10. いってきます!
「うーん。気にはなるけど、遠慮するわ」
エリーゼは、デールの申し出をやんわり断った。
「何でだよ? エリーゼだって気になるんだろ?」
「そりゃね。でも……知ったところで、どうにもならないでしょ?」
「そうかぁ〜?」
デールは珍しく食い下がる。
「だって。知っちゃったら、素直な反応が取りにくくなるわ」
「エリーゼは演技が得意だから、平気じゃないのか?」
「相手が、私より上手じゃなければよ」
これは、本当のことだ。
警戒して、子供らしくしようとすればする程、わざとらしくなる。もう、幼児ではないのだから。
ガスパルとアンジェリーヌが信頼している知り合い。
つまり、それなりの人物なのだろう。人の本質を見抜く程の相手だったら。違和感を抱かれる場合があるのだ。
(ごく、稀にだけど……。変に勘繰られるのは厄介だわ)
両親がエリーゼを預けるのに選んだのだから、大丈夫だとは思うが。
今までも、その人物と連絡を取り合っていたが、エリーゼが気付かなかっただけとも考えられる。
(――いや。そんな知り合いがいるなんて、聞いたことはない。たぶん、私が騎士になりたいって言ったから……)
以前は味方でも、途中から変わらないとは断言できない。アンジェリーヌは、ガスパルが留守にするだけで、あんな結界を張った。
(……用心にするに越した事はないわ。所詮は子供――そう油断しといてもらわないとだから)
「おーいっ!」
つい、物思いにふけっていると、デールが顔を覗き込んで声をかけた。
「あ、ごめん」
「エリーゼに、見た事を言わなければいいんじゃないか?」
「は?」
「だから、ちょっと行ってくる」
そう言い残し、デールはパッと消えた。
「もうっ! 結局は、デールが気になってるだけじゃない。まあ、いっか。でも……どうせなら、私を部屋に運んでから行ってよねっ」
仕方ないとばかりに、屋根の上に立つ。すると、次の瞬間には、エリーゼの部屋の中だった。
エリーゼは、自分手首をまじまじと見て、小さく溜め息を吐いた。
(忘れてた……)
◇◇◇◇◇
――それからの一年は、あっという間に過ぎた。
十三歳になった制服姿のエリーゼは、デールと一緒に必要な物を詰めた荷物を持って、庭先に立っていた。
目の前にはスクロールを持ったガスパルと、アンジェリーヌがいる。
肩上まで短く切ったエリーゼの髪を、ガスパルは優しく撫でた。
「なにも……こんなに切らなくても、良かったんじゃないか?」
「これからの寮生活には、短い方が楽なので」
「エリーちゃんは、短いのも似合うわぁ〜」
カットしてくれたアンジェリーヌはニコニコだ。
ふふっと、エリーゼは笑って見せる。
だが、理由はそれだけではない。アンジェリーヌ似の顔はどうにもならないが。極力、髪色は目立たなくしたかった。
向こうについたら、色を変えてしまう事も考えたが……取り敢えずは、自然体でその学校長に会おうと決めた。
「エリーゼ、思う存分やるといい」
「はいっ、父さま!」
「デール、エリーゼを頼んだぞ」
「はい」
そして、エリーゼとデールにガスパルとアンジェリーヌはギュッとハグをした。
「では、二人とも行ってこい!」
スクロールを開くと、眩ゆい光を放った大きな転移陣が現れ、エリーゼ達を吸い込んだ。
――ポトリ。
ガスパルの手から落ちたスクロールは、ボッと炎に包まれ勝手に消滅した。
「また、随分と凄い転移陣を寄越したもんだ」
顔を顰めたガスパルに、アンジェリーヌはふふっと微笑む。
「きっとエリーちゃんの目の前には、彼が居るのでしょうね」
「だろうな……」
嘗てのライバルの顔が浮かび、ガスパルは苦笑した。
◇◇◇◇◇
眩しさに解放されたエリーゼは、ゆっくりと目を開く。隣にデールの存在を感じ、安心すると顔を上げた。
「やあ、はじめまして」
男前は声まで良いのだと感心しながら、目の前の机越しに座る男を見る。
(……若い)
それが第一印象だった。
「はじめまして。入学を許可していただき、ありがとうございます。エリーゼと申します」
「デールです」
二人揃って頭を下げた。
「エリーゼにデール。君たちの事は優秀だとガスパルから聞いている。厳しいとは思うが、頑張ってほしい」
「「はい!」」
男は頷くと、立ち上がって近付いてくる。
(大きい……)
スラリとした長身で、背丈だけならガスパルと同じくらい。華奢ではなく、着痩せして見えるタイプ。高級な服の下は、筋肉が凄そうだ。
サラリとしたシルバーブロンドに、モノクルをした整った顔は――
(目の保養を通り越して、毒だわ……これ)
屈むようにして、真正面から笑顔を向けられ困ってしまう。
「エリーゼは、本当にお母様に似ているね」
「あの……」
「ん、なんだい?」
「学校長は、私の両親とお知り合いなのですよね?」
「知り合い……まあ、そうだね」
少し、顔に影を落とすとエリーゼから離れた。
「そうそう、私は学校長ではない。ユリウスと呼んでくれ」
「ユリウス先生?」
「先生かっ、それはいい」
何が可笑しいのか分からないが、ユリウスはクックと笑う。
「学校長は、そっちだ」
まだ笑い続けるユリウスは、机の横に立つ、品の良い初老の男を指した。
こちらは、校長先生というより、ユリウスの執事にしか見えない。
コホンと学校長は咳払いをして、ユリウスがこの学校の創立者だと説明してくれた。




