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6.

「嘘ですわよね?!え?アイツと婚約?!どういうことですの?!!」

「落ち着きなさい、アデレイズっ」



 思わず立ち上がってローテーブルに手を突いて前のめりになった私の肩を、お母様が掴んで押し留める。

 しかしお父様は、呆れた顔のまま私を半目で見据えて言い放った。



「どういうことも、こういうことも無いだろう。

 お前が、王宮で、引っ掛けた。オーウェンはそれを正式に受けたわけだ。あの調子じゃ何人か証人も押さえ済みだろうなぁ。ま、つまり全てはお前が原因だ」


「なぁんですってぇぇぇぇぇ!!」

「えぇい、いい加減に落ち着かんかっ」



 お父様のお怒りを真正面から受けて、一旦落ち着こうって事になり。

 お茶を淹れてもらって一呼吸置き、ため息を吐いた。



「……アデレイズ、茶器に震えが伝わっていてよ」

「あ、あらやだ」カチャチャチャ



 危なっかしいとのことで、喉を潤した後にカップをテーブルへと置いた。無自覚でしたわ。



「お父様、それで……無かった事には」

「ならんな」



 食い気味で却下された。考える余地もないと言うことか……。



「でもっ」

「でももくそもない。3日のうちに2回も婚約を解消する前代未聞の令嬢となりたいのか?」

「前例は恐れる物ではなく、作る物ですわ」

「醜聞は恐れなさい」

「……しゅ、修道院に」

「神の使徒が集まる家を、安易なシェルター代わりにするな。それにお前には無理だろう?」


「………………」



 いや、どうして?出来るわよ、ね?と考えていると、両親の言葉が重なった。



「諦めろ」「諦めなさい」



 諭す様な声音、半分じっとりとした目でそう言ったお父様は、同じ言葉を告げたお母様の手を取って応接間から去っていった。



「〜〜っ!慈悲もないのねっ」



 しかし、原因たる私がそれを乞うのも間違っているのもわかっているので、ヤケ酒の如くやや温くなったお茶をグイッと飲み干したのだった。







 自室に戻って私はクッションを抱えてベッドへとダイブした。



「はしたのうございます」



 シェリは間髪入れずにそう言って窘める、できた侍女である。婚約が決まったあたりに優秀さを買われて私の専属になったシェリは、私の2つ上。

 必要な資料集め、噂話、新聞記事や最新の流行のチェックも欠かさない、痒いところを的確に掻いてくれるスーパー侍女である。



「……顔だけの放蕩三昧で浮気症のバカ男と、頭と顔が良くて性格の悪い男。どっちがマシなのかしら」

「双方顔が良く、家柄は良しとするならばまだ頭が回る方かとは思いますが…………結婚願望の薄い私から申しますと、さして変わりございません」


「辛辣……長年の重責から解放された翌々日に、こんな落とし穴があるなんて……」

「元の穴の方が良かったと仰いますか?」


「………………どっちも嫌だわ」



 シェリは私を起こし、長椅子へと促した。



「ねぇねぇ、解消したばかりなのに他にすぐ行くなんて普通ダメよね??」

「一般的には左様でございますが、殿下のなさりようは周知の事実ですので、適齢期のお嬢様が早々に代わりを見つけたことに非難は集まらないかと思われます」


「非難って集まって欲しい時に集まらないものよねぇ」



 「非難が集まって欲しい」に咎める様な目を刺してきたシェリを見ないように、抱き抱えたままのクッションに顔を埋めて唸る。



「……無かったことに出来ないなら、無かったことにしたくなる様な女になるのはどうかしら?」



 パタパタとシーツを整えていたシェリが、顔だけを向ける。



「……と、言いますと?」

「…………厄介な性格になるとか?贅沢を言ったり、ワガママ言いまくる、めんどくさい人物とか」


 パタパタと整え続ける手はそのままに、微笑みを固まらせたシェリは、器用に眉だけ寄せた。



「お嬢様に出来ますか?」



 そうなのだ。


 私は必要以上に、自分から無駄な贅沢をしたことがない。


 小さい頃はお母様にお任せ。婚約が決まったら妃教育に必死こいて勤しみ、公式行事でのドレスは決まり事があるとかで、王宮のお針子様任せ。王宮の出席が必要なお茶会や夜会の時はお家でオーダー。それもお母様とシェリにお任せで最低限。それ以外は、押し付けられた公務にてんてこ舞いでそれどころで無く。



「で、出来るわよ。アレでしょ?えーっと、一番高いの持ってきて!ぃゃ、持ってきなさい!」

「………………駄目ですね」


「何で?!!」

「それではただのアh…コホン、すぐにバレてしまいますわ」


「今なんか言いかけなかった?」

「いいえ、滅相もございません。そんな事より、言うならこうです」



 シェリは後光が差す様なキラキラとした笑顔を振りまいて私に向き直ると、一礼してから腕を軽く組んで斜に構えた体勢を取り、顎をツンと突き出した。



「私、マダムフェリールのオートクチュール、最新の蝶のモチーフを一針一針丁寧に編み上げた繊細なレースに小さな宝石を散りばめたドレスじゃないと、満足できませんの。そうねぇ、ネックレスは薔薇の形にカットした、ブルーダイアモンドがいいかしら?王妃様も愛用の老舗宝石店じゃないと嫌ですわよ?」


「シェ、シェリ……!」


「こんな所でしょうか」

「凄い、凄く高圧的でワガママそうな上に、ややこしそうだったわっ!……ところでマダムフェリール?って何かしら?」


「今王都で一番人気、一見様お断りで王室御用達の予約の取れない超高級ブティックでございます」



 ほぉーっと感心したため息をこぼすと、シェリはなぜか残念なものを見る様な目で見つめる。



「お嬢様、無理はなさらずとも…」

「いいえ、これよ、これを求めていたのよっ、やるわっ!やってやるわぁぁぁぁ!!」



 シェリが見事なお手本を見せてくれたのだもの。見てなさいよ、やってやるわぁぁ!



 私が拳を振り上げる片隅で、静かなため息が聞こえたのは聞こえないふりをした。



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