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7話 女子高生、ストーカーに悩む

 最近やたらと誰かの視線を感じる。部屋で紫苑さんとお茶している時、榧先生に勉強を見てもらっている時。槐兄と蓬兄に武芸を教えてもらっている時。どうも誰かに見られているというのは落ち着かないもので、ストレスが溜まる。私がそんなに可愛いのか、王族とその側近達と仲がいいのが気に入らないのか……。

 そして今もまた誰かに見られている気配。私はストーカーに気付かれぬように何気ない仕草で立ち上がり、


「うおりゃあああああ!!」


 扉の隙間から見えるストーカーの目を狙って素早く槍をぶん投げた。


「わッ!?」


 するとストーカーは驚いてその場に転んだ。ざまぁみやがれ。ちなみに槍は扉から大きく外れて壁に刺さっている。……ももももももちろんわざとだ。憎きストーカー相手とはいえ怪我なんてさせるわけにはいかない。


「ついに捕まえたわこのストーカー野郎! おとなしくお縄につきやがれ!」


 少し開いていた扉を蹴り飛ばして全開にして私転んだストーカーを見下ろす。指をボキャボキャと鳴らすとストーカーは顔を真っ青にして怯えてだした。初めて見る顔だし名前も知らない。宴会の時に目立ったおかげで知らない兵士や女官たちから声をかけられるようになったのは嬉しいけれど、こういう事があるのは心底面倒だ。


「ぼ、僕を見下ろすとは無礼であるぞ!」


「どっちが無礼よ! 四六時中監視されて気が休まらない私の身にもなってみろ!」


 私は腕を組みながらストーカーを睨みつける。それにしてもストーカーのくせに態度が大きいな。


「ぐ……なんて野蛮なおなごだ。覚えておれ!」


 そんな捨て台詞を吐いてストーカーは逃げていった。覚えているとも……お前の所業を権力さんもとい紫苑さんにチクるのだから。震えて眠れ。




※ ※ ※ ※ ※




 早速紫苑さんにチクりに来た。


「紫苑さーん、葵ちゃんが遊びに来ましたよー」


「執務中だ。帰れ」


 紫苑さんは自室で執務をこなしていた最中だったけれど関係ない。宴会の一件以来お互いにあまり気を遣わなくなったのでこのように遠慮なく邪魔するようにもなった。まぁ、そこは適度に。

 ひょろいイメージの紫苑さんではあるけれど実は脱いだらすごいらしい(よもぎ兄情報)。王子とはいえ日々鍛錬を怠らず執務もこなすから偉いよな。私なんてこの世界に来てから紫苑さんの唯一の友人という特権を振りかざして食っちゃ寝して遊んでいるだけでは……? いやいや、お勉強と武芸にも励んでいる。わたしも がんばってるから えらい。

 よっこいしょ、という掛け声とともに紫苑さんの隣に腰掛けて頬を膨らます。めちゃくちゃ嫌そうな顔をされたけど気にしない。


「聞いて下さい、私ストーカー被害に遭っているんです」


「……ストーカー、だと?」


「そうなんですよー。しかもやたらと態度がデカくてムカつきました。一度締め上げて二度と娑婆の空気が吸えねぇようにしてやろうとも思ったんですけどー、それじゃあ私の可憐なイメージがブチ壊れると思いまして」


「口の悪いお前に可憐なイメージなど誰も持っておらぬぞ」


「殴っていいですか?」


 紫苑さんは「いいわけないだろう」と片手を上げた。本気の紫苑さんに敵わないのはわかりきってはいるけれど、最近は体力も筋肉もついて強くなった気がしてたからどれくらい通用するのかちょっと試したかったな。残念。


