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5話 女子高生、武器を持つ

 ――紫苑しおんさんとしきみさんは婚約しているが、これは本人達の意思によるものではない。所謂政略結婚というやつだ。

 これはかや先生からの情報だから間違いはない。この国は王族のみ一夫多妻制をとっていて、樒さんは正妻に迎えられる予定の女性なのだそう。昔から仲が悪いらしいものの、一応お互いに婚約を認めているとの事。

 政略結婚……日本でも無い話ではないけど、そう身近なものではない。しかし知っている人たちが該当すると何とも言えない気持ちになる。

 榧先生との話は紫苑さんと樒さんの話からこの国の婚礼事情、日本の婚礼事情についての話になった。この国でも王族以外なら大半が恋愛結婚らしい。


「自由に恋愛できないなんて、大変だなぁ」


「他人事だな」


「他人事ですもん」


 榧先生が「まぁな」と笑う。

 他人事とはいえ、紫苑さんと樒さんが正式に結婚したら、私はどうなるのだろう。二人は優しいから突然私を追い出すということは無さそうだけど。


「お前が男を連れてきたら紫苑様はどう反応するだろうな。男は殺されるのではないか?」


 榧先生がニヤリと笑う。


「えっ!」


 一瞬ドキッとした。紫苑さんは私の事が好きなのか!


「ムハハハハ。お前は紫苑様の唯一の友人だからな。何処の馬の骨とも知れぬ男に取られたくはないだろう」


「あははは、そうですよね。私がいなくなったら紫苑さんまた友達いなくなっちゃう。でも、榧先生だったら許されるんじゃないですか?」


 ――なんて冗談を言ってみたのが間違いだった。


「お前は俺の好みではないからありえんな。まずガサツすぎる。胸もない。そういう事は魅力的な女になってから言え」


「アンタ失礼な人だな!」


 真顔で拒否られイラついた私は机を叩いて立ち上がる。

 悪かったなお前好みの清楚でボンキュボーンな女じゃなくて。私の方こそ変な笑い方の男なんて願い下げだ。スラっと高い身長、顔は綺麗だし頭もいい榧先生は女性から引く手数多でしょうからね。


「おい、どこへ行く」


「榧先生にセクハラされて気分が悪いので早退します」


 学校のように時間が決まっているわけではない。だからお互いの都合が合う時、気分が乗った時に開かれるこの授業。とはいえ榧先生も私の世界の事に興味津々だから頻度は高くほぼ毎日行われているが。


「まぁ、あと5年経って貰い手がなかったら考えてやらんでもないがな」


「榧先生は女癖と性格が悪いからこっちからお断りですよーだ!」


 プンスカと部屋を出て行くも、このまま自室(元客間)に戻るのも勿体無い。折角行動範囲が広がったのだ。行ったことのない場所にいってみよう。服も紫苑さんと樒さんがプレゼントしてくれたし一人で歩き回っても目立たないはず。ただ、制服と違って歩きにくいのが難点。今日だけで何回裾を踏んで転びかけたことか。こればっかりは慣れるしかない。

 ふと、奥の鍛錬場から兵士たちの元気な声が聞こえてきた。先生に案内してもらってた時は鍛練してなかったけれど今はやっているらしい。

 見学しても平気かな? 見るだけなら、邪魔しなければきっと大丈夫だよね。うん。行って見よう。というわけで私は足早に鍛練場に向かった。

 そこでは兵士たちが剣や槍を振り回していたり、組合いをしていたりしていた。運動部の部活なんて比じゃないなと感心してしまう。そして紫苑さんに刃を向けられた事、この国は現在戦時中なのだという事を思い出させてくれた。ここに来てからずっと城の中にいて、あまりにも平和すぎたから榧先生に教えてもらった時は吃驚したっけ。

 いざとなったら、私も戦に狩り出されるのかな。今のうちから私も何かしておいた方がいいのだろうか。


「そこの娘。もしや、お前が葵か?」


 突然声を掛けられて振り向く。いつの間に隣にいたのか、渋めのおじさんが私を見下ろしていた。


「あ、はい。私が葵ですが、あなたは?」


「俺はえんじゅ。先日は鳶尾いちはつが迷惑をかけたな」


 そう言って槐さんが深々と頭を下げる。鳶尾さんって誰だっけ?

