6話 女子高生、酔っ払いに絡まれる
※一部BL要素があるので苦手な方は注意して下さい
深夜だというのにガヤガヤと騒がしい城内。普段はしーんと静まり返っているけど、今日は特別なのだ。何故ならば私の歓迎の宴を開いてくれてるからである。
宴席には知っている顔もいれば、知らない顔もいて、そして私の隣には当たり前のように紫苑さんがいる。彼はお酒を飲んでは時折私に勧めてくるのだが――
「葵も飲むがいい」
「お酒は飲めませんってば。さっきから47回目ですよ。数えるのも大変になってきました」
「私の酒が飲めぬというのか」
「私の国では20歳未満の者はお酒を飲んじゃいけないって決まりがあるんです」
「ここは華国だ。お前の国が許さずともこの私が許す。私こそが法だ」
紫苑さんは酒癖が悪かった。顔を赤く染めながらダル絡みされていてとても宴を楽しめる状況にない。愛想笑いをしながら目の前の料理を食べるしかできないよ。
「飲め」
「ちょっと黙りましょうか」
すると杯を無言でグイグイ押し付けてきた。うぜぇ。私にお酒を飲ませたい紫苑さんの気持ちが理解できない。そもそも酔っぱらいの思考回路が理解できない。何よりも、紫苑さんが口をつけた杯に私が口をつけられるはず無いのだ。間接キスになってしまう。乙女はそういうのに敏感なのです。
「とーにーかーく、嫌ですから!」
いい加減紫苑さんが煩く感じてきたので、その場を離れることにした。さっきから忙しそうに走り回っている女官たちの手伝いでもしてた方がよっぽど楽しいと思う。
そう思って立ち上がると、紫苑さんは私のスカート部分を掴んだ。
「何処に行くのだ」
「女官のお手伝いに」
「今宵の主役はお前だ。主役が女官の手伝いをして如何する」
め……めんどくせー。
腹の中で舌打ちしつつ作り笑顔を浮かべてみせる。
「では、槐兄たちのところに行きますよ。挨拶して以来全然お話できていませんので」
「何故私から離れたがる」
酒飲め酒飲めと煩いからですよ、このバカ王子ィ! ――なんて言えるわけも無く。私は再び紫苑さんの隣に腰を下ろしたチキン野郎だ。一応この国の王子様である紫苑さんに逆らったら周りの人たちに何て思われるか。これだけは言える。紫苑さんとタイマンだったら言えた。
「離れてほしくないなら、飲ませようとしないで下さいねー」
聞こえたのか、聞こえなかったのか紫苑さんは無反応のまま杯に口を当てた。
「ならば、口移しではどうだ?」
このバカ王子には聞こえていなかったらしい。
「飲まない飲まない! 紫苑さん完全に酔ってるよね!?」
「遠慮は要らぬぞ」
紫苑さんは赤い顔のまま私の腰に手をかけて顔を近づけてくる。ほんのりとお酒の匂いが漂ってそれだけで酔ってしまいそうだ。
「いーやー!! 誰かああああー!! 止めて!! 止めてください!! 止めれ!! 止めろ!! ――あ」
とにかく紫苑さんから逃れようと必死に抵抗してはみる。しかし、男性である紫苑さんの力に敵うわけがなく、そのまま私の唇と紫苑さんの唇が触れ合ってしまう。けど、紫苑さんは私の口の中にお酒を入れ込むわけでもなく、ただ当てるだけだった。
――ただのキスだ。
「ふ、柔らかいな」
唇を放した紫苑さんはペロリと自分の唇を舐めた。こんな形であっさりとファーストキスを奪われてしまった私は呆然と紫苑さんを見ていた。
大声で助けなんて求めたせいで、周りの人たちは私と紫苑さんのキスシーンをばっちり目撃してしまったわけで、辺りは私たちの話題で持ちきりだ。私の顔、今どうなってる? なんか暑い。身体も心なしか暑いんだけど。誰かクーラー付けてよ。
「おお、紫苑のヤツまたやりだしたか」
「今回の被害者は葵か」
「いや、今回紫苑様はマジだったんじゃないだろうか? 相手が葵だからな!」
王様たちの話が聞こえてきて、私は頭に血が上るのを感じた。紫苑さんは酔うとキス魔になるのか!
