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3話 親バカな国王様

 かや先生にこの国のことを教わり始めてから数日が経った。榧先生の教え方は乱暴ですぐに「馬鹿」と罵ってくるけれど私はくじけることなく健気に耐えながら日々勉学に勤しんでいるいる。これは将来結婚したら姑の嫁イビリに耐えることができるかもしれない。榧先生を利用して将来のために忍耐力を鍛えておこう。

 榧先生の話を聞いていてハッキリした事がある。ここはやはり異世界だ。きょうすいの国から成り立つこの世界。私はその中の華の国にいる。三国は常に領土争いを繰り広げてきたらしい。戦時中の世界に来てしまったと知った私は涙目だ。もっと穏やかな世界なら良かったのに。

 他の国の事はまだわからないけれど、この国の文化は日本と多少異なってたりするものの衣食住のほとんどが変わりなかった。ただし時代はだいぶ昔っぽいものになるが。文字は漢字ばかりで平仮名が無いし、電気はもちろん便利な電子機器は無い、決してまずいわけではないけど料理の味付けとかは全く違う。一応それでもなんとかやっていけそうだ。でも、勉強していない時間と紫苑しおんさんが遊びに来てくれない時間以外は一人なのでかなり暇である。

 私と一緒に紫苑さんに助けられた私の鞄に入っていたスマホ。まだ辛うじて電池が残ってるけれど、切れるのも時間の問題。どうしたもんか。

 溜め息を吐きながらゆっくりと瞬きをし、ふと窓の外を見た。空は青々として雲一つもない。

 城の外に出てみたいと直訴してみたけれど、どういうわけか紫苑さんに却下されてしまった。まるで塔の上のお姫様だ。過保護なのか、私を外に逃がさない為なのかはわからない。かといって勝手に抜け出そうものなら、今の保証された生活を手放す事になる。それは困る。

 なんとなく鞄を漁ると、出てきたのは数学と現文の教科書。流石に勉強する気は無い。あとは筆記用具と財布。それと、ノートに使ってるルーズリーフ。うん、高校生らしい鞄だ。あとはハンバーガーショップの割引き券やらコンビニのレシートが入っていた。しょーもねぇものしか入ってないや。


「あ!」


 それを手にして思わず声を上げた。

 ーートランプだ。これなら退屈しなくて済むかもしれない! こんな素晴らしいものを入れてた私ってば天才! と思ったが一人でやってもつまらない事に気づいてしまった。こんな役に立たないものを入れてた私ってばアホ。とりあえず手品くらいは出来そうだけど、やり方なんて全然知らないし。


「はぁ……」


 これでもかってくらいに大きく溜め息を吐くと同時に、部屋の扉がノックされた。


「葵、私だ」


 そう言って部屋に入ってきたのは紫苑さんだった。私何も答えていないんだけど。ノックの意味とは。

 鞄を漁って散らかった部屋を見た紫苑さんは一瞬顔を歪めたけど、すぐにいつもの無表情に戻ってこちらに歩み寄ってくる。


「不可解なものばかりだな」


 現文の教科書を拾い上げて、ページを捲る紫苑さんは「読めぬ」と言って私に手渡した。


「紫苑さん、何か用事でも?」


 何処かに連れて行ってくれるのかという期待をしながら紫苑さんに訪ねてみる。


「ああ、お前の様子を見にきた。変わりはないか?」


「ご心配ありがとーごさいます。榧先生にいつも通り馬鹿馬鹿言われつつの苦痛な授業を受け終え、今は暇で暇で仕方ないです」


 まぁ、そうよね。そう簡単に連れ出してくれるわけないよね。期待外れだったので、私は口を尖らせた。


「そうか」


「そうです」


 紫苑さんは私の手にしているトランプに気付き、興味深そうに見つめた。なぁ、私が不機嫌な事にも気づいてくれよ。


「それは何だ」


「これですか?」


 トランプを左右に降ると、紫苑さんがこくりと頷く。


「私の国の玩具でトランプというものです。やってみますか?」


「とらんぷ」


 紫苑さんはまじまじとトランプを凝視しながら復唱する。やっぱりこの国にはトランプは無いんだね。それならば、私がトランプの楽しさを伝え広めるまで!


