3.
お父様とお母様があの青年の見送りから戻ってきて、私の対面に回って座りましたわ。
「はぁぁぁぁ。お前……次から次へと…」
お父様の様子に、私は眉間をキュゥっと寄せて慎重に言葉を紡ぐ。
「…………ドッキリじゃありませんの?」
「ちがぅわーーーいっ!」
脊髄反射の様にやけっぱちな声で即座に返したお父様。若干声が裏返ってますわ。これは嘘じゃなさそうね、とやや背筋を反らせて納得した。
「はぁぁぁ、何でまたお前、あの男に言っちゃったんだ。お前昔はブチブチ文句言ってたじゃないか。『いちいちムカつく~』とかさぁ。まぁ中枢とは離れているし?お相手としてはいいけどさぁ~」
「そうねぇ。仲悪いのかしらぁ?なんて思っていたのだけれど。そうでもなかったということかしら?」
……ん?なんですの?気のせいかしら?あの青年を知っている様な口ぶりで話すお父様とお母様へと訝しげな目を向けると、二人と私の目が合った。
無言で見つめ合う事しばし。
驚愕に目を見開いていく両親。
眉間の皺を濃くして、ゆっくりと頭を傾ける私。
「おまっっ、まさか!!!!」
「嘘でしょ?!あなたまさかっ!」
「……………………?」
「な……なんて事だ」
「どうしましょうあなた……」
「……………………お知り合いですの?」
「マジかーーーーーー!!!」
「アデレイズがポンコツだなんて……!」
お母様の叫びが何気に酷い。
けれど分からないものは分からない。婚約破棄現場以外で見かけたことはない……はず。
婚約してから一応妃教育と各所面通し、公式行事への参加、公務代行(押し付けられた仕事)で手一杯だったし。
王宮の文官繋がりでもなかった気がする……多分。あんな容姿居たら目立つと思うしね。
あれ?そういえばなんであんな所にいたんだろうか?部外者は入れないはずだし、あそこに居たってことは何かしら王宮の仕事に関わっている?若しくは国内の貴族の子息って事よね?
まぁ、あのバカ王子と真実の愛ごっこのお相手は、殿下が無理を言って押し入ってきたんだろうけれど。
そんな事より、早く教えてくださいませ?
「お父様のお知り合いじゃないの?」
「私の知り合いと言えばそうだけどな。お前も知っている相手だ」
「???勿体ぶらずに教えてくださいませ」
「はぁぁぁぁ、マジか。まぁ最後に会ったのは婚約が決まる直前だったしな」
「そんな前なのですか?」
ということは、11年前に会ったことになる。私は5歳か6歳の頃ということだ。覚えてなくても仕方無いってことじゃない。私、ポンコツじゃないわお母様!と、お母様にフフン、と笑顔を向けると呆れたような吐息を吐いたお母様が婚約期間中に会わなかった理由を口にした。
「貴女一応王族の婚約者でしたからね。無闇矢鱈と未婚の殿方とは会わせられなかったもの」
「ふぅん?で?誰ですの?」
なかなか出てこない回答に、口を尖らせてねだると、こめかみを押さえてため息を吐いたお父様が口を開いた。
「ディモアール辺境伯の嫡男、オーウェンだ。小さい頃、ディモアール家の都合で息子だけ王都に1年ほど滞在することになって。折角だからこの家で預かったろ。ネイトやお前と庭でよく遊んだんだが忘れたのか?」
「……………………オー………………ウェン?」
私はお父様が明かした名前に、雷に打たれた様な衝撃を受けて呆然としてしまう。
オーウェン…
オーウェン・ディモアール。
確かに幼い頃、そんなのが居た。
お父様が「友人の夫婦」と言って紹介してくれた大人二人に連れられてきた男の子。亜麻色の髪に海の様に深い紺碧の双眸。生意気そうな表情をして、私達兄妹をじっと見つめていた。
「友人の夫婦」はその子を残して領地へと戻っていった。時折母親だけ戻ってきたり、親戚?が来たりはしていたけれど、生意気そうなのに寂しげな雰囲気の男の子。
兄のネイトとは割と直ぐに仲良くなった。
棒を振り回してチャンバラごっこや木登り競争、秘密基地制作。
私は一生懸命ついていこうとした。兄はそんな私を困った顔をしながら待っててくれたけれど、奴はぶすーっとした顔で嫌味を言ってきた。「トロい」「お人形遊びでもしてろよ」「似合ってないっつーの」とかなんとか。
私は、私は………
………キレたんだわ。そう、キレた。
小ちゃいながら詰め寄って、思いっきり脛を蹴飛ばしたんだったわ。
「アンタなんかと遊ばないわよっ!お兄様と遊びたいの!後からしゃしゃり出たのはアンタでしょ?!小ちゃい男ね!!」
的なことを言ったんだったかな。
そういえば、その子からなんか言われるたびにお父様やお母様に文句言っては宥められてたわ。
若かったのよ。私も。
え?待って待って待って待って。
え?誰と婚約したって?誰が?私?
…………………………あいつと?
………………私が?
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
立ち上がって絶叫する私に、お父様は首を振り、お母様は「はしたない」と、窘め眉を寄せたのだった。