7.
数日後、オーウェンからのお伺いのお手紙がお父様へと届けられた。
指定された日の当日、私は婚約に関する条件などを取り交わす前にオーウェンを捕まえるつもりで、早くから玄関で待った。
「お嬢様、先触れが来てからでも……」
もっともなツッコミをシェリに入れられても、私は動かずに、その場でブツブツと言葉を口の中で転がして玄関扉を睨みつける。
背後で通りかかったお父様とお母様が、変な目で見ていたけれど、それも無視したわ。
さ、奴が来るまでに集中して、シェリの見本を思い出しつつおさらいするのよっ!
アレよね、こう……腕をしどけない感じで組んで。
片方の足を引いて、重心をかけて斜めな感じ。
顎はツーーーンっと上向きに。
……こうかしら?クィっと……クィ?
セリフは、えっっと…………
「─── う様、お嬢様!!」
「っっは!何?」
背後からの声に遮られて、熱中していた私は一気に現実へと引き戻された。驚いて瞬く私の目の前には、待ち受けていたオーウェンがいつの間にか立っていた。
あ、あれ?これは現実かしら??
「ご機嫌良う。玄関先で私の出迎えかな?それにしても変わった出迎えだな」
「っオーウェンっ、様?!いつの間に本物が?!先触れは?!」
「既に来ました」と、シェリがこそっと背後から教えてくれる。しまった、熱中しすぎて周りが目に入っていなかったみたい。
「どうやら妃教育で変わった教育を施された様だな」
「違うわよっ!
── 失礼いたしました。ご機嫌良う、ディモアール辺境伯オーウェン様。お見苦しい所をお見せ致しましたわ。バーミライト侯爵が娘、アデレイズがご挨拶申し上げます」
これまた売り言葉に買い言葉で、厳しい妃教育で叩き込まれた礼を涼しい顔で披露してやった。
「ほぉ、通常の礼もできるのだな。昔と変わらず足癖が悪いままかと思ったよ」
「~っ、おほほ、またその様に小さい頃のことなど忘れましたわ。まぁっ!私ったらこんな所でお引き止めして…さぁ応接間にご案内いたしますわ」
悪戯っぽい笑顔を浮かべるオーウェンに、はらわた煮え繰り返る思いだけれど、グッと堪えて“成長した淑女な私”を見せつけてやることにした。
“傲慢でワガママな私”は、これから存分に見せればいいわよね?見てなさいよぉぉぉ!
オーウェンを引き連れて応接間に移動してきた私は、オーウェンに勧めたソファーの向かいに腰を下ろす。
これぞ妃教育で培われた所作だ!と、内心でドヤァァっとしていると、後ろからシェリが私にだけ聞こえる声でコホンと咳払いをして「お嬢様」と声をかけてきた。
あぁ、いけない。そうだったわ。見せつけたいのはコレじゃなかったんだわ。今こそシェリ(無理矢理付き合わせた)と特訓した成果を見せなければ!
私はやや斜めに座り直し、顎を反らすとオーウェンを見つめた。
「お久しぶりね、オーウェン様」
「あぁ、数日ぶりだな。アデレイズ嬢」
「貴方だとは思わなかったわ。私と婚約するお話ですけれど……良いのかしら?」
「……君から婚約を持ちかけたのだろう?私はそれを受けた。何か問題が?」
「だって、私も貴方もよく知らないでしょう?」
「幼い頃の馴染だろう?知らぬ仲ではない」
ふんぞり返るようなオーウェンの態度に、イラッとしながらも私は顎をツンとさせたまま続ける。
「もう何年も前のお話ですわ。年月は人を変えると言いますし。もう昔の私と違いましてよ?」
「ほぅ……今の君とどう違うのか、教えてくれると言うことかな?」
オーウェンは食いついた様に、前のめりの姿勢を取り、片端だけ口角を上げて挑発する様な笑みを浮かべる。
「…よろしくてよ?私、王宮にずぅっといましたでしょう?見るもの触れるもの全て一流の物に囲まれて来ましたの。だから、貴方が私を満足させてくれるのかしら……と、不安ですの」
「なんだ、そんな事か。問題ないさ」
「そう?ドレスはマダムフェリールのオートクチュールが良いですわ。宝石はそうねぇ、ブルーダイヤモンドのローズカットのものが欲しいわ。ウェッジスティードの茶器じゃ無いと納得がいきませんし。あぁ、もし結婚するならお式は盛大じゃ無いと嫌なの。最高級のウェディングドレスが着たいし、ダイヤモンドをふんだんに散りばめたいわ」
「そうか。わかった」
「え゛?」
こんな無駄に金のかかりそうな面倒くさい事を言っているのに、「わかった」って何?!