「やろうではないか」


「よしきた! やり方教えます」


 簡単であろうババ抜きの方法から説明し始める。紫苑さんは真剣に私の説明を聞いてくれて、納得しては「そうか」と呟いていた。

 そして一通り説明を済ませ、実践してみる。


「じゃあ、説明した通り同じ数のカードを捨ててください」


「うむ」


 もうルールを理解したのか、紫苑さんは自信満々にカードを2枚ずつ捨てていった。


「じゃあ、始めます。先攻は紫苑さんからでいいですよ」


 紫苑さんは初心者だし優先してあげなくちゃね。私ってば優しい。ウフフ。でも、これは勝負だ。教えた私が負けるなんて悔しいし、手を抜く気はない。例えこれが運が重要なゲームでも、最後に笑うのは私だ。

 ――そう思っていたのに。


「うそ」


 結果は見事に私の負け。ちょっと口では言えないようなセコイ手も加えてみたものの、最後にババを取った私は見事に完敗してしまったのだ。紫苑さんは何事もなかったかのようにトランプのカードをトントンと揃えている。


「簡単だな」


 紫苑さんがニヤリと笑う。


「い、今のは手加減したん、ですもん」


「そう言うわりには●●して▲▲で××して私を陥れようとしていたようだが?」


「ひぇ、イカサマがバレてる!」


 どうやら、紫苑さんは運が強いだけでなく、本当の天才のようだ。いや、私が弱すぎなのか。


「お前は顔によく出る」


「ぐ……ッ」


 満足そうな紫苑さんを見て私は唇を嚙みしめた。


「しかし面白いものだ。今度は真剣勝負でもう一度――む!」


 急に言葉を遮り、扉に視線を移す紫苑さん。何だろうと思う暇もないくらいの素早さで私をベッドの下に押し込んだ。それから、私の荷物をベッドの下に蹴り飛ばす。酷い。何がなんだかわからない私は抗議すべくと声を上げようとしたが、それは紫苑さんの手に口を塞がれてできなくなってしまった。紫苑さんは「静かにしていろ」と一言残して窓の外に飛び出した。

 ――一体何なの!?

 そう思った直後。


「紫苑ーーーーーーー!!」


 突然部屋の扉が乱暴に開かれたと思ったら、紫苑を呼ぶ声。やたらと興奮した様子で、紫苑さんがその場にいたらその人物によって抱きつかれていただろう勢い。声の主は、声の低さからして恐らく中年のおっさん。この中年のおっさんは一体誰で、紫苑さんに何の用があってここに来たのだろうか。

 中年のおっさんは、部屋に紫苑さんはもちろん誰もいないことに気付いて首を傾げた。


「わしの紫苑がいないではないか。むむむ、榧めこのわしを騙したか!?」


 そう言って、中年のおっさんは回れ右をして部屋から出て行った。扉の向こうから、「紫苑! どこにいるのだー!」と紫苑さんを探す声が聞こえてくる。紫苑さんはいつのまに部屋に戻ったのか、ベッドの下にいる私を引きずり出して「すまぬな」と一言。

 今更ながら「ベッドの下には必ず埃」ということ思い出し、服を確認したが私の服は綺麗なままだった。流石に掃除は行き届いているらしい。それとも、私の部屋だけが埃まみれなのだろうか。


「あの、今の人は?」


 とりあえず、紫苑さんに質問してみる。私を隠して自分も隠れてたってことは、あまりいい関係ではなさそうだ。


「父だ」


 紫苑さんが嫌そうな顔をして言った瞬間――


「紫苑んんんん!! ここにおったか!! 探したではないかアァァア!!」


 まさかのトンボ返りをかまして汗まみれになりながら扉を再び乱暴に開ける中年のおっさんこと、紫苑さんの父。つまりこの国の王様。こんなアホっぽい人が国のトップだなんて誰が予想できる。なんて眺めていると突然王様に胸倉を掴まれた。


「この娘か! この汚い娘なのか紫苑! 父は許さんぞ!」


 自己紹介も無しにベッドの上にぶん投げられた私は冷や汗をかく。ななな何、この乱暴な王様は! そして何を許さんのだ!