「紫苑さんから言っといてくださいよ。私は見世物じゃないって」


「見世物じゃなかったのか? キーキー騒いでまるで猿ではないか」


「やっぱり殴らせて頂きますね」


 失礼すぎるので一度制裁を加えねばなるまいて。

 紫苑さんに殴り掛かるも、私の拳はあっさりと止められてしまった。力の差はまだまだ大きいようだ。紫苑さんにフフンとどや顔をされ、私は舌打ちした。


「そもそも、お前のことを影から監視する者など本当にいるのか? どこの誰だか言ってみるがいい」


 そりゃあもちろんいますとも。そいつは――


「知らない人でした!」


「特徴は?」


「なんか態度がでかくてムカつきました!」


「話にならん」


「そんなぁ」


 物覚えが良い方ではないから顔もぼんやりとしか思い出せないし、困った――と、再び視線を感じた私は素早く紫苑さんの持っていたペンを奪って扉に向かって投げつける。


「何してんだこのやろー!!」


「それは私のセリフだ。勝手に人の筆を……」


 紫苑さんが私の頭を殴る。痛い。それよりも、なんということでしょう。私がペンを投げた先で先程のストーカーが苦痛そうな声を上げているではありませんか。私は見事扉の前でしゃがみこんでいたストーカー野郎を捕獲してみせる。自分からのこのこ現れるとは愚かな奴め。今度こそ成敗してやる。紫苑さんが。


「紫苑さんコイツです」


菖蒲しょうぶ


 ストーカー野郎の首根っこを掴んで突き出すと紫苑さんは眉間に皺を寄せた。そしてストーカー野郎は紫苑さんの顔を見ると少し怯えた様子口を開く。


「あ、兄上……」


「は? あにうえ!?」


 紫苑さんの弟がストーカーだった事実に私は目を丸くする。何で紫苑さんの弟が私のストーカーやってるの?


「ああ、弟の菖蒲だ。腹違いではあるがな」


 よーく見れば似ていなくもないかなーというレベルだ。紫苑さんは王様に似ていないからお母様に似ているのだろう。


「お前が葵のストーカーをしていたとはな」


 ストーカーという言葉に反応した菖蒲さんはぶんぶんと首を横に振って否定する。


「違うのです! 酔った兄上を止めたおなごがどのような強者なのかを観察していただけなのです! この通りきちんと観察日記もつけております!  24時間密着で!」


 ほら、と私の観察日記を差し出す菖蒲さん。ひぇ。申し訳ないけど、きもちわるっ。

 私は横からそれを奪うとビリビリに破いて菖蒲さんに突き返した。


「何が違うの? それの行為は紛うことなくストーカーです。私の国では犯罪なんですよこの変態」


「……しかし、お前は私の敬愛する兄上を惑わそうとしている! 兄上は利用されているのです!」


 兄上は私のものだから近づくなと言わんばかりにキッと私を睨む菖蒲さん。やばいこの人根からのブラコンだ。


「菖蒲、お前は何を言っている。葵ごときがこの私を惑わす? 利用する? 笑わせるな。葵は頭が良くない、故にそんなことは不可能だ」


「そんな兄上! 肉親であるこの私よりもこのような不逞の輩をお選びになるのですか!? まさかご冗談を。それもこのおなごの計算なのです。樒様とのご婚約は父上と父上の師が交わした約束ですから仕方なく了承しましたが、このおなごはダメです! 品性が感じられません!」


 兄弟揃って言いたい放題だった。頭が悪くて品性がないことは自分でも承知しているが改めて他人に言われるとかなり効く。泣きたくなってきた。


「お前はどうも妄想が過ぎている。友と呼べる者がいなかった私にとって葵は初めての大切な友人だ。友である葵を愚弄するということは私をも愚弄するに値すると知れ」


 紫苑さんが私を背にカッコよく私を庇ってくれている。でも私は忘れないよ、紫苑さんもどさくさに紛れて私の事バカにしてたことを……。


「――はっきり申し上げましょう。このおなごは側室の座を狙っております。その地位の為に兄上に近付いたのです!」


「――側室」


 聞き捨てならなかった。側室というと私は紫苑さんと婚姻関係を結ぶという事だ。しかも奥さんではなく愛人のようなもの。どうして私が側室を狙っていると思われたのかはわからないけれど、誤解は解かなければならない。そもそも紫苑さんとそう言った関係になりたいなんて望んだことはないのだから。そりゃあ、ちょっと……ちょっとだけ紫苑さんにときめいたことはあるけれど。


