5.★オーウェンの過去から現在
※オーウェン視点です
7年経った。
それまでの努力で、俺は辺境一の強さと謳われ、成績優秀で投資家としても名を上げていた。
投資に手を出したのは、ちょっとした気まぐれだった。もらった小遣いを投資してちょっと増やしたら、ネイトに会いに行った時に自慢できるかなとか、ついでに土産をたくさん持って行ってちびっ子を驚かせようかなとか、そんな些細な気持ちでだった。
けれど増えた利益も合わせてまた投資して、時に商会を抱えこんで流通に手を出していたら、資産が増えすぎたのだ。
放っておいても無駄になるしと、俺は父に相談してその資金を領内改革に使った。店舗を出すときの祝金、何かあったときの補償金やら、ついでに制度を見直して運用できるようにもした。
その噂を聞きつけた商売人が、辺境領に移り住むことが増え、辺境領は日々盛り上がりを見せていた。
忙しくしていると、ふと胸の奥に煌めく葡萄色の瞳がよぎる。
その時はこっそりと王都へと出かけ、侯爵家に立ち寄ったりするのだが、ちびっ子にはなかなかちゃんと会えなくて。それでも何度か遠目に見たちびっ子は、ちびっ子じゃなくなっていて驚いた。
すらりとした手足に引き締まった腰。豊かな膨らみを見せつつある胸元に、なんだかドギマギして、目が離せなくなった。
「娘は今妃教育やらで忙しくて、今もちょっと寄ってくれたんだがね」
侯爵邸の窓から、階下で馬車に乗り込む彼女を惚けた顔で見つめる俺に、浮かない顔をした侯爵はそう言った。
そうか……もうちびっ子って言えないな。
アデ……アデデデっ、アっっっアデデ、アデレイズっ
俺はまたもや愕然とした。
なんだか動悸が激しくて、たかだか胸の中で呼ぶだけなのになんでか緊張するのはなんでだ?!
時間が開けば開くほど、流石にあの気持ちがなんだったかに気づく。
気づいたら最後、俺はその瞬間に失恋した事になる。だから余計に鍛錬と領内改革、投資に力を入れ続け、今度は想いを振り払うように没頭し続けた。
両親は何も言わなかったが、心配はしてくれていたと思う。だが流石に21歳にもなって仕事と鍛錬ばかりで浮いた話ひとつなく、折角持ってきた婚約話も片っ端から断り続けていては、静観できなくなってきたのだろう。
「誰でも良いから、嫁を見繕って連れてこいっ」
痺れを切らした母にそう言われた。分かっているさ。
いつまでも嫡男である俺が、このままではダメなことくらい。だけど、忘れようと誰かに目を向けるたびに、鮮烈なあの瞳が、あの成長したアデレイズの姿が胸を締め付けてくるんだ。
もう忘れよう。王族の婚約者だ。万が一にも希望はない。
でも最後に、この想いを告げない代わりに姿を目にして幸せを願うくらいは許されるだろうか。
また俺は王都へと赴いた。
侯爵家に行くと、アデレイズはほぼ王宮にいて帰ることがないような状態だと言う。
どこに行けば会えるかと専属侍女だという女に聞くと、「恐らく文官棟に行けば……」と言う。
文官棟?何故そんな所に?
もう公務を任されるほど信頼厚く、関係も良好という事なのか……
ジクリと痛みを訴える胸を押さえ、俺は王宮へと向かった。
次期辺境伯として、後学のために王宮文官棟への見学を許された。流石王宮だが、最近の辺境領も負けていないなと周りを見渡しながら進むと、午前中で忙しなく行き交う文官の中を、泳ぐかのように動くピンクブラウンの髪を見つけた。
そっちへと咄嗟に足を向けるとホールへと入って行った。その先にある大階段を登る前に、声をかけようと近寄ろうとした時だった。
「バーミライト侯爵令嬢アデレイズ!貴女との婚約は、この場を以て破棄する!」
── は?
それからは驚きの連続だった。
アレが彼女の婚約者である、第三王子のハイデリウス殿下だというのか?!
それにしてもアイツはアホなのか??こんな王宮の文官が行き交うど真ん中で、陛下の決めた婚約を王子が覆す?
真実の愛だぁ???
公務を押し付けて遊び呆ける?私財がない???
あー……あのアデレイズの様子には見覚えがある。俺の脛を蹴り上げた時とそっくりだ。相当我慢していたんだろうな。
どうしようか、啖呵切っているけど良いのか?一応王族だぞアレ。
アデレイズが貶されて怒りが湧くも、
「あんたの童顔ペチャパイ好きを、この世の基準と思ってんじゃないわよ!!」
アデレイズの啖呵がその場に響いて、怒りがすっ飛んでいった。
成程。好みの不一致というわけ……か?
納得していないでそろそろ間に入るか。と思っていると、見つめていたアデレイズと目が合った。
そんでズンズンと近寄ってくる。
お?俺に気づいたのか!と勝手に跳ねる動悸に苦笑しながら思っていると、
「貴方、私と婚約してくださるかしら?!」
ふぁっっ??!
頭が真っ白になった。
アデレイズが俺に……婚約を???
頭の中にファンファーレが鳴り響く。煌めく花吹雪がなにか脳内で舞い踊る。
いや、待て。よく見ると目の下に隈があって、やつれているし、目が据わっているな。
けれど、これは千載一遇のチャンスじゃないだろうか?口頭契約はお互いの意思があれば成立し、証人がいれば尚更確実だ。
目の前に転がってきた、極上の据え膳を前に思わず口角を上げて微笑んだ。
アデレイズの荷物をサッと片腕で全て取り、もう片方の手で白く美しい手の指先へと口づけを落とす。
「喜んで。我が愛しの君」
諦めようとしていたのに、俺の懐に転がってきたのはお前だ。例えお前が俺を認識していなかったとしても、何があろうと手放す気はない。
覚悟するんだな、アデレイズ?
長々と他視点を申し訳ございません。
ヘタレプチストーカーな初恋拗らせ男視点は、一旦(恐らく?)ここで終了となります。
次回からアデレイズ視点へと戻ります。