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4話 妖艶なおねえさま

「葵、今日はこの城を案内してやろう」


「え、城の案内は以前してくれたじゃないですか、今更何を。まだまだ若そうなのにボケが始まりましたか。若年性認知症ですかね?」


「いや、父にお前の存在を知られた以上これからは厠や私の部屋、かやの部屋だけでなく、他の場所に行っても問題は無くなったのだ」


 紫苑さんの鉄拳制裁を喰らいながら私は「なるほど」と頷く。それは生活に必要最低限な場所だけではなくどこに行っても咎められなくなったということ。このお知らせはとてもハッピーなものだった。

 私が一部の場所にしか行けなかったのって、王様が原因だったのか。確かに王様と初めて会った時の反応は凄まじかった。あれは隠したくなる。いつまでも隠し通せるとは思わないけど。まって、紫苑さん。あなた、犬や猫を拾って隠して飼い始めた小学生かよ。私ってばペット扱いされてたのか。

 まぁでも、これからは行動範囲が広がるんだなぁ。うんうん。この時をずっと待っていたよ。


「どこか行きたい場所はあるか?」


 そう言いながら紫苑さんが突然私の手を取ったので、私は目を見開いた。友人とはいえ異性と手を繋ぐことなんてした事がなかったものだから焦ってしまう。


「え……あの……いや、特に無い、です」


 城に何があるのかなんてよくわからないし、それよりも今は紫苑さんと手を繋いでることにドキドキバクバクで思考回路がほぼ停止状態だ。落ち着け、落ち着こう、落ち着いた。紫苑さんは私の事をペットみたいな存在だと思っているのだろう。だからこんな風に軽い気持ちで手を繋げるのだ。そう考えると手を繋ぐのなんてただのスキンシップ。照れる事なんてないのよ葵。


「では適当に案内するか」


「おね、お願いします」


「?」


 やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかった。




※ ※ ※ ※ ※




 城内は静かだった。とても長い廊下を歩く私と紫苑さんの横を時々文官や女官たちが擦れ違う。その度に紫苑さんに礼儀正しく挨拶をしていた。女官の綺麗な服にちょっとウットリ。昔の中国人が着ていた、漢服といっただろうか。いいなぁ、ああいう可愛らしい服を着てみたい。似合わないって解ってるけどさ。でも、この世界に来てから寝間着以外学校の制服のままだからいい加減飽きるし、そもそもこの格好は目立つのだ。


「どうした」


「あ、いえ……何でもないです。ただ、紫苑さんは本当に王子様なんだなって思っただけで。えへへ、すごいですよね! そんな人と友達になれるなんて、優越感!」


 王子様とこうして手を繋いで城を歩いている私は本当にただの女子高生なのだろうかと自分でも疑いたくなる。


「そうか」


 紫苑さんは無表情のまま前を向いてしまった。

 ここで裕福な生活させてもらってるだけでもありがたいのに、まさか服もよこせなんて図々しい事自分から言える訳が無い。服は諦めよう。


「あら、紫苑様」


 後ろから色っぽい女性の声が聞こえた。私と紫苑さんが同時に後ろを向くと、そこには妖艶なお姉さんが凛と立っていた。


しきみ


 私の隣で紫苑さんがぽつりと呟いた。

 ――樒さんって、確か紫苑さんの彼女さん? すごく綺麗な人だ。紫苑さんと並んだらお似合いで、私はここにいてもいいのかと思ってしまう程だ。


「この子が噂の葵ちゃんですの?」


「ああ、この娘が葵だ」


 紫苑さんは私の手を放すと私の頭を撫でた。なんとなく腹が立ったのでその手を払う。気がつくと樒さんが品定めをするように私を見つめていた。ひぇ、綺麗なお姉さんに見つめられてドキドキしてしまう。それに……紫苑さんと手を繋いでいたの、きっと見られてたよね? 浮気現場を押さえたんだもんね。もしかして怒られちゃうのでは? 修羅場なのでは? びくびく。


