1. 悪魔を拾った
よろしくお願いいたします!
「あ、――まただ」
畑仕事のお手伝いついでに、少し足をのばして森に木苺摘みにやって来ていた。
そのままでも美味しいが、エリーゼの目的は煮詰めて甘いジャムにしてもらうこと。小さなカゴの中は、まだまだ空きがある。それなりの量が必要だからせっせと木苺を摘んでいた。
そんな矢先。だいぶ大きなそれが落ちていることに気付いた。
エリーゼはキョロキョロと草っ原を見たが、目当ての物が無かったのか顔を上げる。そして、すぐ横に立つ木を視線でなぞるように見上げると、口元にゆるやかな弧を描く。
木の捲れた硬い皮に片足を乗せた。
「んしょっ!」と掛け声をかけると、そのままジャンプしてポキッと長めの細い枝を折り着地する。
エリーゼは、タタッとそれに近寄ると、手にした木の枝で優しめにツン……ツン……と突いてみた。
ピクリと動くがそれ以上の反応がない。
「ん〜」と少しだけ考え、力を加えていく。
――ツンツンツンツンツンツン、パシッ!
「いでっ!? ……や、やめろっ」
バシバシと段々強くなった枝から身を庇うように、黒髪の少年は丸く縮こまる。
「ほら、もう大丈夫。こんな所で寝たら風邪ひくよ」
ふふんと、可愛らしい笑顔を見せたエリーゼは少年を覗き込む。
「ぜ……ぜんぜん、大丈夫じゃないからなっ!」
細く柔らかい枝とはいえ、何度も叩かれたら痛い。
頭を抱えたまま、涙目になってエリーゼを睨む少年の瞳は、宝石のルビーの様に真っ赤だった。
「それだけ、しゃべれるなら大丈夫よ」
腰に手を当ててエヘンと反り返る青い髪のエリーゼに、少年は唖然とする。翡翠のような瞳が印象的な、まだあどけない少女には似つかわしくない太太しい態度。
「大丈夫かどうかは、お前が決めることじゃないだろっ」
「そうかしら? だって、あなた人間じゃないから、そう簡単に死なないでしょ?」
偏見ともとれる言葉に、少年は怒りで顔を真っ赤にした。
「は、どうして勝手に人間じゃないって決めるんだよ!」
「あなたは、バカなの? だって、その真下に描かれているのは、怪しい魔法陣だし。そもそも、この世界の……特にこの辺りに住む平民がする服装じゃないわ」
「平民じゃなければ、貴族かもしれないだろ!?」
「あー、ないない。そんなドラキュラみたいなコスプレの貴族なんている訳ないから」
「ドラ……コス……?」
「あっ。えっと、貴族の服装にしては変だし、貴族はこんな場所に来ないから……ってこと!」
ポカンとする少年に、エリーゼは捲し立てるように言い聞かせる。
「で、あなたは悪魔? それとも魔王?」
「なっなんだよ、どうしてその二択なんだよ!」
「違うの? まあ、魔王にしてはちっちゃいか……」
「小さくなんかない! 人間の魂喰えばすぐに大きくなるんだ!」
「魂……ああ、悪魔ね」
しまったとばかりに少年は、自分の口を両手で押さえた。ゆらゆらと揺れていた、細くて黒い槍のような尻尾らしきものがピーンッと伸びて、少年の心情を表している様だ。
「くっそぉ……バレたら仕方ない。おい、お前!」
「お前じゃないわ、私はエリーゼよ」
「エリーゼ、オレの契約者になれっ。何でも願いを叶えてやる!」
「悪魔の契約者に? で、願いは三つくらいかしら? その代償は私の魂?」
「な、なんで、そんなこと知ってるんだよ! まさか、もう他の奴と契約しているのか!?」
ジリジリと後退る少年の慌てふためく姿に、エリーゼは思わずブッと失笑する。
「してないわよ。いいわ、契約者になってあげる」
「ああん!? 何でだよ! 魂かかってるんだぞ!」
「いや、自分から誘ったんじゃない」
「それは……そうなんだけど」
「おおかた、契約者以外に正体バレたらペナルティでもあるんでしょ?」
少年は、口をぱくぱくさせて魚みたいになっている。
「……お前、魔女か?」
「だから、エリーゼ。魔女じゃないわ、ただの転生者よ」
再度ポカンとする少年に、エリーゼはクスクス笑う。
「はいっ、お互い秘密を共有したってことで。それで、どうするの契約は?」
「エリーゼがいいなら……でも、契約したら絶対に取消しはできないぞ?」
「悪魔のくせに、お人好しね」
「うるさいっ」
「してあげるわ契約。私はもう十分生きたもの」
そう言ったエリーゼは、七歳児に見えないほど大人びた表情をしていた。
「ああん!? まだ子供のくせに何言ってるんだ!」
「転生者だって言っているじゃない。何度も生まれ変わって人生を経験してるのよ」
「でも今は子供だ!」
「………あなた、めんどくさい悪魔ね」
「うるさい。願いはあるのか?」
「うーん……、あら? 無いわ」
「じゃあ、エリーゼが大人になるまでに決めればいい。大人の魂の方がドロドロして美味いからな!」
「珍味的な?」
「ま、まあな!」
エリーゼは成る程と頷いた。悪魔にとっては純粋な魂より、多少なりとも汚れた物が好ましいのかもしれないと。
「じゃあ、それでいいわ。契約はどうやるの?」
「手を出せ」
「はい」
悪魔の前に手の甲を出すと、それをひっくり返し手首の内側を上に向けた。言葉とも呪文とも違う、独特の音を発しながら尖った爪先が手首に何かを彫っていく。不思議なことに痛みはない。
印を描き終わるとポワンと赤く光り、それは消えた。
「これで、エリーゼはオレの契約者だ」
「ねえ、何で手首なの?」
素朴な疑問だった。
「ああ? だって、人間てやつはすぐ手の甲にキスするじゃないか……気色悪い」
「もしかして、あの印は……」
「オレ自身に繋がっているんだ」
「つまり――」
悪魔はそれ以上言うなとばかりに話題を変えた。
「多少なら、悪魔の……オレの力をエリーゼは使うことができる」
「へえ、便利ね」
「だから、願いはちゃんと考えておけっ」
「わかったわ。じゃあ、木苺摘んだら帰りましょ」
当たり前のように一緒に帰ると言ったエリーゼに引っ張られ、木苺をカゴいっぱいにすると、エリーゼの両親の待つ家へと向かった。
――誰が描いた物だったのか。
いつの間にか、悪魔の倒れていた場所の魔法陣は消えていた。
お読み下さり、ありがとうございました!
どうにかエタらせず書ききりたいと思っております。
しばらくは色々とぶれぶれになりそうなので、感想欄は閉じておりますm(__)m
温かく見守っていただけましたら幸いです。