「私、紫苑さんのことそういう目で見てないです。そもそも正妻ならともかく何で側室なんて微妙な地位を狙わなきゃならないんですか。目指す気は全くこれっぽっちもないですけど、なるなら普通正妻じゃないんですか?」


「何を言っている? 正妻は樒様と決まっているのだ。正妻になった者が亡くならない限り他の者はどう足掻いても側室にしかなれぬ」


 私をバカにするような目で見てくる菖蒲さん。お願いだからその目やめてほしい。そういうのはかや先生だけでお腹いっぱいだ。


「あ、そうなんだ。じゃあもし仮に私が紫苑さんとそういう関係になりたいのなら樒さんもいるし紫苑さんのこと諦めるしかないんじゃない? 側室なんて何が良いの?」


「お前、本当に何も知らぬのだな。兄上は将来この国の王になることが約束されている。王の側室には世継ぎを成すという大役があり、つまり――」


「世継ぎとかどうでもいいわ。一番になれない上、もう相手も決まってるなら最初から諦めるでしょ」


 問答はもちろん説明を聞くことすら面倒になった私は窓の外を眺めながら一刀両断にした。すると菖蒲さんは困った顔をして紫苑さんの服の裾を掴む。


「……兄上、このおなごは一体なんなのでしょうか。まるで野心が感じられませぬ」


「このように無知なのだ。だからお前の妄想が過ぎていると言っただろう」


 どうやら私の常識のなさが勝利したらしい。菖蒲さんはため息をついて項垂れてしまった。菖蒲さんの思うようなことにはならない。


「私はただ、紫苑さんが笑ってくれればそれだけで十分なんですよ」


 それが私がここにいる理由だもの。

 紫苑さんが楽しい思いをしてくれていれば、ペットだろうが友人だろうが側室だろうが立場なんて関係ない。異世界に来てしまって行く当てのない私に衣食住を提供してくれている紫苑さんへ恩返しができればそれだけで満足なのだ。


「……葵」


 紫苑さんはちょっとだけ口角が上がっていた。嬉しさが滲み出ているようだ。それに気づいた菖蒲さんは目を丸くする。


「兄上が……笑うなんて」


 敵意をなくし茫然と立ち尽くす今の菖蒲さんにならきちんと伝わるだろう。もうこれ以上迷惑をかけられたくない、穏やかに過ごしたいだけなのだ。


「菖蒲さん。もうストーキングはやめてください。できれば菖蒲さんとも普通に接したいですよ、私」


 菖蒲さんの手を取ってお願いをする。私はあなたに敵意はないの意味を込めて。だけど――


「……お前は――いや、貴女は女神か。笑わない兄上の笑顔を見れる日が来るなんて! しかも、迷惑をかけてしまったこの僕を許す心の寛大さよ!」


「へ?」


 がっしりと掴まれる私の手。目を瞬かせながら菖蒲さんの顔を見れば、恍惚とした表情で私を見つめていた。嫌な予感がして背筋がぞくっとする。


「ああ! やはり、葵殿を兄上に近づけるわけにはいきませぬ!」


「菖蒲、何を言っている」


 菖蒲さんの勢いに紫苑さんも引いている。ちなみに私はもっと引いている。何が何だかわからない。ええと、ストーカーはやめてくれるんだよね? そうなんだよね? それならもういいんだけど。なのにどうして私は今菖蒲さんに両手をしっかり握られて顔を近づけられているのだろう。わけがわからない。


「葵殿! 僕の正妻になりませぬか!?」


「なりません」


 ――突然のプロポーズへの即断即決の答えを伝えたものの、これを機に菖蒲さんに追いかけられる生活が幕を開けたのだった。

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