「ふふっ、なんて愛らしい子なのでしょう! お初にお目にかかりますわ、わたくしは樒と申します。よろしくね、葵ちゃん」


「はっ、初めまして! 葵です! 紫苑さんにはとてもお世話になっております! こちらこそ宜しくお願いします」


「なんだか、小動物みたいですわね」


 樒さんが耳元で呟く。息がかかり、私はぎゅっと目を瞑った。なんか、えっちだ。とにかく、怒っていないようで安心した。


「……樒、葵に城の案内をしているのだ」


 そろそろ葵を放せ、と紫苑さんは言う。樒さんは渋々と私を放してニヤリと笑った。


「あら、紫苑様は嫉妬なさっているのかしら? 葵ちゃんに? それともわたくしに?」


 これは修羅場になるのか!? それは勘弁してほしい。


「あの! 私は紫苑さんとはただの友人です! あ、友人というより愛玩動物かもしれませんが」


 だからこれは浮気じゃないんですという必死の訴えかけは上手く伝わっただろうか。

 紫苑さんはソッポ向いて強引に私の腕を掴んで引っ張ってくる。余計なことは言うなという事なのかな。


「葵、行くぞ」


「紫苑さん、あの、腕が痛いです」


 紫苑さんは不機嫌そうに歩き出す。彼女に勘違いされたままでいいの? 弁明しなくていいの?


「待ってください、紫苑様」


 樒さんが私の空いている片腕を掴む。これで私は二人に奪い合いをされている形になってしまった。あれれぇ、なんだかおかしいぞぉ。


「何だ、樒」


「葵ちゃんの服、この城では目立ちすぎませんこと?」


 樒さんの言葉を聞いた私はつい反応してしまう。そうなんです! 樒さん! よく気が付く女性! 素敵です! グッジョブ!

 この機を逃すもんかと首を縦に振りまくって猛アピールしてみせると紫苑さんが唸る。


「確かに目立つが」


 目立つとわかっていたのに放置されていたらしい。


「案内よりも先に着替えが必要だと思いますの。ということで、葵ちゃんはお借りしますわ」


 行きますわよ、とニコニコ笑いながら樒さんは私の手を引きながら歩き始めた。


「え……え……?」


 着替えをさせてくれるのはとてもありがたい。だけど、紫苑さんはここに置いてけぼりなの? 折角案内してくれていたのに申し訳ないと思いつつ何も言えずに樒さんに連れていかれる私。二人の関係がよくわからない。

 ぽつんと置いていかれかけていた紫苑さんに視線を送ると何かが通じたのか、紫苑さんは私と樒さんを追ってきた。


「私も行こう」


 すると樒さんは密かに舌打ちをした。


「チッ」


 え、怖い、どゆこと。この二人って恋人同士、だよね? ……だよねぇ?




※ ※ ※ ※ ※




「これなんてどうかしら?」


 樒さんの着せ替え人形と化した私は鏡に映った自分を見て眉間に皺を寄せた。樒さんに着せられる服はどれも露出が多い上に胸元の布が余ってしまう。しにたい。恐らくこの服は樒さんの服なのだろう。胸のサイズ、全然違うことに気づいて下さい。もう着替えは諦めてこの場から抜け出して部屋の外で待っている紫苑さんに城の案内の続きをお願いしたい所存。


「樒さん……もうちっと落ち着いた服は無いですか?」


 制服より目立つんじゃなかろうか、特に胸元が。きっと城中の笑いものにされる。


「そうねぇ……落ち着いた感じのは今着ているものしかなくてよ」


 うおぉぉおおおおおい! と、叫びたい気持ちに駆られる私をどうか誰か助けてください。


「欲を言えば女官たちの着ているような服を希望したいです」


 似合わないかもしれないけれど……この胸元がすかすかの派手な服を着て指をさされながら笑われるよりは全然いい。


「そう? 残念ですわ。ちょっと待ってて下さいな。女官たちから巻き上げてきますので」


 樒さんは楽しそうに部屋を出て行った。ていうか、今巻き上げるって言ったよねアナタ。ごめんなさい、これから被害者になるであろう女官さん。私が我が儘を言ってしまったばっかりに……。

 暇になった私は再び鏡を見て肩を落す。もうちっと胸が欲しいわね、と改めて痛感した。


「今樒が出ていったが、着替えは済んだのか?」


 扉の向こうから紫苑さんの声が聞こえてくる。ちゃんと待っていてくれてる事がなんだか嬉しい。


「いえ、まだです。樒さんの服はどうにも私には合わなくて」


 特に胸元がな。


「そうか。樒の服は派手だからな」


 苦笑したような紫苑さんの声が聞こえてきて、私も思わず苦笑した。


「私は元が地味だから、派手なのは似合いませんもん」


「いや、葵は普通で樒が――ゴフッ!」


 突然遮られた紫苑さんの台詞に驚く。ゴフ? 樒さんがゴフ? ゴフって何だ?


