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9話 女子高生、デートをする

「でやああああ!!」


 余裕な笑みを浮かべながら剣で私の攻撃を跳ね除けてしまう紫苑しおんさん。こんなに頑張ってるのに全く攻撃があたらない。だんだん焦りが出てきてしまう。


「はぁ、はぁ……」


「どうした? お前の力はそんなものか?」


「……っ」


 ついこの間まで普通の女子高生やってたんだから。授業で持久走やるだけでヘバってたんだから。そんな私が今こんなことできるようになっただけでも褒めてもらいたい。ああ、もう息は上がるし暑いし疲れたし。だけど――


「私に勝てぬようなら城の外に出すわけにはいかぬな」


 無表情で私を見下ろす紫苑さん。そう、紫苑さんとの一騎打ちで紫苑さんに一撃でも加えることが出来たら城の外に出てもいいというのだから頑張るしかない。

 いつまでも城の中だけの生活には飽き飽きだ。だからといって護衛をつけられるのも嫌だ。えんじゅ兄には自衛できるくらいの力量はあるとお墨付きを貰ったのに紫苑さんは首を縦に振らなかった。そして紫苑さんに一撃を加える事を条件に承諾してもらう事になったのだ。


「うう……」


 悔しさのあまり唇を噛んだ。城の外に出たい。観光を楽しみたい。


「しっかし葵も強くなったなぁ」


「ああ、そうだな」


 紫苑さんに一撃をキメた時の証人となってもらうために私と紫苑さんの一騎打ちを観戦しているよもぎ兄と槐兄が呟く。

 そう、私は強くなった。一撃くらい与えたい。


「兄上も葵殿も頑張って下さい! ああっ葵殿、なんて可憐な動き! 今すぐに抱きしめたい!」


 ――菖蒲しょうぶさんはストーカーはやめてくれたものの、私への接し方は変わらずだった。まだ諦めてはくれていないらしい。


「何をしている」


 そこへかや先生が眉間に皺を寄せながらやってきた。


「おお、榧殿か。紫苑殿と葵が一騎打ちしてるんだ」


「何故そのようなことを?」


「葵が紫苑に勝てたら城の外に出せと申し出てな」


「ムハハハハ! 小娘ごときがあの紫苑様に勝てるわけが無い!」


 紫苑さんの攻撃を避けた時だった。榧先生が私を嘲笑う声が聞こえたのは。腹の立つ笑い声が耳に入ってきたので、つい反応してしまう。


「うるさい! 私は勝ちます!」


 榧先生を睨みつけて槍を振り回す。同時にゴンッという鈍い音と共に槍に手ごたえが。


「――あ」


 菖蒲さんが青い顔で指差し、振り返ると私の槍が紫苑さんの頭上に直撃しているではないか。


「うっそ」


 紫苑さんは放心したまま私を見ている。これは私、紫苑さんに一撃加えられたのでは!?


「や、やった! 紫苑さんに一撃加えたよ!」


「いや、今のは不意打グフッ」

「わーーーい! 外に出られる!」


 嬉しさのあまり槍を振り回してしまう。それは紫苑さんにボコボコあたり、私が気づいた時紫苑さんはタンコブを作ってその場に倒れていた。菖蒲さんは悲鳴を上げながら卒倒し、榧先生をはじめとしたギャラリーの方々は顔を真っ青にしながら私を見ていた。




※ ※ ※ ※ ※ 




 晴れて外出許可が出た私は嬉々としていた――していた。過去形だ。なんと紫苑さんも一緒に行くことになったのだ。


「……」


「何だ、その不愉快そうな顔は」


 もちろん、一人で城の外に出られると思い込んでいた私はまさか紫苑さんが付いてくるなんて思ってなかったわけで。

 よくよく考えてみたら誰かがついてくるのは当然だ。この世界に来たばかりの私は土地勘もない。学んでいる最中とはいえ常識がない。これは危なっかしい。もちろんスマホなんて便利なものもないから気軽に連絡も取れない。迷子になったら終わりだ。そこまで考え及んでいなかったのは認める。