 そんな私の反応に槐さんは苦笑いをした。


「……ああ、王のことだ。あいつは紫苑のことになると周りが見えなくなるからな」


「あっ! あの親バカ王のこと……ゲフーンッ!」


 つい口が滑った。慌てて咳払いをしたけれど、どうやら槐さんにはバッチリと聞こえてしまったらしい。


「俺も鳶尾の親バカ加減にはほとほと呆れている。葵も災難だったな。しかし、鳶尾はやたらとお前のことを気に入ったみたいだし、紫苑もお前を離さないし、俺も一度お前がどんな人物なのか見てみたかったのだ」


「あ、あはは」


 王族親子に気に入られてしまうなんて、この国の人からしたらすごい事なんだろうな。

 それにしても槐さんって何者なんだろう。王様とは随分親しい間柄みたい。


「そうだ、葵。この場にいるということはもしや武芸に興味があるのか?」


「え…」


 槐さんに言われ、先程考えていたことが再び頭を過ぎる。この世界を生き抜くには私も少し武芸を嗜んだりした方がいいのかも?


「興味は、あります」


 興味はあるけどやりたいとは言わない。見ている分には楽しいし、まずは見学させてくれたら嬉しいのだけど。


「そうか」


 槐さんはしばらく何かを考え込むように自分の腰に下がっている剣を見つめていた。そして「うむ」と呟いて再び私を見た。


「ならば、俺が今日から武芸を仕込んでやろう」


「え!?」


 槐さんの爆弾発言に私は驚きを隠せずにいた。どうしてそうなった。いきなりの実戦は望んでいないのだけど。


「あの、槐さーん?」


 槐さんは問答無用で私を鍛練場の奥へと引っ張っていく。鍛練場の奥では色んな人が剣を交えていた。横を通る時剣が当たらないかとヒヤヒヤした。精神的疲労がすごい。


「おお、槐兄貴。その娘は?」


 槐さんは誰か話しかけられてようやく立ち止まる。この鍛錬場を移動するだけでも疲れてしまうのにいきなり武芸を仕込むだなんて無理ではないだろうか。


よもぎ。こいつが葵だ」


 げっそりしている中紹介され、蓬さんに会釈をする。槐さんより一回り程若く、人が良さそうなお兄さんだ。


「へー。この子がか。俺は蓬。槐兄貴の弟だ。噂は色々聞いてるぞー。葵。なんでも、鳶尾様に気に入られて紫苑様の妻にさせられたとか!」


「ハァ!?」


 蓬さんの言葉に私は目を丸くする。


「蓬、どこからそんな話……。鳶尾が気に入っているのは本当だが紫苑の妻になったという話は聞いていないぞ」


 そうだそうだ。紫苑さんの妻になるのは樒さんだ。私ではない。


「ん、そうか? じゃあデマなんだな。残念」


「残念とか言わんで下さい蓬さん! 紫苑さんには樒さんという立派な婚約者がいるじゃないですか! それに、紫苑さんと私では全く釣り合いませんよ」


「しかし、紫苑様も樒も仲がいいわけじゃない。鳶尾様も紫苑様も葵を大層気に入っておられる。つまりだな――」


「な、なんですか」


「近いうちに紫苑様に求婚されたりするってことよ!」


 蓬さんが嬉しそうに親指を立て、槐さんはその隣で溜息をついた。どうにも蓬さんは勘違いをしているらしい。


「確かに紫苑さんは私に良くしてくれますが、そういう対象には見られていないと思いますよ。ほら、私ってば自分で言うのもなんですが子どもっぽいじゃないですか」


「ぺったんこだしな」


「うるせぇ!!」


 私は近くにあった槍を手に取り振り回した。大笑いしていた蓬さんがはしゃぎながらちょこまかと逃げ回る。


「うぉぉお! 葵がキレた!」


 私は槍をぶん回しながら逃げる蓬さんを追いかける。


「死ね! セクハラ野郎!」


「わっはっはっはっは!!」


「……はぁ。蓬も葵も程々にしろ」


