1話 無愛想な王子様
――こんなことになってしまうなんて一体誰が予想できただろうか。
下校している最中、私は事故に遭った。公園から飛び出してきたボールに気づいた。そして向こうからおじいさんの運転するちょっとお高そうな車が勢い良く走ってくる。まさかと思ったらやっぱりテンプレの如くボールを追いかけて公園から飛び出してきた子供。
こんなの助けたら絶対死んじゃうパターンだよねって考えていたのに、思考と身体の動きは一致しなくて、気が付けば私は子供を突き飛ばして車に衝突して宙を舞った。
これは死んだな……そう思ったたはずなのに。
※ ※ ※ ※ ※
目が覚めたら病院でもなく、私の部屋でもなかった。天井がやけに高い。部屋がやたらと広い。壁には高貴な装飾品。漫画とかアニメ、ドラマで見たことがある中国のお屋敷のようなお部屋。もしや私を轢いたおじいさんが私を介抱してくれた? いやいや、それにしてはこんな家日本にある? それに轢いた相手を勝手に自分の家に連れ込むってどうなのよ。普通は119番通報して病院に――待って、私轢かれて激しく飛んだはずなのにどこも痛くなくない? あの時、ぶつかった瞬間ばちくそ痛かったんだから。無傷なはずはない。今着ている学校の制服にも目立った汚れも無い。なんだこれ。
もしやおじいさんは魔法使いだったのか? 回復魔法の使い手か?
私は頭を抱えた。何がどうなっているというの、わからん。ここはどこ。私は水無月葵。花も恥じらう女子高生。彼氏募集中。
「気が付いたか」
突然部屋の扉の方から聞こえてきた、まるで凍てついた声。私はビクっと肩を震わせ、声の主を見る。その人は、まるで時代ドラマにでも出てきそうな服や鎧を身に着けている男の人だった。おじいさんではなく、若いお兄さんだ。確かに今彼氏募集中とは思ったけどいきなり若いお兄さんが出てきてビックリしちゃったじゃないの。ていうか嘘だろおじいさん若返ったのかよ……と一瞬思ったが、冷静に考えて別人だろう。落ち着け私。もしかしたら頭が混乱しているから間違えてコスプレ会場に来ちゃったのかもしれないし。そんなわけあるかよ。
「あの、こんにちは」
知らない人にはまずは挨拶だ。挨拶はコミュニケーションの基本。それなのに、お兄さんは顔色一つ変えずに私を見ている。正確には睨んでいるのかもしれない。
「……」
無言のままつかつかと足音を立てて近づいてくるお兄さん。怖い。めたんこ怖い。私はちらちらと目をそらしたりして恐怖を紛らわそうとしていた。彼が一歩一歩近づいてくるたびに、身を引きたい気持ちが大きくなっていく。
「あの、その服よくお似合いですね」
何のキャラクターかはわからないけれど、違和感なく着こなしている。いいねひとつやふたつじゃ足りないくらいに。私の渾身の褒め言葉が癇に障ったのだろうか。彼は一瞬眉間に皺を寄せた。褒めたのに何で。
「その身形、お前は異国の者か?」
「私は日本人ですが……貴方は? ていうか、ここは日本じゃないんですか?」
お兄さんの質問に私は首を傾げた。役に入りすぎているのだろうか。そもそもここはコスプレ会場ではないのだろうか。彼の物言いはまるでここが日本ではないかのようで、私は外国にでも来てしまったとでもいうのか。まさか拉致? 私、外国の人に拉致されたの?
「ここは華国だ」
知らない国だ。中国とは違うのだろうか。そもそもここが本当に外国だったらこんなにはっきりと言葉がわかるものだろうか。私は生粋の日本人であり、英語の成績はよろしくない。やっぱりここは日本なんじゃないだろうか。
「そういう設定なんですね。ところで私学校帰りに車に轢かれたはずなんですけど、何か知りませんか?」
「クルマ……? お前は、何を言っている?」
「やだなぁ、ここがコスプレ会場だってもうわかってますから! ほら、窓の外は見慣れた風景――」
ふと窓の外を見て私は絶句する。全く見知らぬ風景が広がっていた。慌てて窓に駆け寄って辺りを見回す。マンションもコンビニも電柱も、近代的なものが何一つ見当たらない。ドラマのセットのような印象を受けたけど、それにしては大きすぎるのだ。そして、真下を見れば城門。どうやらこの建物はお城らしい。兵士らしき人たちが何人か見える。
頬を抓ってみればやっぱり痛みがある。何これ現実? うそ、やだ、帰りたい。
「それより娘、名はなんと言う?」
「タイムマシーンは何処ー!」
「おい」
「どこでも行けちゃうドアー!?」
「聞け」
お兄さんの冷ややかな声とともに私の首筋に刃が当てられ、刃が光を反射させてキラリと光った。本物だ、これ!