「いえ、不愉快というか私の我儘に付き合わせてしまって申し訳なくて。てか、紫苑さん何だかいつもと違いますね」


 いつもはもっと煌びやかな服を着ているのに、今日はなんだか庶民のようだ。斯くいう私もいつも着ている服よりラフではある。


「城下に出る際は王族である事を隠しているからな」


「なるほど」


 王子様が護衛もつけずに街中を一人で歩いていたらそれは騒ぎになるだろうな。王族って大変。でも紫苑さんは強いから変な奴に絡まれてもあまり心配無さそうだ。

 それにしても、いつも以上に親しみやすい感じだ。


「でも、紫苑さんが付いて来なくても他の人ではいけなかったんですか?」


「私も外に用があったからな」


 なんだ、私はついでなのか。それなら申し訳なさ半減だ。


「なら、先に紫苑さんの用事から済ませませんか? 私はこれといって行きたい場所はなく適当に観光したいだけなので」


「そうか。では森へ向かうとしよう」


「森――」


「そうだ。お前が倒れていた」


 私が紫苑さんに拾われたのが森だったっけ。どうしてそんな場所にいたのかはわからないけれど、もしかしたら私が元の世界に帰るための手掛かりがあるかもしれない。

 城門を出てお城の裏側に回ると鬱蒼とした森が広がっている。いかにも未開の地であるのに紫苑さんは歩き慣れているのかどんどん奥へと進んでいった。意外とやんちゃなんだな、と感心しながら必死についていく。


「紫苑さん、よくここに来るんですか?」


「ああ。友に会いに来ている」


 なんだ、私以外にもちゃんと友人がいたのか。いないって言ってたのは嘘で、身分が違うから隠しているんだろうな。秘密の間柄ってなんだかワクワクする。どんな人なのだろう。


「葵、そこで待っていろ」


「はい」


 すると紫苑さんが指笛を吹いた。ピーッと高い音が辺りに響き渡る。幼い頃に秘密基地を作って合言葉を決めたりしたことを思い出した。懐かしい。

 しかし、そこに現れたのは――


「闇黒星龍―ダークネスブラックスタードラゴン―だ」


 虎だ。しかも額に大きな傷があってそれが如何に凶暴なのかを物語っている。

 何で人間じゃなくて虎が友達なんだよ。何でそんなクソみたいなネーミングセンスなんだよ。ドラゴンじゃなくてタイガーでしょうよ。何で私は虎がいるような危ない場所で倒れてたんだよ。闇黒なんたら……お前何で猫みたいに紫苑さんにじゃれてるんだよ。紫苑さんは王子様であり猛獣使いだったのか。

 ツッコミが追いつかず固まっていると、紫苑さんが何故か誇らしげに笑みを浮かべる。


「可愛すぎて緊張しているのか」


「ちっがうわ! 寧ろ怖いんですけど!?」


 親バカならぬ飼い主バカかな?