再び紫苑さんが私にキスしてきたのに気付いたのは、周りの人たちの「おぉー!」という歓声が聞こえたからだった。私は咄嗟に紫苑さんの肩を掴んで紫苑さんを突き放す。
「初めて……だったのに! 二度も!」
「葵、今宵は一緒に寝るか」
色っぽい表情でそんな事を言われ、私の思考は停止した。
「んな……!?」
私の腰に回されている紫苑さんの手がやけに熱く感じる。
「紫苑様。葵も困っておりますしご自重くださ――」
「煩い」
紫苑さんは私を助けようとしてくれた榧先生の首に手を回しそのままキスしてしまった。榧先生は「んぐぅぅ!」と抵抗しているが、紫苑さんの腕力に敵わないのか逃げることができないようだ。
「か、榧先生ーーッ!」
男性同士、しかもイケメン同士によるナマのキスシーンに胸がドキドキしてしまう。新たなジャンルを開拓をしてしまう前に止めなければならない。いや、もう少し見ていたい。バカヤロウ、止めるんだ。いや待ってあと少し。ふざけんな。お前こそふざけんな。私の脳内会議でふたつの派閥が大乱闘。
結局しばらく眺めた後に危険を冒して紫苑さんを抑えることにした。
「紫苑さん! やめてください! 榧先生が逝っちゃいます!」
そう、天国にな……。
「む、葵か」
私の声に反応した紫苑さんはやっと先生の口を開放した。
「ムハハハハ! これくらいでこの俺がイくと思ったかグエェ!」
榧先生は紫苑さんから開放されたが紫苑さんにポイっと捨てられ、潰れたカエルのような鳴き声をしながら顔面から床に落ちた。
紫苑さんは私に向き直るとじっと私を見つめてくる。
「葵……」
肌に赤みを帯びて色っぽい紫苑さんの手が私の頬に触れる。これは勝てる気がしない。折角榧先生が自分を犠牲にしてまで助けてくれたのに。
「ぐっ……」
紫苑さんの目はまさに獲物を狩る目だ。私たちの攻防を楽しそうに見ている人もいれば不安そうに見ている人もいる。ちょっとは助けてくれたっていいじゃないか。このまま紫苑さんにお持ち帰りされたらどうなる? この友情にヒビが入ること間違いない。
「受け取れ葵!」
突如槐兄の声が聞こえて槍が飛んでくる。私は槐兄が投げてくれた槍を掴むとニヤリと笑った。武器さえあればこちらのもの。
「おりゃああ!!」
紫苑さんに 痛恨の一撃!
紫苑さんを 倒した!
葵は 1の経験値を 手に入れた!
「うむ。見事であった、葵よ」
王様が手を叩きながら満足そうに笑っている。愛する息子が床ペロしているのにどうしてそんなに喜んでいるんだ。実はそれほど愛していない疑惑が浮上する。
「あの、王子を気絶させたのにどうしてそんなに嬉しそうなんですか」
「あの紫苑を止める事が出来たのは葵が初めてだからな。俺たちが止めようとしても武器を持ち出すからな。鳶尾ですら止められん」
被害者が少なくてよかったと安堵の息を吐く槐兄とその横でぺろっと舌を出してウインクする王様。いやいや、毎回どれだけ被害が出ているんだろう。そもそも紫苑さんにお酒を提供しなければ良かったのでは。
「いやー、紫苑様もなかなかやりますな。女で被害に遭ったのは葵が初めて……つまりそういうことだな」
聞き捨てならぬ蓬兄の言葉にピクリと反応する。女は、私が初めて……?
「ど、どういう事ですかぁ!」
「紫苑様が酒を飲む時、女子供は皆避難するからな」
蓬兄が当たり前だと言わんばかりに胸を張る。そんな当たり前、ここに来て日が浅い私が知っているわけないのに。蓬兄が教えてくれなかったのは恐らく確信犯だとして、槐兄と王様は?