「ん?」
「あ、い、いえ。け、結婚指輪は希少なブルースターダイアモンドがいいわっ!そ、それからそれから、いっぱい人を呼んでっ!」
「ああ。そうだな」
「は?!そ、それからそれで……えっと、も、もちろん、全てディモアール辺境伯家に用意してもらうわよっ!!」
「…………?」
まぁったく効き目が見えないワガママ放題な私の言葉に、微笑みさえ浮かべて頷いていたオーウェンの笑顔が一瞬で消えて眉間に皺を寄せた。
よ、よっし!!!浪費家な花嫁なんてやっぱり嫌でしょう?!と思っていると、オーウェンが口を開いた。
「何を言ってるんだ?当たり前だろう。他に誰が用意すると言うんだ」
……………………え?あ、あれ??通っちゃった???
私のわがままを笑顔で受け入れたオーウェンは、無茶振りとも言える品々の用意も「当たり前だ」と言い切る始末。しかも支払いは辺境伯家がして当たり前だろうと言いのけた。
………………この人何言ってんの?
「ちょっと、こんなに費用が掛かるものなんて」
「問題は結婚式の回数だな」
「は?」
あれ?結婚式ってそう何回もするものだっけ?
「陛下をわざわざ辺境領に呼び立てるわけにもいかない。王室が使う大聖堂での結婚式を特別に許可して貰って大々的に式をあげるか。他国の要人を招くのも検討しなければ。そして辺境領でも領民へのお披露目も兼ねて式とパレードを……」
「ま、ままままってっ!」
「ん??」
腕を組んで真剣に考え出してとんでも無いことを次々に口にするオーウェンを制止すると、キョトンとする彼が首を傾げた。
「ん??じゃないわよっ!どこまでド派手婚をするつもりなのよ!!陛下だって元息子の婚約者の結婚式を大聖堂でさせるわけないし、そもそもっ」
「あぁ、そういえばそうだったな。許可してくれなければ、最近陛下の気に入りの美術品を流通させないという手段を取ってみるのもいいな…」
「なに軽い気持ちで最高権力者を脅そうとしているのよ?!」
「食や必要な流通を止めるとは言っていない。困るのはコレクターだけだからな」
「え、『良心的ねっ♪』とか感動すべきなの?!」
「ありがとう。なんとしても大聖堂での」
「要 ら な い か ら!!」
思わず素で止めに入ってしまった……。
しかしオーウェンは「要らないのか?」と、勿体なさそうな顔で目を丸めるばかり。
なんなんだ、この男は……オーウェンって意地悪で性格の悪い男じゃなかったかしら?
こんなネジの外れた暴れ馬みたいな男だったかしら……?
「無駄遣いって苦手だし嫌いなの。そのお金は領民の税金でしょ?領民に還元できない無駄遣いはできないわ」
「あぁ、そんな事を心配していたのか。安心しろ、全て俺が自分で稼いだ金で賄うから」
「え?」
「色々手を出していたら増えてしまってね。気にしなくていい」
あ、出どころは辺境伯家でもなかったっぽい。まさかの個人資産。
そう言えば辺境領は最近移住者も増えて、栄えていると聞くけれど。羽振りがいいからって、こんなポケットマネーで大聖堂での結婚式をしちゃうってどういうこと?!
「…………………大聖堂はもういいからっ、しないでいいからっ」
ぐるぐると混乱する頭で何とか言えたのは、それだけだった。