 じゃれている姿は確かに可愛いけれど虎は人を襲うモノ、怖いモノという先入観から足が竦む。


「大丈夫だ、こいつは人に慣れている。昔額に怪我を負っていたのを介抱して以来懐いてな。義理堅き虎よ」


 紫苑さんが無表情のまま虎の顎をこちょこちょとくすぐると、虎は気持ちよさそうにしている。大きな猫ちゃんと思えば怖くないかも。


「もしかして、紫苑さんはいつもここに来てるんですか?」


「時間がある時は大抵な。お前を拾ったのも鍛錬が終わった後闇黒星龍―ダークネスブラックスタードラゴン―に会いにいく途中だったな」


「は? 何て?」


 変な名前のインパクトが大きすぎて重要であるだろう話が頭に入る気がしない。


「あの。その名前やめません? なんか可哀想なんですけど」


「ではどう呼ぶのだ」


 紫苑さんが不満気に私を睨む。虎は「マジで頼むからな、変な名前だけは勘弁してくれ」と訴えてくるように私を見つめていた。

 私もネーミングセンスはいいとは言えない。でも、簡素化して――


「……ヤミちゃんで良くないですか?」


 虎はその呼ばれ方が気に入ったのか、今までのよりマシだと思ったのか、嬉しそうに私に擦り寄ってきた。あらやだ可愛い。そしてやっぱりあのクソダサネームは嫌だったのね。


「ヤミ。よかったな」


 その後、紫苑さんとヤミちゃんと一緒にしばらく森を回ってみたけれど元の世界に関する手がかりは何も見つからなかった。森に来てわかったことと言えば、紫苑さんはやっぱり優しい人なんだという事。ヤミちゃんの他にも傷ついた小鳥やヘビの保護をしたらしく、彼らは紫苑さんによく懐いていた。私もその中の一匹なんだなと思いました。まる。



 

※ ※ ※ ※ ※ 




 ヤミちゃんと別れ、森から城下町に移動してしばらく歩いているといい匂いが漂ってくる。 どうやらこの辺りは料理を売っているお店が多いのだろう。 おいしそうな匂いに誘われたように私の腹が鳴き出した。そういえば今日は城の外に出たいがために朝早くから鍛練していて朝食を食べていなかったんだっけか。

 隣を歩く紫苑さんにちらりと視線を向ける。


「……お腹すいた」


「食べていなかったのか」


「外に出てみたかったんですよ。朝食抜きで鍛錬してました」


 そこまで……と呆れる紫苑さんは怪訝そうに私を見つめた。


「そんなに城の中にいるのが嫌なのか?」


「いえ、お城の中も楽しいんですけど折角この国に来たのですから、お城の中だけでなく外も見てみたいと思いまして」


「そうか」


 私の答えを聞いた紫苑さんは安心したようにため息を吐いた。余程不安にさせてしまったのだろう。それでも紫苑さんの表情は暗いままだ。本当にただの好奇心だ。確かに最近飽き気味ではあったけれど決してお城の居心地が悪いとかではない。これ以上ないくらいにいい思いをさせてもらっている。異世界のお城でスローライフまじ最高。


「心配しないで下さい。紫苑さんをはじめとしたお城の人たちが大好きです」


「……葵」


 紫苑さんの表情が明るくなる。異世界転移してしまったのに、こんなに毎日を楽しく過ごせるのは紫苑さんたちのおかげだ。本当に戦国乱世なのかと思う程に平和な日々。今はこの日常が壊されてしまうのが怖い。


「私の家はこの華の国で、私の家族は紫苑さんたちだって、思ってもいいですか?」


 元の世界に帰れるまでは私はこの人たちの家族でありたい。帰れるのかは、わからないけれど。


「当然だ。もう私たちは家族だ」


 紫苑さんの優しい言葉に泣きそうになる。私、紫苑さんに拾ってもらえて本当によかった。


「えへへ、それなら紫苑さんは私のお父さんかな」


「ふざけるな。大体歳はそこまで離れていないだろう」


「……え、紫苑さんいくつなんですか?」


「19だ」


 ――な ん だ と ! ?

 立ち振る舞いもスマートで常に冷静だし――もっと年上だと思っていた。ショックだ。王子様というだけでこの大人っぽさを出せるのか。という事は弟である菖蒲さんも私と変わらない!? あのしたたかさで年下の可能性も!? この世界の精神年齢と肉体年齢どうなっているんだ。


「……私の2個上だったなんて」


「何? お前はそんなに歳がいっていたのか」


 私の年齢を知った紫苑さんも驚愕している。もしや私の世界でいう小学生、良くて中学生くらいに思われていたのだろうか。誠に遺憾である。そして気になってくる皆の実年齢。帰ったら失礼承知で聞いてみようと思う。