私は深呼吸をし、とにかく頭を落ち着かせた。えっと、名前、名前。
「……水無月葵です。葵が名前です」
「葵」
私の名前を繰り返して、ゆっくりと剣を収めるお兄さん。本物の剣を持ってるという事はやっぱりここは日本ではないのかもしれない。
とりあえず、折角助かった命を散らしたく無いからお兄さんに従っておこう。
「お前の服、見たところ質がよさそうだが皇族か?」
「イイエ、私はただの一般庶民です。高校生です。父は普通のサラリーマンで母もOLしてます。家は戸建てですがローンがまだ残っているそうです」
それっきり、お兄さんは何も聞いてこなかった。沈黙がこの部屋を支配する。私からも聞きたいことが色々とあるんだけれど、聞いても殺されないかなぁ?
「あの」
「何だ」
「私からも質問していいですか?」
お兄さんはこくりと首を縦に振り、私をじっと見つめてくる。よく見れば整った顔。イケメンに見つめられてなんだか恥ずかしくなった私は目をそらしながら質問を始める。
「あ……あなたのお名前を教えてもらえますか? 名前がわからないと不便なので」
「紫苑だ」
「あの、紫苑さん。私がここに来る前は何処にいたかわかりますか?」
もしかしたらそこに何か手がかりがあるかもしれないと思った。日本に、元の生活に戻れる手がかりが。
「お前はこの城の裏の森で倒れていたのだ。それを私がここまで運んだ」
紫苑さんの答えは私の希望を打ち砕いた。何で森に倒れていたの。謎は深まるばかり。それより――
「紫苑さんが私を介抱してくれたんですか?」
「そうだ。森で鍛錬した帰りに倒れていたお前を見つけ、連れ帰った」
「そ、そうだったんですか! ありがとうございます!」
意外に優しい紫苑さん。無表情だし言葉数は少ないし刃物持ち出すし第一印象は怖い人だったけれど、放置せずに助けてくれたのだからそうでもないのかもしれない。私が紫苑さんを凝視していると、紫苑さんはきょとんとした表情になった。しかし、すぐにまた元の無表情に戻ってしまう。
「ていうか紫苑さん、ここってお城なんですよね? 紫苑さんはナニモノさんなんですか?」
「私はこの国の王、鳶尾の息子だ」
じゃあ、私の目の前にいるこの人って――
「紫苑さんって、王子様!? ひゃああ! 本物の王子様とかすげぇえええッ!!」
ずささっと音を立てながら後退し、できるだけ紫苑さんから離れた。こんな庶民の女が王子様に近づいてもいいのか。これは平伏した方がいいのだろうか。ところで平伏すのって土下座と一緒でいいのか?
「可笑しな娘だ」
一瞬だけ微笑んだ紫苑さんを私は見逃さなかった。
――あ、紫苑さんは絶対に笑ってる方がいいわ。
「ところで葵、身体の方はもういいのか?」
「身体……は特に何もなさそうです。ただ、どうして森で倒れていたのかわかりませんが。元々別の場所にいたはずなんですけど――」
こういうシチュエーション、私は知っている。【異世界転移】ってやつだ。散々アニメや漫画や小説で見てきた。そっか、死んだら本当に異世界に行くのか。でも、本当にそうなのだとしたら私は帰れないのでは? え、どうすんのこの状況。
「そうか」
紫苑さんのこの後の言葉次第で私は無一文でこの城を追い出されるかもしれない。だけど、それはもう少し待ってほしい。
「あのー、差し出がましいお願いをしてもいいです?」
「何だ」
「もしよければ、私をここに置いてくれませんか? もちろんタダでとは言いません。料理は得意とは言えませんが、掃除も洗濯もします。帰る場所が、無いんです」
「――――」
眉間に皺を寄せる紫苑さん。やっぱり、ダメですかね?
「働かずともここにいればいい。私がお前を客人として滞在させることなど容易なことだ」
紫苑さんのありがたい提案に安堵し、私の表情は緩んだ。しかも働かなくていいときた。異世界ニート生活決定か。
「いいんですか? こんなわけのわからない小娘が紫苑さんの傍にいても」
「構わん。おかしな言葉を使ったり見たことの無いものを持っているお前に興味が湧いた。それに、他に宛がないのだろう?」
紫苑さんまじ聖人君子。背後に後光が差して見える。うおっまぶしっ。
「ありがとうございます、紫苑さん!」
私がスライディング土下座をすると、紫苑さんはビクッとしながらゴミを見るような目でこちらを見ていた。