 鍛練をしていた兵士たちは自分たちが巻き添えにならぬように避難して、私と蓬さんの追いかけっこを楽しんでいたようだった。




※ ※ ※ ※ ※




 すっかり疲れきった私は槐さんに宥められてようやく落ち着きを取り戻した。一方蓬さんはまだまだ体力が残っているのかへらへらしている。悔しい。


「――俺はな、あの紫苑が楽しそうにしているって聞いて嬉しかったんだ」


 そんな蓬さんがふと優しい顔つきになった。


「え?」


「あいつは幼い頃に母親を殺されて心を閉ざしちまったんだ。その上、王族だから気軽に友達を作れる環境じゃなかった。たまに俺が遊んでやってたけど、いつも一人で誰にも心を開かなかったから、ずっと心配だったんだ。それは鳶尾様も同じだろうな」


 全然知らなかった、紫苑さんのこと。友人だなんて言っておきながら、何も知らなかった。


「だから、あいつを救ってくれてありがとうよ。葵」


「蓬さん……」


 蓬さんと槐さんが私に頭を下げた。

 私は本当に紫苑さんを救えたのだろうか。紫苑さんの境遇を聞いて、不安になる。笑顔にしてあげたいと思っていた。だけど、心から笑ってもらえているのだろうか。

 もっと、紫苑さんのことを知るべきなんじゃないか。もっと私のことを知ってもらうべきなんじゃないか。それができて初めて本当に友人と言えるのではないだろうか。

 紫苑さんと、もっといっぱい話したい――。


「ところで、葵は持久力さえ磨けばすぐに戦場に出れるな。槍の扱いは素人とは思えぬほどだ」


 槐さんが私の頭を撫でる。まるでお父さんのようだ。


「へ? そう、ですか?」


 今まで持ったこともない槍。まさか素人である私の槍裁きが褒められるなんて思いもしなかった。でも言われてみれば手に馴染む感じがあるようなないような。


「しかし基本がなってねぇなー」


「はーい、うるせぇですよー、蓬さーん」


 蓬さんを睨むと、蓬さんは嬉しそうにニシシと笑った。


「……まるで妹ができたみたいだな、蓬」


「そうだな、槐兄貴! 生意気な可愛い妹がな!」


「私、槐兄は好きだけど蓬兄さんは嫌いー」


 槐兄にぴったりとくっついて、蓬兄をジト目で見る。蓬兄は「すまんすまん」と言ってくしゃりと私の頭を撫でた。なんとも心地の良い雰囲気に思わず笑みがこぼれた。


「ここにいたか、葵。探していたのだぞ」


「紫苑さん!」


 相変わらず無表情で無愛想な紫苑さん。可哀相な過去があるのだからそれはそうなってしまうよねと見る目が変わり一人でうんうん頷いていると、紫苑さんは眉間に皺を寄せた。あ、不快にさせてしまいましたねすみませんごめんなさい。


「えっと、探していたということは何か御用ですか?」


「いや、部屋に姿が無かったので探していただけだ。これといって用事は無い。暇つぶしに以前お前から教わったかくれんぼ感覚でお前を探していただけだ」


「……紫苑さんって何気にお茶目ですよね」


 王子様という肩書がなければ普通に友達できそうなんだけどな、と思う。


「なんだ、紫苑様。未来の妻を迎えに来たってか?」


 懲りない蓬兄に再び槍で一撃。槐兄は呆れた様子でため息をついた。それよりも紫苑さんは私が槍を持っていることに気づいて表情を曇らせる。


「武芸を習うのか?」


「はい、いざってときのために、私も鍛えておきます」


「……そうか、頼もしいな。しかし、怪我をせぬ程度にな」


「はい!」


 私と紫苑さんが話していると、蓬兄がぼそりと「見せつけてくれますなぁ」と呟いたのをもちろん私は聞き逃さなかった。

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