「何で教えてくれなかったんですか」
「すまなかった。紫苑は葵の隣がいいと思ってな。酒宴を開いても酒が回るまでいつもつまらなそうにしていたが、やはりお前がいたからかずっと表情が和らいでおったわ」
足元に転がる紫苑さんを見つめる。そういう事なら、仕方がないのかな。
「葵ちゃん!」
私を呼ぶ声が聞こえて顔を上げると同時に身体全体に衝撃がきて驚く。誰かに抱きしめられたのだ。
「わたくしが舞で宴会を盛り上げていた最中に……なんてこと……!」
樒さんだった。もしかして怒ってる? そうだよね、酔っ払いのクソ絡みとはいえ婚約者である紫苑さんが私とキスしたのだから。
「樒さん、ごめんなさい! 私――」
「葵ちゃん、接吻は初めてだったのでしょう? 可哀想に」
もう一度ぎゅっと優しく抱きしめてくれた樒さん。紫苑さんのことよりも私を心配してくれたことに嬉しさがこみ上げたのと雰囲気に流されて思わず涙が溢れそうになる。だけど実際はキスされた事にそこまでショックを受けていない。これには自分でも驚きだ。それは相手が紫苑さんだったから? いや、まさか。ただ単に私の乙女度が低いだけだ。
「まったく! こんな事になるのでしたら最初からわたくしが側にいましたのに。それにしても男衆もきちんと葵ちゃんを守らないなんて情けないですわ! この子は紫苑様の友人である前に嫁入り前の女の子ですのよ!」
王様たちをキッと睨みつける樒さん。男性陣はタジタジだ。唯一私を守ろうとしてくれた榧先生は未だに向こうの床に転がっている。打ち所が悪かったらしい。
「樒さん、ありがとうございます。私の初めての相手は樒さんだったら良かったのに」
本当にそう思えるくらい、今の樒さんはカッコよく見える。
「も、もう! 葵ちゃんったら何を言っていますの!」
満更でも無さそうな樒さんは頬をほんのり赤く染めていた。あらやだ可愛い。紫苑さんはこんな素敵な女性が婚約者だなんて羨ましすぎだ。
※ ※ ※ ※ ※
宴が終わって自室のベッドで寝転ぶ。明日からどうしよう、どんな顔して紫苑さんと顔合わせればいいんだろう、絶対気まずい。頑張れ明日の私。
「葵、私だ」
扉の向こうから紫苑さんの声が聞こえた。頑張るのはお前だよ今日の私。……紫苑さん、何で今なのよ。あとはもう寝るだけだったから寝間着姿だし、気まずさは未だ健在だし、こんな状態で会うなんて難易度高すぎん?
私は慌てて扉を押さえて紫苑さんが入って来れないようにする。
「今は会えません! お帰りあそばせ! さよなら!」
「私が怖いか?」
捲し立てるように追い返そうとすると、扉の向こうで紫苑さんの悲しげな声がした。チクリと心が痛む。
「そ、そういう訳ではないです」
私の個人的な事情により扉を開けられないだけであって、紫苑さんに落ち度は全くありません。
「――すまなかった」
扉越しに謝ってくる紫苑さん。私は思わず扉を押さえる力を緩めて唇を噛みしめる。
「酔っていたとはいえ、お前を傷つけてしまった。お前の隣が心地良すぎて甘えてしまっていたが……これからはもう少し自重しよう。話はそれだけだ」
一方的に話を終わらせられた。紫苑さんが行ってしまう。
私は……傷ついてなんていない。これからだって今までのように会ってほしい。こんなことで、今までのような楽しい時間を終わらせたくない。
「紫苑さん! 私、嫌じゃなかったですから!」
だから、思わず扉を開けて飛び出す。驚いた顔の紫苑さんがいた。
「……葵、顔が真っ赤だ」
「み、見ないでくださいよ」
つい飛び出してしまったけれど、我ながら大胆なことを言ってしまったし寝間着だしかなり恥ずかしい。もういやだ、部屋に戻ろう。赤くなった顔を手で隠しながら部屋に戻ろうとすると紫苑さんに腕を捕まれ――
「こうすれば見えないだろう」
「――――」
ふわりと香る紫苑さんの匂い。今日一日でキスされて、抱きしめられて、紫苑さんのことを意識するなというのは難しい。お願いだから、これ以上意識させないでほしいのに。
「どこからやってきたかはわからないが、私のもとに来てくれて感謝している」
「……私の方が感謝してますもん」
ゆっくりと背中に手を回す。
――今だけ、もう少しだけ、紫苑さんの温もりを感じていたいと思った。