「葵ちゃん、女官から服を巻き上げてきましたわ!」


 勢いよく開かれた扉。そこから入ってきたのは拳を握りしめた樒さん。


「あの、あ、ありがとう……ございます」


 もしや紫苑さんを殴って黙らせたのでしょうかなんてまさか聞けるはずも無く、私は青くなりながら樒さんにお礼を言った。




※ ※ ※ ※ ※




 持ってきてもらった女官の服に着替えてようやく落ち着くことが出来た。ちゃんとした普段着は後日用意してくれる事になり、今日はとりあえず女官の服を借りて過ごしていいらしい。コスプレみたいでワクワクする。そしてこの服なら胸元も気にしなくて大丈夫だ。よしよし。樒さんも可愛いと言って褒めてくれたので上機嫌で部屋から出ると、紫苑さんが無惨にも床ペロしていた。


「紫苑さん……」


「あらぁ、紫苑様。そんな所で寝ていますと風邪ひきますわよ」


 樒さんと紫苑さんって本当にどんな関係なの。もしかして嫌々付き合っている?

 じっと樒さんを見つめると、樒さんはニッコリと笑った。その笑顔が怖くてとても二人の関係を聞けない。

 とにかく、紫苑さんを起こそう。

 

「紫苑さーん、起きてくださーい。案内してくれるんじゃなかったんですかー?」


「む、葵か。女官服もなかなか似合うではないか」


 私の頬に手を当てながら紫苑さんが呟く。


「……っ!?」


 なんだか、頬が急に熱くなるのを感じた。紫苑さんは体を起こして殴られたらしい場所を擦る。


「樒、すぐに乱暴をする癖は無くせと言ったはずだ」


「紫苑様が失礼な事を仰ろうとしたのを誠心誠意止めただけですわ」


 ニッコリと笑う樒さん。これは将来尻に敷かれるんだろうなと思いながら二人のやりとりをぼんやり眺めていた。


「着替えも済んだことだ。城の案内を続けるぞ」


「はーい、お願いしまー……え?」


 紫苑さんはまた私の手を取る。それが当然だと言わんばかりで私は目を丸くする。だけど今は女官の服を借りているのだ。王子様と女官が手を繋いで歩いているのを見られたら、周りの反応はどうだろう。卒倒してしまうのではないだろうか。それに、仲が悪そうとはいえ樒さんの前で手を繋ぐなんて。


「紫苑さん! 私ちゃんとついて行けますから! 離れたりしませんから! だから手を繋ぐのは無しにしましょう!」


 慌てて紫苑さんの手を振り解く。すると樒さんはクスクスと笑った。


「紫苑様はもっと女性の気持ちを汲んだ方がいいですわ」


 私が恥ずかしがっていると思われたのか、樒さんが嫉妬しているという事なのかはわからない。もしかしたら両方かもしれない。

 ただ、樒さんの言葉を聞いた紫苑さんは前者の方だと思ったらしい。


「すまない」


 私に向かって謝った。紫苑さん……もし樒さんが嫉妬しての助言だったとしたら、そういう所じゃないですかね。まだ出会ったばかりではあるものの、二人の関係性を憂えて溜息をついた。

 と、そんな時前方に榧先生を発見。二人きりにすればもう少し仲良くなれるかもしれない、ついでに女官姿の私を榧先生に見せつけてやろうと思い、紫苑さんと樒さんを置いて駆け寄った。


「榧様ー! お待ち下さいませー!」


 声色を変えて別人のように榧先生の名前を呼ぶ。すると榧先生は私を見て口角を上げ、


「何だ、夜伽の誘いか? 随分と積極的な女官がいたも……の……」


 言葉を詰まらせて口角を下げた。顔も真っ青になっていく。女官の正体が私だということにようやく気付いたらしい。


「やだー、先生ったら助平ですね」


 榧先生ってば女官とえっちなことしてたのか。ふーん。


「葵……! お前が何故こんな所に! それにその格好は何だ!」


 榧先生はとても悔しそうだ。私の胸ぐらを掴み上げて怒っている。ちょっと楽しい。


「この度部屋から自由に出られるようになりまして。服はお借りしたものです。あのー、もしかしてさっきのアレは内密にしておいた方がいい感じですか?」


 国の頭脳が女官を食べているなんて、心象良くないもんね。

 榧先生は奥歯を噛み締めた後、ゆっくり手を放した。


「……頼む」


「では! ひとつ条件があります!」


 結局私は榧先生を脅して城を案内してもらうことにしたのだった。後に紫苑さんと樒さんに見つかり、私は樒さんに叱られた。

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