「この世界の人はしっかりしてるんだなぁ。私もしっかりしなくちゃ」


「――この世界?」


 紫苑さんが首を傾げた。そういえばこのことについてはきちんと話してはいなかった気がする。


「はい。私、どうやら違う世界から来たみたいなんです。最初はそんなことありえないでしょーって思っていたのですが……この世界の事を知れば知るほど私の住んでいた世界とは違う、似て非なるものでした」


「よくわからぬが、異国の家出娘ではなかったのか。……では、いずれお前の世界とやらに戻ってしまうのか?」


 不便な所は多々あるものの、この生活が充実していて帰りたいとは思わない。できればこの世界で生きていけたらと思う。


「どうなんでしょう。私は自分の意思でここに来たわけじゃないので、帰りはどうなることやら。そこは神のみぞ知るですね」


 今の所は帰れる気配は全く無しだ。だけど、もし帰る日が突然やってきてしまったら? その時私は――


「――――」


 考えただけで溢れてくる涙。どうしてこんなこと考えてしまったのかと後悔して自己嫌悪。涙を拭って止まらなくて。あーどうしよう。こんな人通りの激しい道の真ん中で。そう思っていた瞬間、紫苑さんが私の腕を掴んだ。そして私を引っ張って足早に歩く。私は不思議に思いながら黙って紫苑さんに引っ張られた。少しだけ痛い。

 路地裏に隠れて人がいないのを確認してため息を吐く紫苑さん。


「あのような場所で突然泣き出すとは、私を困らせたいのか?」


 そうだよね。あんな人の往来の激しい場所で泣いていたら目立ってしまう。庶民的な格好をしているとはいえ、紫苑さんは王子様だ。目立ってしまうのは非常にまずい。


「ごめんなさい。でも、生理的なもんなんで止めたくても止められないんですよー」


 未だ止まらない私の涙。涙腺が壊れてしまったのだろうか。止まれ止まれ止まれ。泣きたくなんかない。


「ここなら人が来ることは無い。落ち着くまで泣くがいい」


「――あ」


 紫苑さんは私の肩を抱き寄せて、優しく頭を撫でてくれた。


「本当は帰りたいのだろう?」


 ポツリと呟かれ、私は目を見開く。

 ホームシックだと思われている。違う、そうじゃない。家族にも友達にも会えないのは悲しいけれど、それ以上に私はここにいたいと思っているのだから。


「違うんです。その逆です。帰りたくない。でも、いつか帰らないといけない時がきたらって考えたら、悲しくなりました。紫苑さんたちと離れたくないです」


「――私とて、葵を失いたくない。お前はもうなくてはならない存在だ。できることなら、返したくはない」


 路地裏から見える狭い空を仰いで紫苑さんは苦笑いを浮かべる。そっと抱き寄せられた私はすっぽりと紫苑さんの腕の中に収まった。胸の鼓動が早くなる。顔が熱い。あまりにも恥ずかしいので下を向くと紫苑さんは無理矢理私の顔を上げた。


「あの、紫苑さん……っ」


 目が合って、紫苑さんがゆっくりと私の頬に手を当てた――時だった。

 ぐー。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 空気を読まない私のお腹の虫が抗議の声を上げた。お腹の音を誤魔化そうと叫んでみるも、どうやら紫苑さんにしっかりと聞こえてしまったらしい。


「ふっ……泣き止んだようだな。ならば、何か食べに行くとしよう」


 私から離れて背を向ける紫苑さん。その耳は真っ赤だという事、気づいているのだろうか。


「は……はい、行きましょう!」


 ――私のお腹の音が鳴らなかったらどうなっていたんだろう。まさか、ね。

 未だに高鳴る胸の鼓動に戸惑いながら紫苑さんの服の袖を掴む。すると紫苑さんは私の手を取った。まるで手を繋ぎながらデートしているかのよう。

 いやいや待って落ち着け私。これは家族との散歩! 父と娘の散歩! ただの散歩! そう自分に言い聞かせた。

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