「わしがきょう国へ遠征中に勝手に結婚相手決めるなんて! 父は悲しいじゃないか! 大体お前にはしきみという美しい女がいるだろう! そしてこのわしがいるだろう! 何が不満でこんな汚い小娘を妻にするなんてッ!」


 おいおいおいおいと顔を両手で覆って泣き始めるいい年こいた王様。情報量が多すぎて理解が追い付かないけれど、自分の言ってることをちゃんとわかってんのだろうか。モロ親バカ発言しちゃってますよ? そもそも、どこで聞いたんだそんな話。私が、紫苑さんと結婚? 彼女さん(?)がいるのに? 何もかもまったく聞いてないんだけど……まじ?

 めちゃくちゃ嫌な顔をしながら紫苑さんに視線を向けると、紫苑さんも頭に「?」を浮かべている。何だよ紫苑さんも身に覚えがないのか。


「あの」


「お前と聞く口は持ち合わせておらん!」


 断固拒否され、私は黙り込んでしまった。そこまで嫌われてんのか、私。


「紫苑よ、考え直すのだ」


 話を振られた紫苑さんはため息をついて目を伏せた。


「父上……どこの誰に聞いたかは知らぬが、葵を拾い保護をしているだけにすぎぬ。このような子供と結婚などするわけがない。私はロリコンではないのだ」


 どや顔で私を見る紫苑さん。


「あのね、これでも立派な女性なんですけど!?」


 ロリコン否定を唱える紫苑さんに、私はつい肘鉄をお見舞いして差し上げてしまった。それにしても「ロリコン」という単語が紫苑さんから出てくるとは、ここ数日で私と一緒にいたせいなんだろうなと思えて少し罪悪感。


「く……っ、いい肘鉄だ。しかし効かんな」


 台詞とは裏腹にかなり痛そうな紫苑さん。顔はニヤリと笑っているけど額に汗が滲んじゃっている。傍観者になりかけていた王様の存在を思い出した私は焦った。この国の王子に、しかも愛する息子に目の前で暴力を振るったのだから。お咎めがあるかもしれない……と思っていると突然王様が「そうか!」と納得したような声を上げた。


「紫苑、わかったぞ! その娘はお前の友人! ついに友人ができたのだな! 確かにお前は昔から友達がいなく一人でいることが多かったからな。母親も早々に亡くし、この父もあまり構ってやることができず、ずいぶん寂しい思いをさせてきた」


 豪快に笑いながら紫苑さんのぼっちだった過去を暴露する王様。紫苑さんは黙ったままだ。恨めしそうに王様を睨みつけている。


「葵よ、紫苑がこんなに楽しそうにしているのを見るのは初めてだ。お前が来てくれてよかった」


 今のやり取りが楽しそうに見えたなら王様の感性はちょっとどうかと思う。それにしても、紫苑さんが楽しそうにしている事は確かに少ないけれど、父親である王様が初めて見るなんて、そんなに紫苑さんは笑わないのか。

 王様は紫苑さんを見つめながら私の頭に手を置き、ぽつりと呟く。


「……息子の事、頼むぞ」


 王様の顔を見れば穏やかに微笑んでいて、息子を見守る父親の顔だなぁと感じた。


「任せてください。紫苑さんの友人として、彼の笑顔を守りましょう!」


 親指を立てながらウインクすれば、王様は満足そうに頷いた。でも紫苑さんを見ると、彼はやたらとうんざりした表情になっていた。

 ――そう、タダ飯食らいである私の唯一の仕事は、この無愛想な王子様を笑顔にすることだ。

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