも休憩入ったの?」

「ああ。この前の約束、一戦どうだ?」

「やる!」


「じゃあ、俺が審判してやるから模擬戦形式でやってみろ」とモハメドは面白そうに言う。


「お願いします!」


 エリーゼが返事をすると、すぐに模擬戦は開始した。




 一戦どころではなく、延々と続く二人の戦い。

 全くスピードも落ちず、モハメドだから目で追えているが――。


「どんだけ体力あるんだよ……。殿下に、この二人がいたら……お嬢様に護衛はこれ以上必要ないな」


 モハメドは呆れるように溜め息を吐いた。

 



 ◆◆◆◆◆




「面をあげよ」


 玉座から見下ろすマージ帝国皇帝の圧を感じつつ、第三皇子は顔を上げた。


「もうすぐ、 エグゼヴァルド公爵が娘を連れてやって来る」

「娘……例の養女でしょうか?」

「ああ、そうだ。あの白髪の神官が言っていた者であれば――面白いことになるだろう」


(白髪の神官?)


 訊き返すことは許さない雰囲気だ。

 何の話かは知らないが、なぜ父が兄たちを差し置いてこの場に自分を呼んだのかは理解する。


(その娘を手中に収めろという事か)


 平民だったうえ、病弱で人に慣れていない娘。いくら エグゼヴァルド公爵が溺愛したところで、恋愛には不慣れなはず。

 

(社交界デビューもしたばかりと聞く。公国とは比べ物にならない華やかなパーティーで、一人きりになったら心細いだろう……簡単に落とせそうだ)

 

「お任せください」


 第三皇子は整った顔に笑みを浮かべる。

 皇子の中で最も女性の扱いが上手く、なのにまだ婚約者がいないのには訳があるのだ。


「もしかしたら、私にもようやく婚約者ができるかもしれませんね」


「そうなれば……公国とも、神聖帝国ともきっと()()()()()()関係が築けるかもしれんな」

 

 皇帝は楽しそうに、理解の早い自分の駒を見下ろした。

 



 ◆

 



「そろそろ戻って来るかな」


 誕生祭に早めにやって来た(かつ)て留学生だった人物は、赤茶髪の護衛に向かって話しかける。

 第三皇子の住まう宮でお茶を飲みながら、急に皇帝に呼び出され行ってしまった友人を待っていた。


「今回……どうして、私を護衛に指名されたのですか?」


 脈絡もなく尋ねてくる護衛に、その人物は嫌な顔もせずにニコリとした。身分が高いが恭しく扱われるのを嫌うので、こうしたハッキリした物言いを好む。


「そうした方がいいと思ったから」

「いつもの()というやつですか?」

「そ。きっと、誰も流れには逆らえないからね」

「そうですか」


 赤茶髪の護衛はあまり興味がない様子で返事すると、聞こえてきた足音の方へ注意を向けた。

 誕生祭が近付くにつれ、(はや)る気持ちを抑えながら。

 

 

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